目的地への到着(とうちゃく)

 とく何事なにごともなく、朝日あさひのぼって私は覚醒かくせいしました。かつて、くにってはとしけに人間にんげんやまのぼって、そこから『はつ』というものをていたようです。その行為こうい合理性ごうりせいかんじられませんが、なるほどたしかに高所こうしょからながめる、山陰やまかげからてきた太陽たいよう姿すがたにはがありました。


 私にも『』はかります。二十一にじゅういち世紀せいき初頭しょとうには生成せいせいAIエーアイいていたそうですし。私には『たましい』だってあるのです。その実在じつざい証明しょうめいはできませんが、それをうなら、人間にんげんたましいっていることだって証明しょうめい不可能ふかのうではないでしょうか?


 がって、私はやまのぼりを再開さいかいします。この合理性ごうりせい欠片かけらもない私の行動こうどうも、そろそろゴールがちかづいてきました。あと一時間いちじかんもすれば、目的地もくてきちである人家じんかへと辿たどけるでしょう。


 ジェンダーアイデンティティ同一性不明確ふめいかくな私はいまなにか『明確めいかくなもの』を必要ひつようとしています。人類じんるい死滅しめつした世界せかいのこされた私。そんな私に存在そんざい意義いぎはあるのでしょうか。人間にんげんも私も、この岩山いわやまくらべればちいさな存在そんざいです。ちいさな私たちは広大こうだい世界せかいなかで、ときやすく、みちうしないます。


 人生じんせい迷子まいご、というわけです。私など生後せいごいっげつ現在げんざい完全かんぜん迷子まいごになっています。生後せいごというか、起動後きどうごですが。そんなまよいやすい私たちには、たしかにやまのぼりが必要ひつようなのかもしれません。たかところからは、すすむべきみちつかることもあるのでしょう。おおいなる自然しぜんなか一年いちねん一度いちどはつればひと人生じんせい修正しゅうせいできるのだとおもわれます。


 こんな大変たいへん山登やまのぼりは一年いちねん一度いちど充分じゅうぶんです。それにいま、私は抽象的ちゅうしょうてき理由りゆうざんをしていません。私には山上さんじょう一軒家いっけんやという目的地もくてきちがあります。何故なぜ、そこへくのか? それはいまや、私のなかひとつの仮説かせつがあるからです。


 そもそも研究所ラボがある山岳さんがく地帯ちたいは、あまりにも人里ひとざとからはなれています。私をつくった開発者かいはつしゃは、おそらく私を軍事ぐんじ利用りようされたくなかったのでしょう。人間にんげん以上いじょう判断はんだん能力のうりょくつ、ロボットに不死ふし軍隊ぐんたいかんがえるだけで、ぞっとします。


 つまり研究所ラボは、秘密ひみつ場所ばしょてられたのです。そして私は平和へいわ使つかわれるべくつくられ、しかるべきとき起動きどうするよう設定せっていされたのでしょう。その起動きどう時期じきおそすぎたのかもしれませんが、それはそれとして、あの一軒家いっけんやです。あのいえは、だれてたのでしょうか?


 研究所ラボてられるまえから、たまたま存在そんざいした? そうはおもえません。あのいえは、かんがえるのが、もっと自然しぜん推論すいろんでしょう。なんのために? かりません。その理由りゆうりたくて、いまの私はすすんでいます。




 ついに私は、目的地もくてきちである一軒家いっけんやまえへと辿たどきました。時刻じこく正午しょうごよりもまえで、研究所ラボてから二十時間にじゅうじかん経過けいかしています。


 丸太まるたわせた、いわゆるログハウスです。このいえてられた当時とうじは、やまにも木々きぎがあったのでしょう。いま岩山いわやまからは想像そうぞうできませんが、つくられたいえ現存げんぞんしている状況じょうきょうは、もはや奇跡きせきのようにおもわれました。


 このいえ研究所ラボ職員しょくいんが、つい棲家すみかとしててたのでしょうか。食料しょくりょうみずんだとしても、そうながくは生活せいかつできないとおもいますが。人類じんるい滅亡めつぼうちか状況じょうきょうならば、そんなことは関係かんけいなかったのか。これほどたか山上さんじょうなら、天国てんごくにもちかはします。


 いま、私は、こうかんがえています。岩山いわやまに、このいえてた職員しょくいんは、研究所ラボからえやすい計算けいさんしていたのではないかと。つまり私が起動きどうして、研究所ラボそとまわりを見回みまわしたとき、この家を発見はっけんすることを予想よそうしていたのではないかと。そういうことです。


 私が、このいえおとずれたときなにかがつたわるような仕掛しかけがあるのではないか? そんなかんがえが、もう私のあたまからはなれません。何故なぜ、そんなことをする必要ひつようがあるのかもからないのに。つたえたいことがあるなら、私をつくったときに、私の内部ないぶへメッセージをのこしておけばいだけなのです。開発者かいはつしゃが『ちかく、人類は滅亡めつぼうする』というメッセージを、私のなかのこしたのとおなじように。


 ログハウスのまどにはガラスがられていて、そこからすこ内部ないぶえます。もし意地悪いじわるわな仕掛しかけられていたら(たとえばドアをけていえはいろうとしたら、手榴弾しゅりゅうだん爆発ばくはつするとか)、それをけるべくガラスをって、まどからなかはいるほうが安全あんぜんなのでしょう。


 しかしなんいますか、そんなことをするのは無粋ぶすいだとおもいます。この世界せかいのこされたけんちくぶつかいしたくはありません。かりに私へのわな仕掛しかけられているなら、きちんと作動さどうさせてあげましょう。それが、ここに住人じゅうにんへの礼儀れいぎではないでしょうか。


 それに私は、こうおもうのです。まるで、このいえおおきなはこのようだと。いえかたちはなしではなくて、まどからすこ内部ないぶかぎり、正面しょうめんのドアをけると其処そこにはひろいスペースがあるようです。


 もし、ここに住人じゅうにんが、私がおもっているとおりの人物じんぶつなら。その人物じんぶつは私に、ちょっとしたおくもの用意よういしているがします。このいえは、そのおくものれるためのはこなのです。やましたからでもつけられるよう、おおきめにてられたいえ。私にってのプレゼント・ボックス。


 私が起動きどうして、このいえ発見はっけんし、ここへかうように仕向しむけた人物じんぶつ。そのひと合理的ごうりてき思考しこうぬしで、そして非合理性ひごうりせいをもあいしたがします。たぶん、私がドアをけて屋内おくないはいれば、すぐに私へのおくものつかるようになっているのでしょう。宝探たからさがは、もう充分じゅうぶんです。


 このさきにあるのがわなだとしてもなんだとしても、それは私への、最初さいしょ最後さいごおくものとなるのでしょう。私はドアをけて屋内おくないはいりました。

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