コーヒーショップの鬼店長

晏久良 魚月

第1話 恨む人、祟る神?

少し前に客から聞いた話。



その客もほかの人間から聞いた話だというので伝言ゲームのごとく変わってしまっているだろうが原型そのままであったところでこの手の話は正否も是非も問わないのだから良しとしてほしい。


とある男が……うん? ……仮に名付けるか。

沢田だ。沢田という男の話。


沢田の先祖は貴族でありその土地一帯を治める地主であった。

と言っても歴史に名が載るような家ではなく京から遠く離れた片田舎の一部を任された名もなき小さな有力者。

気が遠くなるほど都から離れていたようで沢田家先祖とその家臣一行は途方もない長旅を強いられた。


かなり昔の話だ。旅とは楽なものではなく途中で何人犠牲になったかは分からないが最終的にたどり着いたのは30名ほどであったという。


沢田家は京の神社から御霊分みたまわけ、まぁ元の神様から力を分けてもらったようなものだ暖簾分け的な、そのご神体を持っていた。

土地の良い場所を探して宮を建て、手厚く祀ったそうだ。


その甲斐あってか開拓は順調に進み、人もまばらであったその片田舎はそれなりに発展を遂げたらしい。

まぁ……所詮は田舎なので発展と言っても”頑張れば住めなくもない程度”だと語った客は笑っていたが。


さて都からの命を果たしていた沢田家先祖だったが時代的に仕方ないが揉め事、諍いが絶えなかったという。

とりわけ京都から持ってきたご神体をめぐっては大いに荒れたそうだ。


”誰が祀るべきか”


沢田家は神職ではなく連れてきた家臣にもその関係者はいなかった。

神事を行う資格のある者がいなかったのだ。

朝廷から任されたのだから沢田家当主がその任を負うべきだということでは全員の見解は一致していたが問題はそこではない。


沢田家はどの血筋が本家なのかが分からないという厄介な家系なのだ。

故に誰が本家か常に争っておりあらゆる男子が正当性を主張するため見るに堪えない泥沼のお家騒動が繰り広げられていた。


血で血を洗う終わらない連鎖にやがて神社も家も廃れ、沢田家は断絶こそしなかったもののその家に生まれる者はロクな目に遭わないとのことだった。


その状態で沢田の時代まで続いているのだがこの男、歴史や自身のルーツに大変興味を持っていたようでかなり詳しいところまで調べ上げていた。

それこそ家系をたどるためだけに大学院まで進学し、研究に人生のほとんどを費やしたといっても過言ではない。


現存する家系図はまったく当てにならないため彼は別のアプローチを試みていた。


それがなんともオカルト的なもので。

霊能力を通じて先祖をたどるというおよそ科学からは遠いやり方だった。

沢田も万策尽きた故にそのような手段に出たのであって最初からそこを頼っていたわけじゃないらしいが彼なりの根拠があった。



記憶の混濁した高齢の祖母の話なのだが沢田家に生まれる娘、あるいは嫁いでくる人間にはしばしば不思議な能力があったという。

霊感と言えるものやそれとはまた違う力だったりと個々人によって差はあるが何らかの不思議な力だそうだ。

なぜか男性には発現せず沢田自身もないのだが彼の3つ離れた妹は幼いころ見えない存在と話していたし今でも誰もいない道を歩いていて何かを避ける仕草をすることがあった。

聞いてみても「何もないよ」としか答えないが明らかにそこに”いるもの”を認識して避けているので霊的な能力があるのは間違いないと確信している。


沢田は女性だけに現れるこの不可思議な能力の持ち主をたどっていけば先祖のルーツに行きつくのではないかと直感的に考えたのだ。


奇しくもそういった人間がいたことを記録した資料が多く残されており霊と交信するイタコのような者や天候を操る陰陽師のような呪術を扱う者もいたらしい。

沢田はいくつかの家系図に照らし合わせて能力が発現した女性のみをピックアップし遡っていくことにした。

途中、当主を主張するその家系図たちのでたらめさに辟易したもののなんとか記録が残る限界までたどることができた。


なぜでたらめだと思ったか?

敵対勢力と思われる人間の名のところにまぁまぁの誹謗中傷が書かれていたり明らかに雑な書き方をしていたからだそうだ。

純粋な家系図ならそんなことはしない。感情任せに作ったことは明白だ。



さて沢田の知りたかった自身のルーツだが。

彼の手法に倣えば能力が現れている妹を持つ故、彼自身が本家筋の者だという推測が立つ。

多少見える聞こえる程度の霊感の持ち主ならそれなりにいそうなものだったが調べた限りでは一つの代につき一人しかいないようで自身の仮説をいよいよ強めた沢田は今度は結婚などにより家系図から出た先の人間まで周到に調べた。

