短編小説『トー横キッズ』

具流次郎

二人の母

 この街にはママと呼ばれている母が二人、居る。 一人はコンビニのママ。もう一人は婦警の少年係りである。


 広場に救急車が入って来る。

超ミニの少女がストレッチャーに載せられている。

少女は失禁していた。


店長(ママ)は泣いている順子に近寄り少女の事を聞いてみる。


 「何でもない。ほっといて下さい」


裕美子も店から出て来て、


 「 順子、オマエのせいだぞ」

 「だって薬が効かなくなっちゃったンだ」

 「で、全部飲んじゃったのか? 順子、アタシはオマエを信じてたんだぞ」

 「仕方がないジャン。アイツ、帰る所が無いだから」

 「ウルセーッ! みんな帰る所なんてねーんだ。だからこの店に来れば良いンだ」


店長も泣いている。


 「順子チャン。・・・淋しかったらこの店で騒ぎなさい。寒かったらこのお店に来なさい。オーナーにも言っとくから。溜め込まない事。薬なんかでうさを晴らしてはダメッ! みんなまだ若いんだから」


順子は涙で何も言えない。


 日が暮れて『トー横広場』にも灯りが点(トモ)る。

店の外を『赤いキャリーケース』を引いた少女が通り過ぎて行く。

暫くすると少女が戻って来る。

入り口のダストボックスの隣りにキャリーケースを置いて少女は消えてしまう。


 隣のネットカフェのママが店に入って来る。


 「だ~れ、あそこにキャリーケースを捨てて行った人。オーナー、何とかしてちょうだい」

 「えッ? あ、すいません」


店長が急いで退(ド)かしに表に出て来る。

『異常に重い赤のキャリーケース』。

店長は急いでバックルームにキャリーケースを転がして行く。

暫くして、青ざめた顔の店長がレジカウンターに戻って来る。

裕美子が、


 「どうしたんですか?」


店長は裕美子の耳元に、


 「あのキャリーケースの中、見て来て来なさい」

 「何ですか?」


裕美子はバックルームに。

急いで、カウンターに戻る裕美子。


 「え~ッ!えーッ! ど、どうしよう。あの『赤ちゃん』生きてますよ!」

 「アタシ、警察に電話して来る」


店長は急いで事務所に戻り交番に電話する。


 『白いバイク』が店の前に停まる。

太ったいつもの巡査長(木村)がカウンターの裕美子に軽く敬礼し、


 「捨ててあった?」

 「ハイ」

 「マイッタナ~・・・」


事務所に急ぐ木村。

店長がテーブルの上にダンボールとタオルを敷き、赤ん坊をあやしている。

木村が事務所に入って来る。


 「赤ん坊ですって?」


笑っている赤子を見て、


 「あら、アカンボだ」

 「早く交番に持って行ってください。忙しいんだから」

 「ちょと、調書を取らせていただきます」

 「なに言ってるんですか。ウチは店をやってるんですよ。付き合ってるヒマはありません。適当に書いといてください」

 「テキトウは困ります」

 「ジャ、少しこの子を診といてください。今、ミルクを持って来ますから」

 「えッ! それも困る」


店長は巡査長の言葉を無視して売り場に出て行く。

暫くして温めたミルクを持って来る。

キャリーケースの中に一緒に入っていた哺乳瓶にミルクを移し替えながら木村を見る。

木村が赤ん坊をあやしている。


 「バ~。おー、笑った笑った。お母ちゃんはどうしたんだろうね~。置いて行かれたちゃたのかな? 今、オジサンがお母ちゃんを探してやるからね」

 「木村さん、ついでにコレも・・・」


巡査長に哺乳瓶を渡す店長


 「ハイ、ハイ、ハイ。オッパイ、オッパイ」

 「・・・木村さん、上手(ジョウズ)ですね」

 「お~、笑った笑った。オイチーの。お腹が空いてたんだな? そうかそうか。・・・で、店長さん、どんな人が置いて行ったのですか?」

 「う~ん・・・、子供の様なオトナかな?」

 「子供の様なオトナ? ・・・困ったな~」


裕美子が事務所に来て、


 「店長、店の外に女の子が立ってます」

 「女の子? もしかしてあのキャリーケースを置いて行った娘(コ)かしら?」


急いで売り場に出て行く店長

周囲を見回すが、それらしき娘(コ)は居ない。

事務所に戻り裕美子に


 「居ないよ」


赤ん坊をあやしている裕美子。

木村はスマホで署に連絡を取っている。


 「そ~おですか? さっきまで覗いてたんだけど、この子のママじゃないのかな~あ・・・」


赤ん坊は笑っている。

木村はスマホの電話を切り、


 「とりあえず『区の児童養護施設』に連絡しときました。暫くすると担当者が保護しに来ます」

 「すいません」

 「それでですね~、こう謂う事件は捨てた母親がひそかに見に来る事がよくあるんです。店長さんも、気にしといてください。くれぐれも捕まえるなんて事はやめてくださいね。そう時はまずワタシに一報ください。ウチの少年係に来させますから」


『赤いキャリーケースの日』から三日経つ。

今日も『女の子』が店の外に立っていた。

店が暇(ヒマ)に成った午前十時頃にどこからともなくやって来て、店を覗いている。

店長が声を掛けると、逃げるように立ち去ってしまう。

ある日、店長が買い物に来た『順子』に聞いてみる。


 「順子チャン、最近『新顔の子』見ない?」

 「シンガオですか? ・・・あ~あ、一週間ぐらい前から赤ちゃんを抱いたオンナ(少女)が、仲間に入って来たよ。でも、『おカネ』持って無いからみんなでカンパして赤ちゃんにミルクを買って飲ませてたの。可愛いかったよ。でも・・・、最近その赤ちゃん見ないんよ。聞いたらキャリーケースと一緒に親戚に預けて来たんだって」

