第10話 本来の目的

「ラーメン!」

「第一声がそれか? ん?」

「あけましておめでとうございます。本年もどうぞお願い申し上げます」

「よくできました。あけおめことよろ」

 秋継のワゴン車へ乗り込んだ。二段重ねの鏡餅が飾られている。

 凜太は餅をつついた。しっかり固定されている。

「カレーとラーメンどちらがいいか聞こうと思ったが、その必要はないみたいだな」

「東京ってラーメン激戦区なんでしょ? 池袋とか」

「少し歩けばラーメン屋なんて山ほどあるぞ。どれがいいのか決めたか?」

「味噌ラーメンがいい。寒いと味噌ラーメンが食べたくなる」

「味噌か……」

 秋継は端末で検索し始めた。凜太もラーメンのサイトをいくつか回ってみた。

「今って全国各地のラーメン食べられるんだ……。宅配してくれるサイトがある」

「家で食べたいか?」

「別の意味でアキさんの家には行きたい」

「別の意味ってなんだよ。やらしいな」

「やらしい意味で言ってんの」

 秋継は大いに笑った。つられて凜太も声を上げる。

 それに対して秋継は返答しなかったが、来るなとも言わなかった。

 車の中では主に正月の話をした。秋継の家も同じようで、代わる代わる来る親戚からは見合いの話をすすめられ、愛奈を盾に逃げ切ったらしい。

 池袋と書かれた標識が見える。秋継はそのまままっすぐに進んだ。

「車でえっちってやばいかな」

「……っ…………お前な、アクセル強く踏むところだったぞ。人に見られたら公然わいせつ罪になる。やばい」

「やっぱりそうなんだ。ならホテルだね」

「急にどうしたんだよ。そんなこと言ってなかっただろ」

「アプリ内でそういう話をすると、停止処分くらっちゃうんだ。ってかアキさん、したくないわけ?」

「そんなわけないだろう」

「じゃあなんで誘ってくれないの?」

「お前に身体目的だと思われたくないからだ」

「……ちょっときゅんとした」

「魅力的すぎて身体優先になりそうだから」

「うわあ」

「お前で何度も抜いた」

「ちょ、ちょっとどうしちゃったの? 熱ある?」

「至って普通だ。ラーメン食べたらホテルに行くぞ」

「やった」

「あまり長居はできないからな」

 今日は祖母の帰りが遅い。親戚への挨拶回りをしている日だ。凜太としてもチャンスで、今日こそは誘おうと心に決めていた。

 ネットで高評価のラーメン屋へ入った。揺らぐ湯気に混じって味噌の香りがする。

 奥のソファー席へ座り、さっそくお品書きを開く。

「餃子は? 食べる?」

「やめとく」

「なに気にしてんだよ」

「男心判ってよ」

 身体の関係を持つということは、体臭や口臭の問題も出てくる。好物でもあったが、なんとかこらえた。

「野菜増量とかしないのか?」

「動けなくなるかも」

「お、積極的だな」

「まあね。任せて」

 レギュラータイプの味噌ラーメンを注文した。

「途中でドラッグストアとか寄る?」

「いろいろ持ってるから心配しなくていい」

「結局やる気満々じゃん!」

 真っ白な湯気の立つ麺を豪快にすすった。チャーシューは肉厚であり、口内ですぐに崩れる。

 卵は半熟で、チャーシューに黄身をつけると濃厚になった。

「僕、家でラーメンって食べた経験ほとんどないかも」

「麺類自体は食べるのか?」

「そばとかうどんは食べるよ。年越しそばも食べたし。アキさんは実家に戻った?」

「ああ。すぐマンションに戻ったけど。挨拶回りがどうも俺には合わん」

「でもお年玉もらえるじゃん」

「リンは学生だからだろ。俺はあげる側だ。お年玉で何か買うものでもあるのか?」

「今日、お金多めに持ってきてる。あわよくばコンドームとか買おうかなって思ってた」

「お年玉でコンドーム? なに考えてんだよ」

「そりゃあえっちなことだよ」

 秋継はげんなりとした表情でチャーシューを食べている。

「そんなもの買おうなんて考える学生は全国探してもお前くらいだ。貯めておけよ。いずれ必要なときがくるから」

 ラーメンを食べ終え、ふたりで外に出た。

 吐く息は白く、指先が氷に触れたみたいに冷たい。

「さっさと行こう」

 秋継は凜太の手を握り、歩き出した。

 車までの距離は近く、わずか数秒の夢物語だ。

 エンジンをつけ、秋継は端末でまた何か調べ物をしている。

「もしかしてホテル調べてる?」

「そう。いい感じのホテル知ってるか?」

「ラブホなんてこの前行ったきりだよ」

「それは良かった。……近場にするか」

 誰とも合わないだろうが、心臓が力強く鼓動を鳴らしている。落ち着けと胸の辺りを何度も撫でた。

 雰囲気の良いホテルを探すよりも、早く一つになりたかった。それは秋継も同じようで、なんとなくそわそわしているようにも見える。

 フロントは無人であり、凜太は安堵した。働く人間は慣れているだろうが、見られるのは少々抵抗がある。

「部屋、どこでもいいか?」

「うん。全部似たり寄ったりだね」

 音漏れはしないだろうが、秋継は隣に人がいない部屋を選んだ。

 気分の問題で、凜太も同じように隣り合っていないところ選択するだろう。

 部屋は普通のビジネスホテルだった。施錠されたとたん、後ろから抱きしめられ、影が覆い被さる。触れていたくて、凜太も後ろ手に彼の腰を掴んだ。

 大きな手が布地を弄り、中へ入ってきた。

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