第3話 代々受け継がれたもの

 鑑定をしてもらった呪いの指輪は、謎を残したままとなった。どんな経由で有沢家にきたのか。神子の証として受け継がれる指輪の価値は、結局占有している自身にあるのだと、優月は目を伏せた。

 ムーンストーンのシラー効果と同じように、彼の瞳も色が変わった。




 優月が大学生活を遠くで暮らしたいと力説し、確固たる意思を貫き通した結果、条件つきで一人暮らしを許してもらえることとなった。

 条件とは、京都の親戚の家で過ごすということ。心配よりも逃げられないようにするための監獄だ。だが家にいるよりずっとよかった。

 親戚は茶畑を持ち、お茶を作る会社を経営している。菓子事業にも手を伸ばしていて、一家で会社を支えていた。茶畑といえば静岡のイメージだが、京都でも盛んに栽培されている。

 離れに使用していない部屋があり、優月はそこを借りて一人で住んでいる。一人暮らし用のアパートみたいなもので、トイレも風呂もあり、簡易ながらキッチンもある。

「優月、おかず」

「ありがとう。助かる」

 家に帰ると、ちょうど従兄弟が出てきたところだった。父親の兄の子供にあたる従兄弟という間柄で、京野大地は少し年上の兄のような人だ。

 器にはじゃがいもと鶏肉の煮物が入っていた。

「お前もこっちに来ればいいのに。部屋空いてんぞ」

「いやいやいや、さすがにそこまで迷惑はかけられないって。おかず分けてもらえるのもめちゃくちゃ有り難いよ」

 殿様が住んでいるかのような本家は、玄関にいるだけでも縮こまる。離れにある部屋がちょうどいい。

 あらためてお礼を伝えて、優月は離れに戻った。

 もらった煮物はテーブルに置き、冷凍してあったご飯とともに食べる。残ったものは、明日の朝食だ。

 まだ夢見心地で、ここ数日にあった出来事を一つ一つ思い返してみる。

 いつもの大学生活に現れた謎多き骨董商リュカ。呪いの指輪について鑑定依頼を出し、指輪の正体が判明した。ただ、どういう経路で有沢家へきたのかは不明だった。

 何よりも気になっているのは、美人な骨董商だ。なぜ日本にいるのか、どこの国出身なのか、どうして日本語ができるのか。聞きたいがきりがなく「美人だ」と思わず呟いてしまった言葉は彼の耳へと届き、無言にさせてしまった。

 一般的に褒め言葉として扱われるが、気に入らなかったか母国で侮辱を意味する言葉に似ていたのかもしれない。


 アルバイトのない日は、高岡の元で資料の整理をしたりと何かしら手伝いをしている。

 いつもはおしゃべりな高岡は、今日はいやにおとなしかった。とり憑かれたようにぼんやりとし、口を空いたまま独り言を言っている。

「リュカさんって……綺麗だよねえ」

 高岡の頬はほんのりと赤い。

「いきなりどうしたんですか?」

「綺麗だと思わない?」

「思いますけど……」

「お付き合いしたいなあ……」

 優月はぎくりと肩が揺れる。

「ああ、びっくりしちゃった? 僕、美しいものならなんでも大好きなんだ」

「リュカさんは男性ですよ」

「もちろん知ってるさ。もしかして有沢は男同士の恋愛は嫌とか言うタイプ?」

 そうではないのだ。身近にありすぎるからこそ、運命から逃げ回っているからこそ、遠ざけたいものなのだ。

「いや……人それぞれかと……」

 かといって自分の人生を真っ向から否定したくはない。曖昧に答えるしかなかった。

「リュカさんをデートに誘ってみようかな」

「それはそうと、リュカさんとどこで出会ったんですか?」

 高岡は少し前のめりになった。

「よくぞ聞いてくれました。骨董の展示会に遊びに行ったら、宝石の結晶みたいな人が人を避けてたんだ」

 高岡はやや早口で喋る。

「人が人を避ける……なんとなく判ります」

 意図せず美貌を撒き散らしている男だ。あまりに高価なものを見ると近づかずに離れたところから見たくなる美しさに近い。

「あまりに綺麗で声をかけたら、なんと骨董商だというんだよ。名刺を交換して、そこからお付き合いが始まったんだ」

「いやお付き合いしてないでしょ」

「寝ても覚めてもリュカさん以外考えられないよ……。彼、恋人はいるのかなあ?」

「どうなんでしょうね」

「聞いたよ。プライベートに関してはお答えできないって。そこもミステリアスで素敵だと思わない?」

「聞いたんですか……」

 鞄からペットボトルを取ろうとし、ふと気づいた。

 指輪を鞄に入れっぱなしだ。ふと気になって奥をあさってみるが、正方形の箱は見当たらない。

「どうしたの?」

「高岡教授、すみませんが今日は帰らせてもらいます」

「ああ、うん。もう時間だしね。どうもありがとう」

 家に代々伝わる大切なものを落とすなど、どうかしている。持ち歩くべきではなく、家に置いておかなかった自分の失態だ。

 講義室や食堂を見て回り、落とし物の届け出があるかと事務室へ連絡を入れたが、何もなかった。

「有沢? どうしたんだ」

 声をかけてきたのは、同じゼミの平賀隼だ。

「この辺に指輪落ちてなかったか?」

 優月は平賀の肩を掴んだ。

「指輪? 見てないけど……どんなやつ?」

「箱に入ってるんだ。ムーンストーンがついていて、古い指輪」

「お前、ここの席に座ってたよな」

 平賀も席を確認するが、やはり指輪はない。

「もし見つけたら連絡するよ」

「ああ、頼む。大切なものなんだ」

 もう一度廊下を見て回った。いくら探してもない。

 今日はもう帰ることにした。

 大学の外の一角では人が避けるように歩き、怖いものをみるように一瞥している生徒が見える。優月は前にも見たことがある。あまりにも美しいものを見ると人は避けたくなり、見たくもなるのだ。

「おかえりなさいませ」

「リュカさん……」

 スーツを着用し、今日は髪をオールバックにまとめている。遠くから見ても近くで見ても、同じ生き物とは思えない。

「お渡ししたいものがあります」

 そう言うと、リュカはスーツケースから今まさに探し求めていた箱を取り出した。

「指輪……なんでリュカさんが? 俺あのとき忘れましたっけ? いや家に帰ってからも確認したはず……」

 今度はペットボトルを出し、こちらへ差し出した。

「まずは飲んで落ち着きなさい」

 喉も胃も水分を欲していて、渇いた身体が漲る気がした。

 半分ほど飲み干すと、リュカが口を開く。

「中身をご確認下さい」

 そっと蓋を開けると、間違いなく有沢家に伝わる指輪だ。ムーンストーンの輝きが懐かしく感じる。

「間違いなく俺の指輪です。どうして持ってるんですか?」

「無事に持ち主のところへ帰り、ほっとしております。私の用件は以上です」

「ちょっと待って下さいよ!」

 リュカが踵を返そうとするので、慌てて引き留めた。

「まさかずっと待ってて……?」

「たった今、来たところです。あなたのスマホにメッセージを入れようと思っていました。あとはよろしいでしょうか。私も次の仕事がありますので」

「ああ……すみません」

 なんとなくだが、避けられているように感じた。もうこの話題は話したくないと、急いでいるようにも見える。

 指輪が戻ってきた嬉しさよりも、リュカの態度に謎が残っていて、ひどく悲しい。

 彼の後ろ姿も、いつもより孤独感が増していた。

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