第19話 報告書とあのね帳

 少しして一息ついた俺は、気持ちを切り替えると報告書を書き始めた。


 報告書と言っても、3人で過ごしたほとんど日記のような記録を、少し堅苦しく書き記しただけのものだ。


「初日は大きなトラブルもなく、家族としての絆を深めることに成功。

 明日からは外に出て、首謀者をおびき出すためのおとり作戦も開始予定。

 行き先はイヨンモール。

 ミリアリアも同行するため直接の警護は必要ないが、有事の際の即応態勢を求む、と。

 ま、こんもんか」


 3人で楽しく過ごしただけなので、正直、特に書くこともない。


 他に何か特筆すべきことはあったかなと、今日という日を思い返していると、


 コンコン。


 部屋のドアがノックされて、


「むらさめ、はいっていい?」

 サファイアがドアの隙間から顔を出した。


「もちろんいいぞ。どうした?」

「ママが、かみを、かわかしてるから、あそびに、きたの。むらさめ、なにしてたの?」

 

「報告書を書いていたんだ」

「ほーこくしょ、って?」


「今日はこんなことがありました、ってのを書いて、偉い人に読んでもらうんだ。分かりやすく言えば日記――いや、あのね帳みたいなもんだな」


 あのね張とは、ニッポン魔法共和国の児童教育で広く取り入れられている、「せんせい、あのね」から始まる日記のことだ。


 文章を書く練習と、今日あったことをまとめる思考力が養われる、極めて先進的な学習方法としか国内外で高い評価を受けている。


 でも、サファイアは知らないか。


「えらいひとは、だれ?」


「ダイゴス長官だよ。ミリアリアのお父さんなんだけど、憶えていないか? 多分会っているはずなんだけどな」


「ママのパパ……あ、おじじ! おおきな、からだの、ちょっとこわい、おじじ!」

「そうそう」


 怖い、か。

 ダイゴス長官は本質的に善人で、見た目ほどは怖くない。

 しかもサファイアにデレデレだ。

 ただ、ムキムキででかい身体をしているから、小さなサファイアからしたら怖いんだろうな。


「おじじは、えらいの? むらさめよりも?」

「偉いぞ。なにせイージス――俺たちの仕事場で一番偉い人だからな」


「いちばん!? おじじ、じつは、すごかった!?」


「すごいんだぞ」

「しらなかった!」


「それで俺はダイゴス長官の部下だから、報告書を書いて見せないといけないんだよ」


「ほーこくしょ……にっきのこと……あのねちょう……」

「そうそう」


「あの! サファイアも、やってみたいな!」

「いいぞ。自分を見つめ直したり、いろんな効果が期待できるからな」


「むらさめ、ちょっと、むずかしい、かも……」

「ごめんごめん。じゃあはい、これをあげよう。まっさらなノートだ。これをあのね帳にしてごらん」


 俺は引き出しを開け、新品のノートを取り出すと、サファイアに手渡す。


「ありがと、むらさめ!」


「あとは書き方だな。基本的に自由に書いたらいいんだけど、最初は必ず『せんせい、あのね』で始めるんだ。ああいや、どうせならダイゴス長官宛てにするか」


「おじじ?」


「ああ、おじじだ。毎回『おじじ、あのね』で始めような」

「わかった!」


「できそうか?」

「うん!」


 サファイアは笑顔で頷くと、あのね帳を大事に抱えながら、俺の部屋を出ていこうとする。


「なんだ、ここで書かないのか?」

「じぶんの、おへやで、かきます。ぷらいばしーが、あるからです」


「あはは、了解」


 ミリアリアの影響だろう。

 みょうに大人ぶるサファイアは、とても可愛らしかった。



~~あのね帳(サファイア)~~


おじじ、あのね。


きょうは、むらさめと、ママとおふろに、はいったの。


サファイアは、あひるマイスターになって、ぶくぶくじゃんぷ、したよ。


むらさめと、ママと、サファイアで、ぎゅーも、したの。


ママが、まんなかで、ぎゅーって、サンドイッチに、なりました。


2りは、てんきのはなしを、してました。


こんなたのしい、ひが、まいにちつづけば、いいな!

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