第37話「はい、どうぞ、あーん♪」

「だから、あーんですよ、あーん。わたしがカケルに『はい、あーん』と言って食べ物を差し出したら、カケルは口を開いてそれを食べるんです。これを世間では『あーん』と呼びます」


「お、おう。なるほど」


「カケルは今、両手が塞がっています。よって、わたしがあーんしてあげるのは、これは当然の行いだと思います。いえ、もはやこれは必然っっ!」


 曖昧に頷く俺とは対照的に、ミリアリアが妙に早口かつ断定するように宣言した。


 さらには強い意志を示すかの如く、大きく目を見開きながら、俺の方にズイッと身を乗り出してくる。


「あ、ああ」

 俺は思わず気圧されてしまって、首を縦に振った。


 そんなことしなくても、持って帰って後から食べればいいのでは、とはなぜだか言い出せなかった。

 ミリアリアの裂帛れっぱくの気迫に、完全に呑まれてしまっていた。


 今に限らないんだが、俺は時々ミリアリアから得体の知れない強烈なプレッシャーを感じることがあった。


 愛くるしい笑顔の下に、時おり何かしらの強固な意思のようなものが隠されているように感じるのだ。


 ……いや、やはりそれは俺の気のせいだろう。


 何事にも前向きで一生懸命なミリアリアの勤勉さを、そんな風にマイナス評価するのは上司として──いや、それ以前に人として失格だ。


 俺の両手が塞がっているからと、純粋に好意であーんの提案してくれているだけだ。

 ならばここは――なんとなく恥ずかい気がしなくもないが――好意に甘えるとしよう。


「それでは話がまとまったところで、最初はフライドポテトです。はい、どうぞ、あーん♪」


「あ、あーん」


 俺がおずおずと口を開くと、ミリアリアの手でフライドポテトが1本、優しく差し込まれる。


 モグモグ。

 じーっ。


 フライドポテトを食べる俺を、やけに嬉しそうに見つめてくるミリアリア。


「誰かに食べさせてもらうのは初めてだから、なんだか気恥ずかしいな」


「ふふっ。カケルの初めてを貰っちゃったってことですね。やりました♪」


 ミリアリアが子供のように無邪気に笑った。

 そんなミリアリアの笑顔を見ると、俺はどうにも心の奥がむず痒くなってきてしまう。


 なんだろう、この気持ちは?

 穏やかで、優しく包み込まれるような、なんとも居心地のいい不思議な感情だ。


 俺はこの不思議な気持ちを、ここ最近ミリアリアといる時に感じることがあった。


 もしかして俺は、ミリアリアのことを――サファイアではなく自分の母親だとでも思ってしまっているのだろうか。


 孤児院育ちの俺は実の母や、母の愛というものをよくは知らない。

 が、おおむねそういうものだと聞き及んではいる。


 って、年下の女の子相手に、何をバカなことを真剣に考えているんだ。

 はい、この思考はやめやめ!


 俺は心の中を整理して、変な方向に行きかけた思考を通常モードへと引き戻した。

 目の前にはにこにこと嬉しそうな笑顔を見せるミリアリアがいる。


 幸せいっぱいって感じのミリアリアに見つめられながら、フライドポテトをモグモグと食べ終えると、ミリアリアはタイミングよく次のフライドポテトを俺の前へと差し出した。


「2本目です。はい、どうぞ。あーん♪」

「あーん」


 モグモグ。

 じー。


「あーん♪」


 モグモグ。

 じー。


「あーん♪」


 モグモグ。

 じー。


 たいした量は残っていなかったので、フライドポテトすぐに食べ終えてしまった。


「これでフライドポテトは全て片付け終わりました。次はポッキーですね」


 そう言うと、なぜかそこでミリアリアの動きが止まった。

 紙皿の上に載ったポッキーを、妙に真剣な瞳でジッと見つめている。


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