第30話「!? ゆーえんちの、てれびで、みた! くるくるカップ!」
「むらさめ、すごかった!」
「あはは、ありがと。怖くなかったか?」
「こわいって? むらさめ、おともだちと、あそんでたんでしょ?」
おっとと。
そういや、車を降りる前にサファイアにそういう事を言ったんだっけ。
まさか黒スーツどもを一方的にボコるのを見ても、その設定を信じてくれるとは思わなかったが。
子供って純粋だよなぁ。
守りたい、この笑顔!
「そうそう、そうだよ」
「あたらしく、きたひとは、パパ?」
気絶しているチンピラどもを拘束し、次々と車に乗せていくイージスのスタッフをサファイアが指さす。
「そうですよ。みんな遊び疲れて寝ちゃったので、みんなのパパとママが迎えに来たんです。ではパパの遊びも終わったので、わたしたちも家に帰りましょうね」
俺がなんと答えたものか少し悩んでいる間に、ミリアリアがとても綺麗に話をまとめてくれた。
ミリアリアは本当に子供の扱いが上手だと思う。
これまでも、『子供が好きなんです』ってミリアリアから時々言われることがあるんだけど、その言葉が本心だったっていうのが、オペレーション・エンジェルを通して俺にはこれでもかと伝わってきていた。
「うん! はやくかえって、ポメ太とあそぶの! ママもあそぼ! ピースケ2ごーも! むらさめも!」
「ふふっ、みんなで一緒に遊びましょうね」
「やった!」
「言っておくが、ここからは安全運転でな。もう余計なことはしなくていいからな」
「了解です」
俺の言葉に、ミリアリアはにっこり笑顔で頷いた。
こうしてイヨンモールで犬のぬいぐるみを買うミッションは、帰りにちょっとしたイベントがあったものの、つつがなく終了した――と思ったのも束の間。
「サファイア、今から『回るカップ』で遊びましょう」
運転席のミリアリアが変なことを言い出した。
「!? ゆーえんちの、てれびで、みた! くるくるカップ!」
「回るカップってまさか……!? おい、待てミリアリア。俺の話を聞いていなかったのか」
「むぅ、ママだよ、むらさめ!」
「み、ミリアリアママ、ここからは安全運転で行くように行ったよな?」
俺は念押しするように言ったのだが、
「ここは周りに一般車もいません。よって安全です。はい論破です」
ミリアリアはまたもや露骨な屁理屈で返してくる。
「なにが『はい論破です』だ。お前は子供かよ」
「ふふっ、子供心はいくつになっても失ってはいけませんよね」
「ああ言えばこう言いやがってからに……」
普段の素直で理知的で気の利いたミリアリアは、いったいどこに行ってしまったんだ……?
「というわけで、カケルパパもOKみたいなので、行きますよサファイア。それ!」
まったく聞く耳を持たないミリアリアは、停止状態からエンジンを一気に噴き上げてリアタイヤを空転させると、フロントタイヤを中心にその場で車をクルクルと円を描くように回転させ始めた。
アクセルターンというテクニックだ。
絶妙なアクセルワークで完璧にコントロールされた車体は、一定のリズムをキープしながら、コマのように綺麗に回転を続ける。
「うーむ、言うだけあってマジで上手いんだよな……。滑らかに回るから、横Gの変化による不快感を全く感じない」
俺もイージスで特殊部隊向けの高難度の運転教習をクリアしているんで、アクセルターン自体はできなくはないんだが、技術の高さが段違いだ。
もちろんミリアリアの方が、格が違うってくらいに上手い。
というか上手すぎる。
上手すぎるがゆえに、ミリアリアはハンドルを持つと人格が変わってしまうのだろうか。
往々にして、天才は常人とは感覚が異なるものだ。
ふとそんなことを思ってしまった。
「ママ、すごい! くるくる! くるくる! たのしー!」
サファイアはまたもや大はしゃぎしている。
「でしょう?」
「もっと、もっと!」
「じゃあ今度は反対回りをするわね。逆回りになる時に少しだけ揺れるから、しっかり捕まっててね」
「うん!」
ミリアリアは巧みなドラテクで、流れるように回転方向を反対にして回り出す。
揺れると言ったが、一瞬ふわっと横Gが消えて、直後に逆向きの横Gが働いたのを感じただけで、これまた不快感は全く感じない。
「これはこれで本当にすごい技術で、イージスにとっても有益なことは間違いないんだが、やはり俺が自分で運転すると言うべきだったか? でもサファイアも喜んでるし、人様に迷惑をかけてるわけでもないしな……ま、いっか」
俺は回転する車の中で、大はしゃぎするサファイアを後ろから眺めながら苦笑したのだった。
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