第21話 月
「リュカさんの骨董商としての腕は本物なんだ。顧客に対しても誠実だし、あのビスクドールが市場価値があるからほしいって言ってるんじゃない。リュカさんにとって価値のあるものなんだ」
「彼が誠実なのは充分に伝わっている。ここまで正直に話してくれたんだ。普通は風習を知って儀式に応じる人なんぞ世界中探してもなかなか見つからない。覚悟もある。リュカさん、人形はあなたに差し上げます。ただ、人形は人の想いや霊魂が入りやすいものです。しっかりとお払いをするために、もう一日泊まっていってもらえますか。部屋は客室を用意しますので」
「ありがとうございます。心から感謝申し上げます」
リュカが頭を下げ、優月も地に頭をつけた。
今宵もほぼ満月だ。少々かけてきてはいるが、美しい月であることには変わりはない。
「お父様がどうぞ、だそうです」
「熱燗だ。つまみもある」
つまみはなぜかチョコレートもある。
「チョコレートは何にでも合います。ここへ来る途中、コンビニで買ってきました」
「いただきます」
上背のある彼は浴衣を着てもよく映えている。
見とれてじっと見つめても、リュカは嫌がる素振りも見せず優月のしたいようにさせていた。
「人形の件、ありがとうございました」
「口出ししちゃってすみません」
「少々、私も行き詰まっていましたので助かりました」
「リュカさんに助かりましたって言われるとすんごいテンション上がるんですよ。飛び跳ねたくなるくらい」
「本当に助けられているのですよ」
彼の盃に注ぐ。反対に、彼からも注がれる。
「結婚式の最中、お酒飲まなかったでしょう?」
「全部飲んで下さって、助かりました」
二度目の助かりました、だ。
「地下で仕事をするつもりでしたから、アルコールは体内へ入れなくなかったのです」
「真面目なリュカさんらしいです。……話は変わりますけど、弟が態度悪くてすみません。思春期なんて言い訳で、あれは本当に良くないです」
「気にしていませんよ」
挨拶をしたリュカに対し、月斗が返した言葉は「犠牲になってくれてありがとう」だ。しかも嫌みったらしく言い残し、さっさと自室へこもってしまった。
「私は犠牲とは思っていません。むしろ、私を受け入れてくれたことに感謝しているのですよ。学生時代はろくに友達もできませんでしたし、あの頃を思うと夢のようです」
「かぐや姫……」
「え?」
月光に当たるリュカを見て無意識にそう呟いてしまい、ごまかすように盃を傾ける。
「罪を償い、最後は月に行ってしまうんでしたね」
「罪? かぐや姫が?」
「竹取物語はお詳しいですか? 日本最古の物語です」
「子供がよく読む絵本でなら読みましたけど……罪があって地球に来たってことですか?」
「竹取物語はそのような話でした」
「地球が流刑地扱いじゃん」
「ふふ……流刑地であっても、月に帰る前には涙を流すほど居心地が良かったのでしょう。姫と結婚したいと申し出た男性たちは貴重な物を持ち寄りますが、姫は心を開きませんでした。人の心は富や名声では動かないというお話です」
「深いですねー。俺、初めて読んだとき、人間界に二度と近づくな、人間を惑わすのはやめろって子供のときそう思いました」
「あなたはまた立場が違いますから。そう思っても仕方がありませんよ」
リュカは陽気に、歌うように微笑んだ。
「あなたに一つ、謝らなければなりません。優月の家庭のことを勝手に調べてしまい、不愉快な思いをさせてしまいました」
「そんなの全然気にしてませんよ。リュカさんの立場なら俺だってそうしただろうし。見つかって良かったですね。お母さん喜ぶかなあ」
「どうでしょう。母は私が日本で人形探しをしている件は知りませんし、もう人形のことなど忘れているかもしれません」
「これだけ時間を費やして探したんだし、俺だったら嬉しくてインド映画みたいに踊り狂うけどなあ」
「そうであってほしいですね」
生まれて初めて、こんなに美味しい酒は飲んだことがなかった。
生まれて初めて、満月が美しいと感じた。
どうか彼の命を奪わないで下さい、と祈った。
神に見初められた贄は生命を奪われる。人間が勝手に決めた習わしでも神が望んだことでも、贄が早くに亡くなっているのは間違いない。
生まれた国が違えど、彼は怖がる素振りを見せなかった。それがひどく悲しくもあり、頼ってほしいと願った。
駅で大量に購入した土産は、一度店に寄って仕分けることになった。
京都駅に到着すると、待ち構えていたのはオリバーと数人の付き人たちだ。
「やあ、久しぶり」
「仕事はどうしたのです? 頻繁に日本へ来ては、部下が困りますよ」
「私の部下は皆優秀だから問題ない。今日は君の部下と話をしにきたんだ」
今日のオリバーはいやに刺々しかった。
「今から仕事場へ行くのだろう? 送っていこう」
土地それぞれに独特の匂いがあるというが、日本でもあると実家へ戻って感じた。
東北は空気が澄んでいる。京都はお香の匂いが混じっている。
職場の応接間へオリバーを案内すると、リュカは買ってきたばかりの茶菓子とハーブティーを持ってきた。
「本来なら弟を抜きに話したいところだがね。まあいい。単刀直入に聞くが、なぜうちの弟を巻き込んだ? 絶対にルークを選ばないと誓ったじゃないか」
「私にうまみがあったからです。決して彼のためではない」
リュカはきっぱりと告げる。
「彼のためではない? どういうことだい?」
「彼の実家は人形を供養する神社です。うまく入り込めば、普段は入れない場所で私の目的を達成できると考えたからです」
「まさかそれは……」
紙袋に木箱が入っている。リュカは中身を取り出さなかったが、軽く持ち上げた。
「彼の神社にありました」
「なんという……こんな運命があるものか」
「運命か必然かは神の知るところでしょう。ご理解頂けましたか?」
「したとも。だが結婚のことは許したわけじゃない。君にはモニカがいるじゃないか」
「モニカ?」
聞き返すと、オリバーは優月とリュカを交互に見る。
「ルークの婚約者だ。まさかモニカにすら説明していないのか?」
「親が勝手に決めた婚約者です。そもそも私は納得していない」
「俺、間男じゃん」
「むしろ間女なのは向こうです」
「ルーク、落ち着いて」
珍しく声を荒げそうになっている。こんな彼はほぼ見たことがない。
「失礼。取り乱しそうになりました。優月、よく聞きなさい」
「名前で呼んでたっけ?」
「うるさい。モニカは私の婚約者となっていますが、幼少の頃に一度会っただけです。個人的な連絡先すら知りません」
「パーティーにも来てくれたし、むしろ会う機会はあったでしょ? ルークが逃げ回って参加しなかっただけで」
「うるさい」
「あー、あー、わかりました。まず、モニカさんに事情を説明してはいかがでしょうか?」
「いずれそのときが来るとは思いました。優月、次の大型連休を私に下さい。一緒にイギリスへ行きましょう。旅費はこちらが出しますので」
オリバーを見やると、特に不満がないようだった。むしろ連れていくと言いたげな顔でいる。
「良かった。ようやく覚悟を決めてくれたんだね。一応ナタリーにも会えるか聞いてみるよ」
「無駄だと思いますよ。彼女は忙しい」
「俺、リュカさんのお母さんに会ってみたいなあ」
言い争いになりそうな雰囲気であり、優月はわざとらしくも間へ入ってみる。
「……連絡を取ってみます」
リュカはどこか寂しそうで、子供みたいに唇を尖らせた。
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