夏祭りに着ていく浴衣には、勇気の出る魔法がかかっていると聞いたから【朝陽視点】



 わたしは臆病だ。人と仲良くなるのに時間がかかるし、幼馴染以外の男の子とはまともに話せない。


 でも幼馴染が「夏祭りに着ていく浴衣にはね、勇気の出る魔法がかかってるんだよ」と言ってくれたから。本当は魔法なんてなくても、頑張れって激励してくれただけだとしても、浴衣の魔法を信じると決めた。


「草加くんが好きです! 夏祭りでデートしてください」


 いつものわたしなら絶対に言えない台詞を口にできたのは、魔法のおかげ。


 でも去年のサンダルを慌てて出したのは失敗だった。足が痛くてうまく歩けないし、さっきから草加くんと話すこともできていない。どうしよう。これじゃ彼を退屈させちゃう。


「鹿内さん、屋台で何か食べる?」


「ひゃい! う、うん」


 声が裏返った。恥ずかしい。でも草加くんは笑いもせず、すぐ近くの屋台を順に指差した。


「たこ焼きとベビーカステラならどっち?」


「じゃあ、たこ焼き」


「座れるとこ探してくるから、買っといて」


 あれっ、一緒に並んではくれないんだ?


 ストック切れのたこ焼きができるのを待って、二つ買った。でも草加くんは戻ってこない。一人でいると不安が膨らむ。


「一人? 俺たちと遊ぼうよ」


 知らない二人組に声をかけられた。年上の男の人だ。首を横に振って後ずさったけれど、二人が前に出てくる。なんとか声を上げようとしたら、私の前に草加くんが割り込んだ。


「すいません、俺のツレなんで」


 二人を追い払ってくれた草加くんは、なぜだか汗だくで、紙袋を持っていた。屋台のない端っこまで手を引かれる。繋いだ手が熱くて顔が溶けそうで、さっきまでの不安なんか吹き飛んだ。


「遅くなってごめん。混んでたから、これ使って」


 紙袋から出てきたのはキャンプ用の小さな折りたたみ椅子。えっ椅子? 家まで取りに走ってくれたの?


「絆創膏ある? 妹の靴でよければ貸すけど」


「だっ、大丈夫! ありがとう」


 知ってた、草加くんは優しいって。無愛想だから、彼を知ってすぐの頃は怖く見えたけど、実際には誰にでも優しい。好きになったのはこういうところだ。どうしても次が欲しくなって、また浴衣の魔法を頼った。


「来週、隣町で花火大会があるの。それも一緒に行かない!?」


「あ……うん」


 目を丸くした草加くんは、ほんの少し赤くなって、私から顔を背ける。


 いつもクールな彼が初めて可愛く見えて、嬉しくなってしまった。





Next >> 律

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る