第14話 リュカの探しもの

 リュカは太陽の存在だ、と断言したが、嘘でもない。

 優月の回りにはいなかったタイプで、声や言葉、顔、いろんなもので目を奪っていく存在だ。同じ人間でありながら異質だと感じるのは、彼に対する冒涜だろう。

 美しすぎる彼は人と違う見目を持つと自覚があるようで、決して彼を喜ばせる言葉ではないだろう。

 月に住む神様は男を好むと伝承が伝えられているが、リュカのような麗しい人はまっさきに神は欲しがるだろう。絶対に彼は選んではいけない人だ。

 月の神子としての運命は、人を犠牲にする。逃れられない呪いは、もし優月自身が避けようとすれば、弟たちを蝕み始める。

 命を救ってくれた人だからこそ、絶対に関わらせてはいけない。




 アルバイトを終えて岐路に着いた頃、待っていたのはいかにも怪しいサングラスとスーツに身を包んだ男だった。

「ハロー!」

「……どうも。博物館ぶりです」

 意地でも日本語で返した。ここは日本だ。なんらおかしなことはない。向こうのペースに呑み込まれてはいけない。

『警戒しなくて大丈夫。明日は学校休みでしょ? 一緒に旅行しない?』

「旅行?」

『旅費はこちらが出すから問題ない。必要なものは全部こちらが用意しよう』

 例のように翻訳機を使っての会話だ。

『さあ、乗って』

「もし乗らなかったら?」

『君は乗るはずだ。なんせ愛しの弟についての話もあるからね』

 親族であると聞いていたが、リュカは彼の弟だった。兄と名乗られても信じる。目はサングラスによって阻まれて見えないが、よく似ている。

 優月は黒い車に乗った。

「どこに行くんですか?」

『南だね』

 奈良か大阪のどちらかだろう。

『途中で休憩挟むけど、眠いなら寝てもいいよ。まだ時間はかかるから』

「そうさせてもらいます」

 体力が充分になければ、いざというときに困るのは自分だ。

 納得していないのは山々だが、優月は目を閉じて心を静めた。


 肩を揺さぶられて起きたときには、外は真っ暗になっていた。

『今日はホテルに泊まろう』

 車から降りるように促され、時計を確認するとまだ二時間ほどしか経っていない。

 高級ホテルだとひと目で判る。今は水が出ていないが大きな噴水が薔薇で覆われ、敷地には首が痛くなるほど見上げなければならない木が並んでいる。

 ドアマンに迎えられ、ロビーで鍵を渡された。

 夕食は部屋まで運んでくれるらしい。

 鍵はそれぞれ手に握られている。部屋まで一緒であれば息がつまるところだった。彼とはまだ心を通じあえていない。そんな日が来るのかは謎だ。

『じゃあまた明日』

「おやすみなさい」

 翻訳機から出る音に日本語で返し、優月はまっすぐ割り当てられた部屋へ向かう。

 簡易キッチンに洗濯機まである。一人暮らしは充分にできる部屋だ。

 服をすべて洗濯機の中へ入れ、さっそくシャワーを浴びた。

 夕食がほしいと内線をかけ、そこでようやくここはどこかと調べた。

 GPSで調べると、大阪どころかもっと下だ。優月にとって縁の地ではないし、知り合いもいない。

 なんらかの目的で向かったのはいいが、身に覚えはまったくなかった。

 温かい夕食を堪能しつつ、優月はベッドへ身体を預けた。

 リュカから何の連絡も来ていない。彼はこのことを知らないのだ。近くなった距離が再び遠のいた気がした。

 翌日は再び彼と車に乗った。

「俺を海に沈める気ですか? だいぶ遠いと思うんですが」

『君を海に? ハハッ、そんなことをしなくても君を跡形もなく消すことは可能だよ。それより、君に探し物をしてもらいたいんだ』

「探し物? 弟さんより俺でなきゃダメなんですか?」

『正確に言うと、弟の探し物を君にもしてもらいたいんだ』

 リュカはとあるブツを探していると言っていた。

『ビスクドールだよ。知ってるよね。君が博物館で観たものだ』

 ビスクドール。タイムリーな話だ。

 彼の言う通り、博物館でいくつものビスクドールも観ていて、さらに買い取ってもらいたいという客人とも会った。結局買い取りはしなかったが、思えばあのときのリュカは少し様子がおかしかった。

「どうしてビスクドールなんですか?」

『弟の大切な人の大切なものだったんだ。それをとある事情で手放してしまってね。律儀にも弟はそれを探そうとしている。それも日本の上から下までだ。そのために骨董商になったんだ。本物かどうかを見極めるために。バカだよねえ』

 心臓も胃も、ありとあらゆるところが悲鳴を上げ始めた。とても苦しい。リュカの想いが心に刺さる。

 どれほどの痛みを抱えて日本へやってきたのだろう。自分の運命を変えても探し出さなければならないビスクドール。少しだけ、別の意味でも胸が痛かった。彼の想い人はどんな人だろう。

『今から向かう場所は、たくさんの人形が置かれている神社だ。君なら人形の区別ができるだろう?』

「いや、俺はただの大学生です。リュカさんみたく鑑定ができるわけじゃない」

『君は骨董品が詳しいんじゃないのかい? 君の実家の神社にもたくさんの人形が供えられているだろう』

「供養は確かにしていますが、だからといって……」

『君にはそんな力がある。なんていったって、月の神子だ』

 完全にペースを持っていかれている。彼は人の話を聞くタイプではない。

「今さらなんですが、名前を教えて下さい」

『オーウ、自己紹介がまだだった。私はオリバーという。オリバー・リリーホワイトだ』

「名字がリュカさんと違うんですか? 彼、リュカ・T・ラヴィアンヌと名乗ってましたけど」

 オリバーは首を振り、曖昧に微笑んだ。

『何もかも嘘っぱちだ。いや、すべてが嘘とも言えないか』

「嘘?」

『彼は君に本名を名乗っていない。偽名……まあいい。ほら、もうすぐ着く』

 すべてが嘘とも言えない──彼の話す通りだ。

 リュカと過ごした時間はすべてが大切で、偽名だったとしても代わりのきく時間ではない。だが、少しさみしい。

 リュカの何を知っているのだろう。甘いものが好き。ハーブティーが好き。アンティークドールに詳しい。身を削る優しいを持っている。

『さあ、降りなさい。仕事の時間だ』

 まるで実家にいるかのような空間だった。

 神社には多数の人形が敷きつめられている。供養を願う人々の想いの数でもあった。

「リュカさんの探し物はここにあると限らないんですが」

『もちろんだとも。ここになければ別のところを探せばいい。そのときはまた君と旅をしよう』

「どんな人形なんですか? 見た目とか知らないと探しようがないんですけど」

『ジュモー製のビスクドールだ。身体にジュモーの刻印付きで、“Natalie”と横に書いている』

「ナタリー?」

 女性の名前だ。リュカとどのような関係があるのか気にはなるが、これは本人に聞くべきことだ。

『じゃあよろしく。夕方には戻ってくるからね』

 オリバーは踵を返し、鳥居をさっさとくぐってしまった。

「探せと言われてももなあ……」

 万単位で人形が所狭しとと置かれている。

──人形は人の形と書く。霊魂や想いが入りやすいんだ。むやみやたらに触れたりするべきじゃないよ。

 祖父の言葉が頭をよぎる。人に遊んでもらうために作られた人形は、涙を流し、ときには何かを伝えたくて動きもする。当たり前に教わってきたことだ。

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