第6話 オペレーション・エンジェル
「天使炉──エンジェル・リアクター。たしか天使を人の身体に再現することで、無限の魔力を持つ最強の魔法使いを作る、そんな理論だかプロジェクトのことだったでしょうか?」
現在では否定されているかなり古い理論で、現実には到底なしえない夢物語のような話──そのはずだった。
「どうやったのかは知らないが、あの子の身体の中には人間の持ちえる量をはるかに逸脱した魔力の塊、つまりは天使炉と呼ぶに相応しい機関が、備わっているのだ」
「なっ……!? 天使炉があの子の体内に備わっているだって!?」
「そうだ。そしてその危険性は想像を絶する。それは他でもない、君なら分かるだろう? もしあの子の中にある天使炉が暴走すれば、それこそどのような大規模災害が発生するか正直、予想もつかない。そもそもあの子が天使炉をコントロールできるかも未知数だ」
「――っ!」
「一つ興味深い話をしよう。何年も狭い檻の中に閉じ込められていたというのに、あの子はもう普通に歩くことができる──どころか元気に走り回っている。たった数日でだ」
「まさかそんな。歩くための筋肉を取り戻そうと思ったら、2か月は過酷なリハビリが必要なはずだ」
「だが事実だ。あの子の体内に秘められた膨大な魔力が、肉体を異常に活性化させているからだと、魔法鑑識班は分析している」
「2か月を、わずか数日に短縮……」
「それほどまでの力をあの子は持ってしまったのだ。そして意識的だろうが、無意識的だろうが、あの子がその秘められた天使の力を振るった時、我々には止める手段がない可能性がある」
「……」
「そうなってからでは手遅れだ。最悪、世界は滅びるだろう」
「だから処分――あの子を殺すってのか? たとえ天使炉を内包していてもあの子自身は何も知らない普通の子だろう! 俺はそんな非道は許さないぞ!」
「そう怖い顔をしないでくれたまえ。だからこそ、君にあの子の父親役をやって欲しいという話になるわけだ」
「父親の振りをしてあの子を監視しろと? 暴走しないように見張っていろって言うのか?」
「それもあるが、もう1つ。あの子を守って欲しいのだ。あの子は天使炉の実験体の唯一の成功例だ。となれば――」
「そうか! 逃げた首謀者は必ずあの子を取り返しにやってくる!」
「正解だ。あの子を守ることは、ともすればこの事件の解決に直結することになる」
「そのためには、荒事に対処できる人間があの子の側についている必要がある。だから俺とミリアリアなのか」
俺はようやくダイゴス長官の話に
「あの子に懐かれていて、戦闘能力にも秀でている。この件に関して、君たち2人以上の適任はいないだろう。ま、ともかくまずは、あの子に会ってやって欲しい。父親としてな」
「言いたいことは理解しました。ですがあの子を
「いつまでも襲撃を警戒し続けるより、囮でも何でもいいから、1日でも早く首謀者を捕まえてあの子の安全を確保した方が、あの子のためになるとは思わないかね?」
「それは――」
「現状では仮に処分を免れたとしても、あの子は満足に学校に通うことすらできない。襲撃のリスクと常に隣り合わせだからだ」
「納得はしました。ですが俺が父親役ですか……」
「言っておくがこれはイージスの正式な任務だ。拒否権はないと思いたまえ」
「やるのは構いませんが、俺に父親役なんてできるでしょうか? そんなこと今まで考えたこともなかったのに」
「なに、人間とは子を為し育てる生き物だ。案ずるより産むがよし。やってみれば意外となんとかなるものだよ。かつてのワシもそうだった」
「それはそうかもしれませんが……」
ちなみにダイゴス長官はできちゃった婚でミリアリアが生まれていきなり父親になったって話なので、なんとも説得力があった。
「もちろん、負担を軽減するためのサポートチームも用意する。必要なものは何でも言ってくれて構わない」
「それはとても助かりますが……」
「なんだね? まだ不服なのかね? 心に傷を負って君とミリアリアにしか心を開こうとしない幼気な女の子を、君はまさか見捨てると言うのかね?」
そんな風に言われたら、ノーと言えるわけがない。
上手くできなかろうが、なんとか父親役をやって見せるしかない。
「…………了解しました」
俺は首を縦に振った。
「よろしい。イージスの敷地内に『君たち一家』のための家を用意してある。職員向けの寮のすぐ隣だから見れば分かるだろう。ただちにそこに向かいたまえ。既に2人はそこにいるはずだ」
「それはまた、用意周到ですね」
なんか見慣れない一軒家が立っているなとは思ったが、このためだったのか。
たった数日でよくやるよ。
「あの子はこの事件の最重要キーパーソンだ。用意周到にもなるというものさ」
「ごもっともですね」
「それと、あの子について分かったことは、そこのファイルにまとめてあるから確認しておくように」
「了解です」
俺は机の上に置いてあったファイルを手に取る。
「必要なものがあれば言いたまえ。最優先で手配しよう」
「ありがとうございます。それではカケル・ムラサメ、ただいまより新たな任務を遂行いたします」
「オペレーション・エンジェル。それがこの作戦の名前だ」
「天使炉――エンジェル・リアクターに絡む作戦だからエンジェルですか」
「いや、あの子が――サファイアちゃんが天使のように可愛いからだが?」
「ははっ、ダイゴス長官も冗談を言うんですね」
「私はいたって真面目な話をしているが?」
「そ、そうですか……」
「よくよく考えてみれば、ミリアリアがあの子の母親となれば、ワシはあの子のおじいちゃんということでは? もう少し先かと思っていたが、うむ、なかなかに悪くないな……」
ブツブツと独り言を言い始めたダイゴス長官に背を向けると、俺はファイルを片手に長官室を退出した。
こうして俺――カケル・ムラサメは父親役として、あの時助けた少女サファイアと再会することになった。
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