シン屋根裏の散歩者

石田ヨネ

第1話



 先ず眼につくのは、縦に長々と横たえられた、太い、曲がりくねった、大蛇のような棟木です。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが、向こうの方は霞んで見えるほど、遠く遠く連なっているように思われます。そして、その棟木と直角にこれは大蛇の肋骨に当たるたくさんの梁が、両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それだけでもずいぶん雄大な景色ですが、その上、天井を支えるために、梁から無数の細い棒が下がっていて、それがまるで鍾乳洞の内部を見るような感じを起こさせます。



** 『屋根裏の散歩者』(江戸川乱歩)より




          ■■ 1 ■■




 その死体は、ベッドに、ちょうど仰向けになっていた。

“ガイシャ”の睡眠スタイルに適していたのか、パジャマでなくてYシャツ姿にズボンという奇妙な寝間着姿。

 ただ、奇妙なのは、そこではなかった。


 ガイシャの遺体の、ちょうど口のあたりを中心として、まるでザクロがはじけたように爆発していたのだ。

 口のまわりはグロテスクに原形がなくなっており、直視できるものでないだろう。


 都内の、デザイナーズマンションの一室。

 スタイリッシュなモルタル壁に、抽象画のように散りばめられて埋まるヒビ割れた黄色の破片――

 手前には、濃いオリーブグリーンのワイングラスと、ドライフラワーのようになった葡萄と活け花作品が、床の間のように飾られていた。

 そんな部屋のベッドにて、ガイシャの30代の男は爆殺されたわけである。


 それを、いっしょに寝ていた恋人の女が目を覚ましたところ、発見し、警察を呼んで今にいたる。


「ふーん、やっぱ、天井に穴が開いてるねー」

「天井に、穴だってー?」

「確し、かに」

「まったく、また、本当に何なんだ? この穴は?」

「ふぅむ、やはり……、ちょうど、ガイシャの口の位置だな」


 刑事たち、警察の面々は、天井にあった奇妙な穴に気がついた。

 なお、そのメンツの中には、某パンチ一発でどんな敵もKOするスキンヘッドの男に似た群麻(ぐんま)と、金髪ゆるふわパーマ女子の無二屋(むにや)の、新米刑事たちの姿もある。


 それで、彼らが「やはり」と話すように今回が最初ではなく、これで数件おなじような事件がつづいていることになる。


「――で? 何だ? ここから爆弾でも落として、ガイシャを爆殺したと?」

「いや、そのまま殺せばよくないっすか? わざわざ、屋根裏から殺す必要、なくないっすか?」

「いや、屋根裏じゃなくて、むしろ天井裏な」

「しかし、もし侵入したとしても、どうやってそんな狭いところを、闊歩するのか?」


 などと、疑問を感じつつ、



「これは、ひょっとして……? シン、屋根裏の散歩者――か?



 と、ふと誰かが、そのようなことを言った。


「屋根裏の、散歩者?」

「ああ、アレですよ、江戸川乱歩の作品の。……たしか、アパートで、隣の住人のことをムカついた男が、夜、屋根裏に侵入して、天井板にあった穴から毒の入った液体を口にホールインワンして、相手を毒殺するって話ですよ」

「はぁ、」

「――で? 何すか? その、『シン』って?」

「その、アレだよ、アレ……、ゴジラ的な、アレ」


 そう続く会話に、


「ああ、『御ジラ』っすか」

「それ、漢字違う。――てか、漢字じゃないし」


 と、ある二人組が、混じってきた。

 寝癖まじりの天然パーマに、タバコを咥えたそこそこ顔のいい中年男、碇賀元(いかりが・はじめ)と、その相方だが、ワインレッド色のミドルヘアの女の、賽賀忍(さいが・しのぶ)だった。

