第21話

この職場は私が作った。と言うと起業したの?とか立ち上げに携わったの?と思われるかもしれない。でも全く違う。


のんびりぐーたらとしていた私は、両親の伝手でこの会社に入った。家族経営の小さな会社だ。

入社したての頃は教育係の先輩と反りが合わず、毎日毎日苦痛だった。なんとか仕事を覚えた頃、親しくなった同僚から「あの先輩から何も言われないなんてすごいね、私なんてしょっちゅう叱られてるよ」と言われた。

「うーん、確かに最近注意されてないな。先輩からおそわる事はもう何もないのかもね!」と冗談めいて言った。

そうしたら自分の言葉に気付きがあった。

私、この先輩から教わることはないのかも。仕事の面でも人間的な面でも。


それから数日後、先輩は退職することになった。付き合っていた恋人が転勤になったのをきっかけに結婚するらしい。

誰も傷付かず、おめでたい形で苦手な人が目の前からいなくなった。


先輩が退職して少し経った後、私は職場で美味しいコーヒーやお菓子が食べられたらなあ、と思った。休憩時間にお菓子を食べる自分を想像していたら、上司が申し訳なさそうにお客様がくるから茶菓子を買ってきてくれないか、と頼んできた。お金を手渡され、残りは好きに使っていいから、と。

近くのショッピングモールでお客様のお菓子を購入した後、職場のみんなで食べられる袋菓子でも…と考えているとなぜかカフェインレスのコーヒーが目に留まった。少ない数のティーバッグで手頃な値段だったのでなんとなく購入した。

帰りながら、職場でお菓子が食べたいとは思ったけど今日だけ、じゃなくていつでも、なんですよ宇宙さん、と思っていた。


男性と女性がいらっしゃり、

「温かいお茶とコーヒーのご用意がありますがどちらにいたしますか?」と尋ねた後すぐ女性のバッグにマタニティマークが付いているのに気付いた。

え、と少しドキドキした。もしかして…

「カフェインレスのコーヒーもございます」と言うと、女性の顔がパッと明るくなり、カフェインレスのコーヒーを選んだ。よし!と心の中でガッツポーズ。喜んでもらえて嬉しい気持ちになった。

飲み物を出した後自分の仕事をしていると、お客様の対応をしていた上司がやってきて、

「すごく喜んでいらっしゃったよ。」と褒めてくれた。よくよく聞くと女性がメインの相手で男性は付き添いだったらしい。

「今日は買い出しにも行ってもらったし、なにか希望があったら言ってごらん」と言われた。

「職場に置いておくコーヒーの種類を増やして、軽くつまめるものでいいのでお菓子を常備してほしいです!」

上司は驚いた顔で笑った。

「社長に聞いてみよう」と言ってくれた。


それからあっという間に給湯室に数種類のコーヒーとお菓子が置かれるようになった。

私の望み通りだった。

私が引き寄せて作った、私の過ごしやすい居心地の良い職場。

ずっとここにいてもいいけど、なんだかちょっとチャレンジしたいかも。何に?わからない。

そこで上司に呼ばれた。

「実は全く違う分野で新しく仕事を・・・・・・」

こんなにも宇宙って用意周到?と笑いそうになった。

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