第1話 顔合わせ

 父が再婚することになった。


 小6の時に母が亡くなってからは父が男一人で俺を育ててくれた。


 だから、そんな父が誰かをまた愛して、家庭を持つというのなら、俺は再婚に対しては反対はしない。それに再婚すれば家事などの負担が減るだろうし、反対する理由はない…………が、世の中には悪女がいる。父が騙されているという可能性も高い。


 勿論、父がそのような、女を見る目がない馬鹿というわけではないだろうが、それでも万が一ということもあるので、俺はまずは相手のことを知ってから判断したいと父に言った。


 そして今夜、父の再婚相手とその娘に会うこととなった。


 場所は少し小洒落たイタリアのレストラン。

 待ち合わせの時間15分前に俺と父は着席済み。


「緊張しているのか?」


 父が俺に聞く。


「なんで俺が緊張するんだよ」

「……そうだな」


 俺というか父の方が緊張していないか?


 さっきからドア側の方にちらちらと視線を動かしている。

 まあ、自分の息子に再婚相手こと愛する女性を紹介するんだから致し方ないかな。


「お! 来たようだ。薫子さん、こちらです」


 父はグリーンのスーツを着た女性に向け、手を振る。


 その女性は父を見て、顔を崩し、隣にいる俺を見て、軽く会釈する。


 釣られて俺もどうもと会釈する。


 そして薫子さんと呼ばれる女性が近づき、その後ろにいる娘さんの姿が現れた。茶髪でメイクをしたミニスカ女子高生。


 えらくギャルっぽい女だ。それに、どこか見たことあるような──。


「なっ! 早坂!」

「五代君!」


 なんと相手の連れ子ことギャル女はクラスメートの早坂菫だった。


「なんでお前がここに?」

「こっちのセリフよ」

「どういうこと? 菫、知り合いなの?」

「……うん。五代君はクラスメートだよ」


 ちなみに早坂菫が言う五代君とは俺のことではあるが、それは本名ではなく芸名である。フルネームは五代昴。

 そして本名は宇多川充うだがわみつる


 かつて俺は天才子役と呼ばれ、一時期はテレビに引っ張りだこであった。


 ……そう一時期は。


 そして恥ずかしい話。学校では本名ではなく五代という芸名で呼ばれている。

 もうドラマやテレビには全く出てないので、芸名で呼ぶのはやめて欲しいものだ。


  ◯


「まさか二人が同級生だったとはな」


 父が面白そうに言う。


「知らなかったのかよ」


 普通は連れ子の年齢とか聞くだろ。


「お前より歳は一つ下だと聞いていたけど……」


 そして父は薫子さんに「どういうこと?」と顔を向ける。


「この子は4月1日生まれなのよ」

「ああ! なるほど学年では同じということか」


 聞いたことがある。確か4月1日生まれは一つ上の学年になるとか。


「エイプリルフール生まれかよ。すごいな」


 感心して言ったつもりなのだが。


「なによ文句あるの?」

「文句なんか言ってないだろ」


 むしろすごいと言っているんだから。


 まあ、本人からしたらいじられたと考えられたとしても仕方ないかな。

 それでもだ。こいつが妹になるのかよ。


 ただでさえ、学校では元子役というポジションで肩身の狭い身だというのに。

 そこにクラスメートが義理の妹というのが増えたら、余計周りから奇異の目で見られる。


「菫もクラスメートに五代君がいると教えてくれたら、もっと早くに判明したのに」

「はあ? 私のせいにしないでよ。そっちが向こうの連れ子が子役の五代君と言えば良かったのよ」

「だってあなた五代君好きだからびっくりさせようと思って」

「え!?」


 びっくりだ。学校では菫は「子役の五代昴? 誰それ?」みたいな知らないし興味のない感じなのに。


 菫は首と両手をブンブン振り、


「ち、違う。別に好きなんかじゃないから」

「昔よく踊ってたじゃない。チーチー、タラタラ……なんだったかな? ほら五代君が踊ってたアレ」

「もういいから!」


  ◯


 食事会が終わり、俺はリビングで寛いでいたら、父がコーヒーの入ったカップを2つ持ってやってきた。 


 1つを俺に差し出し、


「どうだ? 薫子さんは?」

「まあ、悪い人ではないね。……薫子さんは」

「そうか良かった」


 父はほっと一息つき、テーブルを挟んで俺の対面に座る。


 ちなみに俺は問題ないという意味であり、別の点で問題があると言ったつもりだったが、父はそれには気づいていないようだ。


「すぐに再婚とは言わんよ。まだ会って1回目だしな」

「うん」


 カップに口をつけ、コーヒーを飲む。


「これから少しずつだが食事とか……どこかに一緒に買い物をしようと思うんだ」

「親睦を深めるためにね」


 俺は父が何を言わんとしてるのか分かっている。

 要は俺と薫子さんが仲良くなれという話だ。


 まあ、薫子さんは気さくな人っぽいし、問題はないのだが──。


「菫ちゃんとは仲悪いのかい?」

「……」


 父のちゃん付けに俺は引っかかった。


「別に悪くはないよ」


 ただ積極的に話をするような仲でもない。


「父さんは?」

「父さんは前から会ってたからね」

「ふうん」


 ……ん? あれ?


「待って。前から会っていたなら俺のこと話してなかったの?」

「ああ。俺はお前をダシにして仲良くなろうなんて真似はしないよ」


 と、父はニヒルな笑みをする。


 何言ってんだよ。まったく。


  ◯


 それから三ヶ月後に父は薫子さんと再婚した。そして俺の新たな生活が始まろうとしていた。

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