 二人は、特別調査課という部署の所属である。


「しかし、現場には、隣で寝てた“ガイシャ”の恋人以外に、何者かが侵入した形跡もないし……」


 刑事の一人が、考えるように言う。


「それに、こんな屋根裏、天井裏から、どうやったんすかねい?」


 碇賀元が、そう呼応してやると、


「ごめん、現場で煙草、やめて。てか、報知器なるだろが」


 と、注意が入った。


「おっほ……、しぃまぇん。『愛・擦(あい・こす)』なら、よいでござるか?」

「だめで、ござる」


 平謝りして聞く碇賀元に、隣の賽賀忍が答える。


「――てか、『愛・擦』って、……何? その、愛撫的なノリ」

「愛を以ってして、擦る――! シュ! シュ! シュ! シュババッ!」


 碇賀が、手裏剣のように手を擦る。


「ああ、垢すりみたいな感じね……。とりあえず、アナタには愛撫されたくないから。その、某マンガの、チェーンソーが頭に生えた男の、次くらいに――」

「しょんなぁ~……。てか? 何で、頭からチェーンソー生えてたらダメなんだろねい?」

「単純に、痛いんじゃない?」

「まあ、」

「そういえばさ? チェーンを武器にするってのは、まあ、発想として分かるけどさ? 草刈り機とか、武器にするキャラクターとか、この世に出てこないのかな? あれ、わりと殺傷力あるし」

「草」

「いや、そっちで草出さなくていいし」 

「草刈、〇代」

「もう、いいって、元(はじめ)」


 と、二人が話していると、


「やれやれ、仲良くいちゃついてんじゃねぇぞ、お二人さん」

「――で? アンタたちの見解は? 何か、あんの? せっかく、“特調”から来てんだから」


 と、オッサン刑事たちが、不機嫌そうな顔でつっこんできた。

 内閣調査室の、内調のようなノリか? “特調”で、特別調査課の略だが。


「ああ、そっすねぇ……」


 碇賀が、煙草を吸いたそうにする仕草で、


「その、やっぱ、“屋根裏の散歩者的なヤツ”――に、なるんじゃないですかねい?」

「いや、屋根裏の散歩者いうても、天井裏とか、どうやってそんな狭いところに……? ハクビシンとか、ネズミくらいしか入れねぇだろ?」


 刑事が答える。

 確かに、その昔、ホテルの天井裏にひとが隠れていた事件とかもあったみたいだが、それでも、今回の件をふくめてどの屋根裏・天井裏も、人が忍びこんで何かをするには狭すぎるものだった。


「じゃあ? 怪人ヤモリ男とか、提案しましょうか?」


 とは、賽賀忍。


「そんな、ショッカーの怪人じゃねぇんだぞ」

「いや、そうなんすけど、結構“いる”んすよ。ウチらの扱う案件には」


 つっこむ刑事に、碇賀元が答える。

 実際、特別調査課というように、扱う内容は奇妙な事件を多くあつかう。

 その中には、陰謀論系あり、異能力者あり、たまに邪神が出てきたりもするもので、ゆえに怪人や怪物くらいはめずらしくもない。

 また、話は変わって、


「――ちなみに、碇賀さん、いま注目しているのは、ここ数件のガイシャたちなんですが……、皆、共通点があるんですよ」


 群麻が、まず話を切り出す。


「なんか、ある歯医者で、治療を受けてたみたいなんですよー」


 とは、相方の無仁屋(むにや)が続ける。


「はぁ、」


 相槌する碇賀に、群麻が、


「これは、我々の仮説なんですが……、ガイシャたちの銀歯や“詰めもの”、あるいはインプラントに、爆薬というか、精密小型爆弾が密(ひそ)かに入れられており、それを爆発させたのではないか、と――?」

「え? それが、アンタたちの仮説?」

「はい、」


 碇賀に、無二屋が答える。


「あー……、それって、貴方の想像ですよね? ――って言われそ」


 賽賀が、つっこまれるそうな仮説に、先(さき)んじて優しくつっこんでやる。

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