するとほかの家から嫁いできたように見えた女性の中には遡れば沢田の人間が混じっておりそれは例外なく能力者であった。


当主がわからないとされていたがこれは意図的に能力者を隠しながら子孫を繋いでいるに違いない。

そのことが男子が家督を継ぐ当時の価値観とぶつかりこのように複雑化したのだろう。


沢田は現在、苗字こそ沢田なのだが分家の扱いにいる。

先祖が建てたという神社は分家が入ることを本家が嫌うため近づくこともなかったが整備と建て替え費を出す条件で少し前に初めて境内に足を踏み入れた。


感想としては……別に何もなかった。

少しは何か感じるものがあるのではないかと期待していたがやはり男の自分には関係ないのだろう。


そんなわけで今現在、その神社は改修工事中ということだ。



で? ってか。


明確なオチはないさ。

ただ可哀想だと思わないか。


生まれついての能力のせいで女性は沢田家から離れてもやがて戻されてしまうんだ。

男の権力争いに巻き込まれて。その男どもも地位や名誉に踊らされ。

高貴な血筋だの当主だなんだの肩書なんて該当者には優越感を、それ以外の者には劣等感を植え付けるくだらないシステムだ。




ここからは俺の見解。

ただの考察だ、考察。


おそらく先祖の持ってきた神は確かに力のある神だったんだろう。

ただの人間が祀るには過ぎた、な。

女性のみが持つ能力はその神を祀る……あるいは”鎮める”ためのものなんだろう。

沢田家はあまり幸福な人生を送ることはないと初めのほうに話したが家系図や男系に依存した本家だ分家だという争いのせいで本来能力者の女性をトップに立てなければいけない家だったのに誰も神を祀れなくなってしまった。


そのことに本当は気づいてはいたんだろう。

だから力を持った女性は家に入れてきた。当主でもなければ本家とも認定できなかったにしても。

断絶までいかなかったのはギリギリ耐えってところか。



祀られぬ神はそりゃあ祟る。

多分だが沢田家が本当に断絶すれば取り残された神の呪いはその地域全体に広がるだろう。


名のある神は扱い注意ってことだ。



人間みたいなもんだから。

俺に言わせれば”人間”だが……。

だからこそしがらみのなくなったやつは神でも人でも晴れやかなもんだ。









「僕はどうなる?」


閉店後のいくつか照明を落とした店内で半透明の男は恨めしそうな顔で揺らめいた。

火傷がひどくて顔はよくわからなかったがああ、この話を持ってきた先日の客に憑いていた生霊と理解した。

あのときは確かに生霊だったんだが今は完全に死霊だ。


自分が本家と信じて疑わなかったためにこの話を広めて聞いた人間、あるいは語り手に憑いて回ってたんだろう。

話をしてくれた客の男は沢田と直接の関係はないが大工職人で宮大工ではないが神社の工事に関わっている仲間内から回ってきた話をここでしていた。


他人にも知られている話だ。本家の人間に伝わらないはずがない。

一度は改修工事を許可したもののすぐに撤回されてしまい、沢田は一線を越えてしまった。

あろうことか改修工事中の神社に火を投げ込んだのだ。


しかし不思議なことにどういうわけか投げたはずの火種が自分に返ってきてそのまま燃えたようだ。



戻ってくる先がここだったのは俺が人間じゃないことがわかったからだろう。

彷徨われるよりよっぽどいいので別に気にはしないが恨みがましい視線を向けられると少し嫌な気分にはなる。



「妹も殺してやりたい」

「祀り手がいなくなる。あきらめろ」

「ころしたい」

「工事が終わったら神に喰われるぞ」

「かみ……かみ……かみさま…………ほんけ、くわれない」



お前が本家かどうかは重要じゃない。

言っても無駄だろうから言わない。死んでも人間は生きていたときのままの性格や価値観で居続けることが多いからこの手の人間には正論や否定を突き付けてもしょうがない。



「……じゃあこうするか。殺すことはできないが彼女の能力だけ失わせる。お前にはあの世への道を開いてやるし負いきれない業は俺が肩代わりしてやる。恨みは全部置いていけ」



聞こえただろうか?

人としての形が崩れていく中で男がわずかに頷いた気がした。

ドロリと液体状になったそいつを特段大きなマグカップへ流し込むと少し粘度のある不味いコーヒーが出来上がった。


「嗚呼、いやだ。めちゃくちゃにガチクソ不味い」


鬼は人の負の感情を喰う存在だと自分に言い聞かせなければ飲み干せない。


これで男の領分からはみ出た分の業はなくなった。

受けきれない一族の業など個人が請け負うなど無理な話だしそんな時代でもないのだ。

許容量を超えすぎて恨みつらみをそこかしこにばらまかれるくらいなら鬼が呑んでしまったほうがいい。


人間目線これが納得できる解決法かは知らん。




特別な力が自分にないことはさぞ失望しただろうし嫉妬心に苛まれたことだろう。

本家でも能力者でも選ばれし何かになれなかったことは悔しいに違いない。


この制度が崩れることを願ってやまない。






後日、立派な境内へ生まれ変わった神社だったが間もなく自然災害によって潰れてしまった。

その地域が廃れたという話は聞かない。






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