第14話 告白
秋継は悩んでいた。肩に背負った荷物が下ろせたのはいいが、凜太へ正式に交際を申し込むにはどうしたらいいものか。
学生時代に広田への告白が玉砕し、担任からは病気とレッテルを貼られた時代は思い出として残り続ける。記憶喪失にでもならない限り、永遠に心を蝕む。
けれど譲れないものだってある。自分を好きだと言ってくれる人がいる。一生出会えないと諦めていたのに、彼は側で笑ってくれる。唯一の宝物だ。
──今、暇か?
──ひま!
流星の速さで返事が来た。ついでに凜太のアバターが中へ入ってくる。
抱きしめてキスしてみると、動かなくなった。
──ぎゃー! いきなりこんなことする?
──アバター相手だろ。
──アバターでも中身は僕なの!
ついでにベッドへ入って、いちゃいちゃを押してみる。こんもり盛り上がった布団が揺れ、ハートが乱舞した。
──なんか、生々しいエモートだな。
──恥ずかしくてスマホ投げちゃったんだけど!
──放り投げるな。もう一回するか?
──いや、やめとく。恥ずかしすぎる。
しばらく撫でたり横に座ったり、もらった茶を飲んだりと遊んでみる。
──次会うときなんだけど、俺の家に来る?
──いいの? どういう風が吹いちゃったの?
──俺の心はいつも嵐だ。お前という太陽が……やっぱりいい。
──そこまで言ったんなら最後まで言ってよ。アキさんのくっさいセリフ、聞いてみたい。
──言わん。来るのか、来ないのか?
──そりゃあ行くよ。そっち行ったらケーキ食べたい。
──作れないから、店で買おう。何味がいい?
──バタークリームケーキ。
ショートケーキやチョコレートではなく、斜め上を行く回答だ。
──なんでまたバタークリームケーキだよ。
──昔は主流だったって聞いて、食べたくなった。
──探してみるが、なかったときの第二候補も言ってくれ。
──バタークリームケーキ。
──OK。わかった。
強すぎる意思に感服だ。意地でも探すしかない。
──お互いに家が落ち着いたら会おう。
──うん、今行ってもおばあちゃんのことが気になって純粋にいろいろ楽しめないかも。でもね、ちょっとずつ腰の調子が戻ってきたんだ。
──それは良かったな。大事に。
アプリを閉じると眠気が襲うが、秋継にはしなければならないことがある。
「バタークリーム……あるのか?」
疑問を投げても一人暮らしの部屋では誰も答えてくれる人がいない。
枕元に置いた端末をもう一度タップし、さっそくケーキ屋を調べ始めた。
大事件と呼んでいいのか、凜太は目の前の光景に固まってしまった。
いわゆるラブホテルから出てきた姉と目が合う。大人なのだから別に問題は何もないが、幼い頃から共に過ごしてきた中だけに、心にぐっさりと透明なナイフが突き刺さった。
もう一つの問題点は、相手の男だ。凜太には見覚えがあった。遠くなった記憶を掘り起こしていくと、高校時代で止まり、一人の男と一致した。
姉の担任だった男だ。凜太の担任にはなったことがないが、年齢の若さもあってか生徒から人気があったことは覚えている。
男と視線が絡み合うが、向こうはこちらを覚えている様子はない。
凜太は逃げるように足早に去り、帰り道を辿った。
わだかまりが残るまま部屋で勉強していると、強く扉が叩かれた。
「どうぞ」
足音で察しはついていたが、現れたのは姉だ。凜太自身が悪いことをしているわけではないが、なんとも言えない空気感が流れる。冷えているわけでもなく、かといって暖かな空気というわけでもない。
愛奈はビニール袋を腕に下げている。ベッドの上にどっかりとおろした。
「なにそれ」
「あげるわ。超が百個つくくらいの超超超高級チョコレート」
缶に入っているトリュフチョコレートだ。しかも四つもある。
いわば賄賂だ。別にばらしたりするつもりもないが、こうでもしないと愛奈の気持ちが収まらないのだろう。
「有り難く受け取るよ」
「お互いの恋愛には首を突っ込まない方がいい」
意味深な言葉に心臓が潰されそうだ。愛奈はもうこちらを見ていない。そのまま部屋から出ていってしまった。
「もしかして……ばれてる?」
男性が好きなことも知らないはずだ。
ペンを持つ手が止まり、この日は勉強に身が入らなかった。
誰にも言わないと言ったが、ひとりだけは情報を共有しておくべき相手がいる。
六月を迎えた頃、凜太は秋継のマンションへ招かれていた。
まずはベッドへ行くのかと思いきや、ソファーに座れと促され、そわそわしていると秋継はケーキとコーヒーを持ってきた。
「バタークリームケーキ?」
「ああ」
生クリームとは違う、ほのかに黄みがかったクリームだ。
「すんごい嬉しい!」
「近所のケーキ屋に作ってもらった」
薔薇をかたどった砂糖菓子もついている。
「作ってもらったって……普段は置いてないの?」
「流行ったのは昭和で、段々と売れなくなったらしく置かなくなったそうだ。何十年も作ってないから自信がないってことも了承した上で購入した」
「いろいろと手間がかかりすぎてる……本当にありがとう。人の気持ちが暖かい」
「そう思ってもらえるとケーキ屋の人も喜ぶんじゃないか」
少し大きめに切り分けられたカットケーキは、花柄の皿に乗った。
「クリームからバターの味がする。美味しいよ。アキさんは食べたことある?」
「子供の頃に一度だけ。親がお世話になってる人からもらって食べた。記憶はほとんどないが」
「なんで人気なくなっちゃったんだろうねえ。やっぱり生クリームが美味しいから?」
「なんでだろうな。バタークリームの方が日持ちするとは言ってた。でも今も人気がないわけじゃないだろ。バターサンドとかもあるし」
「それも好き。お土産にもらったりしたらテンション上がる。ひと切れじゃ足りない」
「まだたっぷりある」
秋継は先ほどよりも大きく切り、凜太の皿へ移した。
「明日も食べてから帰ってくれ」
「もしかして甘いもの好きだよね? チョコレートとか食べてるし」
「好きだが限度があるだろ……。一人暮らしでこんな大きなホールケーキは普通買わん」
「僕、一人暮らししたらホールケーキ買うよ?」
「そういう小さな幸せは大事にした方がいい。一人暮らしの予定でもあるのか?」
秋継は神妙な面持ちだ。
「ないけど、してみたいじゃん。でも料理ほとんどできないし、苦労しそう」
「俺と住むって手もあるけど」
「……うん」
冗談でこんなことを言う人ではないのは承知している。重みのある言葉だ。
「そういう将来とか、いろいろ考えるようになった。僕ももえ大学三年生だし。姉さんには言わないでって賄賂までもらって約束したんだけど、」
「俺に話していいのか?」
「何かあったら僕に責任を押しつけて。あのね、僕の高校のときの教師と付き合ってた」
秋継は口につけていたコーヒーをぶ、と吹いた。
「ちょっと待て」
「偶然にもラブホから出てくるところを見ちゃったんだよね。僕の担任ってわけじゃないから、向こうは僕に気づいてなかった」
「愛奈さんの担任ってことか?」
「そういうこと」
「マジかよ……」
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