 「順子チャン、そのキャリーケースの色って赤?」

 「そう。店長よく知ってるね」

 「その話、詳しく聞かせて」

 「クワシク? 詳しくって言っても、そのくらいしか知らない」

 「アカちゃんとキャリーバックが無くなった日は?」

 「三~四日前です」

 「三~四日? その娘コ、名前は何て言うの」

 「それが自分の事、あまり話さない子なの。ただキャリーケースの名札に『伊藤節子』って書いてあった」


そばに居た裕美子が、


 「その女って痩せて背が高いヤツ?」

 「うん。スタイル良かったよ」

 「ヤバッ! 店の外に立ってた『あの女』じゃないッすか? 」

 「でも、あの節子って云う子、最近アタシ達ん所(トコ)に顔見せないよ」


裕美子が店長に、


 「木村さんに電話した方が良いんじゃないすか」

 「そうね~」


暫くして店長が売り場に戻って来る。


 「直ぐに来るって」


白いオートバイが停まり木村が店に入って来る。


 「そうですか。あの子の『お母さん』が分かった。そりゃ良かった」

 「まだ、分かりませんよ」

 「いや、その方だ。絶対に! 今、うちの少年係が来ます。彼女に張り込ませましょう」


メガネを掛けた少年係の担当が来る。

厳しさの中に優しさがある『婦警』であった。

木村が婦警を紹介をする。

『中村美津子』という名で合気道三段、女三四郎だった。

数日間、店に張り込むらしい。

裕美子が中村さんに説明する。


 「だいたい午前中の十時頃に店の中を覗きに来て、店の前を『二回』通り過ぎて行きます。背が高く、デルモみたいなガキです」

 「デルモ?」

 「モデル!」

 「あ~あ、綺麗な子と謂う事ですね」

 「アタシはキレイとは思わないけど、ただのギッツですよ。自分が産んだアカンボをダストボックスの脇に置いて消えちゃうなんて。猫じゃあるまいし」


翌日の午前中。その日は雨。

中村さんは私服で雑誌コーナーから店の外を伺(ウカガ)っている。

午前十時。

やはり『その娘(コ)』は来た。

傘をさしていなかった。

裕美子は中村さんに目配せをする。

中村さんは雑誌コーナーから一冊取り、レジカウンターに持って行く。

裕美子は中村さんに小声で、


 「アイツです・・・」

 「分かった」


裕美子の元気の良い挨拶。


 「ありがとうございま~す。またお越し下さいませ~・・・」


中村さんは傘をさして店から出て行く。

女の子は雨に濡れながら店の中を覗いている。

中村さんは女の子の背後に回り、


 「節子さん?」


女の子は自分の名前を呼ばれて驚く。


 「え? あッ!」


急いで逃げる節子。

中村さんが、


 「ちょと、待ちなさいッ!」


雨の日の捕物である。

ビルの下で雨宿りするギッツ達が、その声に驚き振り向く。

順子の仲間達が、


 「あッ、セツコだ!」


中村さんは雨に濡れた節子を捕まえて店の中に入って行く。

ソレを見て外の仲間達が、


 「アイツってヤバいヤツだったの?」

 「クスリだよ。きっと」


 節子が店の事務所で中村さんの取り調べを受けている。


 「伊藤節子さん?」

 「チガイマス」

 「違う? じゃ、名前は? 何で逃げたの?」


節子は黙ってしまう。


 「アナタ先週、店の外に『赤いキャリーケース』忘れたでしょう」


黙っている。


 「名札が付いてたわよ」


黙っている。


 「あんなキャリーケースを忘れたらダメじゃない」


黙っている。


 「・・・赤ちゃんが入ってたわよ」


突然、泣き崩れる節子。


