第5話 理想の家庭を作ります?

「しかし言ったのは事実だろう? ヒナ鳥が初めて見た相手を親と思うこと――いわゆる『刷り込み』とでも言うんだろうかね」


「あの子は人間ですよ」


「しかし可哀想なことに、本当の親というものを知らない。自分を助けてくれた相手が親だと名乗ったのなら、親が助けに来てくれたと勘違いしても仕方はなかろう?」


「それはそうですが……」


「それでだ。今はミリアリアが付きっきりで面倒を見ているのだが、あの子が君にも会わせろと言って聞かなくてね。パパに会いたい、パパに会いたいとね」


「そりゃ会うのは構いませんが、結婚もしていないのに、いきなり父親役をやれとか言われても正直、困ります」


「君が極めて優秀なエージェントなのは上層部の皆が認めている。リーダーとしての部下からの評価も高い。父親役もなんなくこなせるだろう」


「強襲攻撃任務に投入される実行部隊のリーダー適性と、小さな子供の父親役をすることに、どのような因果関係があるのか分かりかねますが……」


「大丈夫だ、君たち2人なら問題ない。我々イージス上層部はそう判断している。ちなみにミリアリアはたいそう乗り気だよ。君とあの子で理想の家庭を作りますと言ってくれた」


 ミリアリアの奴、何をアホなことを言ってるんだ。

 ま、真面目なミリアリアらしいと言えばらしいが。


「ミリアリアは真面目で優しい女性ですから。あの子――サファイアでしたか?――のことを放っては置けなかったのでしょう」


「ふむ。さっきから聞いていると、ミリアリアと家庭を持つのは不満なのかね? 親の私が言うのもなんだが、あの子はとてもできた子だと思うのだがね?」


 俺を見るダイゴス長官の目がスッと細くなる。

 そこに俺は、いまだかつて感じたことのない、凄まじい圧を感じた。


 呼吸が苦しい……!

 息をするのが辛い……!

 本能が恐れを抱いている……!!


 こ、これがかつてビースト・ダイゴスと言われた絶対エースのプレッシャーか……!


「そ、そう言う意味では決してなく。そもそも、あの子の両親役をやるだけで、ミリアリアと家庭を持つという話ではなかったように思いますが……」


「おお、そうだった、そうだった。娘可愛さについ我を忘れてしまったようだ。いかんな、年頃の娘を持つとどうにも幸せを願ってしまうものでね」


 ダイゴス長官は苦笑すると、再び元の柔和な笑みに戻った。

 プレッシャーから解放された俺は、ホッと胸をなでおろす。


「分かっていただけたようで、なによりです」


「そういうわけでだ。全ての仕事に優先して、まずは3人での家庭生活に入りたまえ。あと有休がたくさん残っていただろう。それもついでに消化して欲しい。有休の取得率があまりに低すぎると、事あるごとに総務からせっつかれていてね」


 人手不足が慢性化していることもあって、イージスのエージェントは有給取得率が異常に低いことは長年ずっと言われている。

 ちなみに俺は入ってから一度も取得したことがなかった。


「その前に確認したいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」

「構わんよ。なんだね?」


「まさか本当に父親役をさせるためではないですよね?」


 イージスはそんなゆとりのある暇な組織ではない。

 今も組織の全力を挙げて、逃げた研究者の行方を追っている。


 1日でも早く捕まえるためにも、ともかく人手がいる状況だ。

 俺を父親役なんかで遊ばせておく余裕はないはずだ。


「これは君の胸の中にとどめておいて欲しいのだが、実はイージス上層部はあの子の処分を検討している」


「処分ですって? どういう意味ですか?」


「現在、研究所から押収した資料を分析しているのだがね。あの子はどうやら危険な実験に奇跡的に成功した、唯一の成功事例のようなのだ」


「唯一の成功事例……何の研究だったんでしょうか? 差し支えなければお聞かせください」


「君は『エンジェル・リアクター』――『天使炉』という言葉を聞いたことがあるかね?」

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