 「ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


中村さんは黙って節子を見ている。

節子が少し落ち着いたのを見はからって、


 「節子サン? 幾つ」

 「十六」

 「十六かぁ。十六じゃ一人で育てるのは難しいなぁー。どうしよう・・・」


節子は震えている。

中村さんが、


 「見たい?」


節子は首を縦に。


そこに木村が事務所にやって来る。

俯く節子を見て、


 「アナタがお母さんか~・・・。アナタも可愛いけど、あの児(コ)も可愛い男の子じゃないか。でも、キャリーバックに詰め込んでゴミ箱の隣りに置いちゃいかんな。生きてたから良かったけど、死んでしまったら殺人罪だぞ」


節子は反省している。

中村さんは木村を見てに、


 「子供を見たいんですって」

 「見たい? 名前はあるの?」


節子が、


 「ナマエ? 名前は・・・付けた」

 「そう。何ていうの?」

 「ヨシオ」

 「ヨシオちゃんかあ。じゃ、これから見に行こうか。でもセッちゃん・・・」


木村はため息を吐いて、


 「ヨシオちゃんに会うのはこれが最後だぞ」

 「サイゴ!」

 「だって、セッちゃんには育てられないでしょう。セッちゃんは住む所あるの?」


節子は黙ってしまう。

中村さんが、


 「セッちゃん、どこから来たの」

 「名古屋」

 「ナゴヤ? ・・・で、両親は?」

 「居ない」

 「居ない?」

 「施設から逃げて来た」


木村は驚いて、


 「逃げて来た?」


節子は木村を見て、


 「ヨシオは、どうなるの?」

 「そうだな~。誰か育ててくれるヒトを探すんだろうなあ。だからヨシオちゃんとはこれっきり会わない方が良い。もう、セッちゃんはヨシオちゃんのお母さんじゃないんだから」


節子は涙の大声で、


 「イヤだッ! 連れて帰るッ!」


中村さんが、


 「節子さんッ! ダメなのよ。しょうがないの。だから、軽はずみに赤ちゃんなんて産んではいけないの!」

 「だって、・・・だって、ヨシオちゃんはアタシの子だよ。誰にも渡さないッ!」


店長が事務所に入って来る。

木村と中村さんを見て、


 「ご苦労様です」


木村が膝(ヒザ)を叩いて、


 「マイッタ。本当に、マイッタ! 中村さん。あとの説得はお願いします。私、交番に戻って調書を書きますから」


中村さんが、


 「あ、分かりました。ご苦労様でした」


巡査長は天井をみながら店を出て行く。

どうやら涙を隠している様である。


外は雨が止んで、陽が出ている。


事務所にはてんかと中村さんと節子が残る。

節子は泣いている。

店長は中村さんに、


 「いくつですか?」

 「十六歳」

 「十六歳?! ウチの店にも同じくらいの子がバイトしてるけど・・・」


中村さんが、


 「お店の『外側の世界』と、『内側の世界』とは全く違います。私達は巣から落ちたヒナ達を飛べるまで手を差し伸べてやるのが仕事です。みんな、産まれてきたら生きる権利を持っています。節子さんもヨシオちゃんも同じです。少し違うのはタマゴを温められて生まれて来たヒナじゃない事です。だから、この店の中のような温かい愛情が必要なのです」

                  おわり

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短編小説『トー横キッズ』 具流次郎 @honkakubow

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