第20話 色。オレンジ。暖かい。

「ただまー」


 俺は家の玄関の扉を開け、気怠げな声を上げる。

 結局あの後、雛から「合格だって!」というラインを送られた。

 あそこまでこっぴどく怒られたのに、奏華総団長も優しいなあ。

 奏華の優しさに感動しながら靴を脱ぐと、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

 美味しそうだってことはキッチンだよな……。

 ふと、キッチンの方へと向かうとー。


「あ、廉兄さん。お帰りなさい!」


 何とも眩しい笑顔を放つ美波がコンロの前に立っていた。


「うん。ただいま。美味そうな匂いだなあ……。何作ってんだ?」

「あ、はい。オニオングラタンスープです」

「お、随分腕によりをかけたな」

「最近寒いですから」


 まあ、確かに。

 冬ではないにしろ、ここ最近は少し冷え始めて来ている。

 そういう気の利いたことが出来るなんて……っ!溢れ出る主婦感っ!


「あ、廉兄さん。まだご飯ができるまで時間が掛かるので、お風呂に入って来ても構いませんよ」

「いや、美波にばかりさせて、俺だけゆっくりするのは悪いし、手伝うよ」


 俺がそっと冷蔵庫の野菜室からキャベツを取り出すと、美波はふふっと慎ましく笑う。


「どうした?」

「いえ、何だか今の、新婚さんみたいな会話だなと……」

「……お前なあ」


 そういう勘違いしてしまいそうなことを安易に言わないでほしい。

 俺は雛がいるから勘違いしないで理性も保てるけど、もし俺以外の男が聞いたら……!

 うぅっ!恐ろしや恐ろしや。


「美波……、そういうことは俺以外にあまり言っちゃダメだからな」

「えっ……?」

「えっ……?」


 …………な、何?そんなに目を見開きながら俺を見ないでほしいんですが。


「えっと、廉兄さんには、言ってもいいん……ですか?」

「……」


 くっそ、可愛いな、チクショウ!

 顔を赤くしてモジモジしながら上目遣いしてくるから余計に可愛く見えるんだよ!

 そういうところがずるいんだよ、クソっ!


『廉、七瀬雛がいながらこの心の揺らぎは何なんですか』


 美波は妹枠だからセーフだ、セーフ。

 俺が自信満々にそう言うと、クラーは何やら考えこみ始めた。

 く、クラーさん?


『……私も妹的な存在になれたりは……』


 残念ながら、クラーは相棒枠なので妹にはなれないです。はい。

 それを聞いたクラーは頬をこれでもかというほどに膨らませるが、んなもん知ったこっちゃないね。


「えっと、まあ、俺には言ってもいいかな〜?なんて……」


 俺は美波を直視できずに尻すぼみな言葉で伝える。

 すると何と言うことでしょう。美波がめちゃくちゃ眩しい笑顔を俺に向けてくるではありませんか。

 うっ!眩しいっ!一種の目眩しかっ!卑怯な手を使いやがって!


『……私、ツッコミませんよ』


 ……………。


「とりあえず、ご飯食べようか」


♢♢♢♢♢♢


 翌日、美波を家に留守番をさせて俺は再びSSS本部に来ていた。

 なぜかというと、奏華に入団を認めてもらうのと、どこの隊に入るのか教えてもらうためだ。

 連日で公共取締組織の本部に入るって結構精神的にキツいんだよなあ。できれば来たくない。


『そんなこと言って、廉は悪いことさえしなければいいだけじゃないですか』

「ま、まあそうなんだけど」


 気分がなあ……。

 そんな感じでクラーと会話しながら廊下を歩いているとー。


「あっ」

「おっと」


 向こうから歩いて来ていた女の子とぶつかってしまった。

 俺は転ばなかったが、女の子は盛大に転んでしまった。

 俺はすぐさま転んでしまった少女に歩み寄る。


「ごめん、大丈夫?」


 俺は謝りながら少女の顔を窺う。

 日本にはとても珍しい銀色のショートヘアに、それに合わせているんじゃないかと思うほどに綺麗なブルーマリン色の瞳。とても色白で、小柄ではあるが、それゆえに魅力的な体。どこをとっても美少女そのものだった。

 そんな少女は、俺の方を向くなりポロポロと涙を流していた。

 え、なんで!?


「え、絵の具が……」


 少女はそう言って床の方に指を指す。

 そこには、少女がのし掛かって潰れ中身をぶちまけた絵の具が散乱していた。

 うわ、怒られるやつだ。


「ご、ごめん!すぐに戻すから!」


 俺はそう言ってぐちゃぐちゃな絵の具に手をかざす。

 以前の俺なら平謝りして掃除をするところだが、今の俺には便利で優秀な異能力があるんですよ。

 俺は絵の具の時間を巻き戻し、綺麗に整った状態へ戻した。

 俺は綺麗になった絵の具を拾って、少女へ手渡す。


「ごめんね。俺がきちんと前を向いていればこんなことにはならなかったのに……」

「ううん。私もごめん」

「……?別に君は悪いことしてないでしょ。今回悪いのは俺。オッケー?」

「うん。オッケー」


 少女はそう言って目に残っていた涙を拭き取った。

 うん。目頭はまだ赤いけど、やっぱり女の子は笑ってなんぼだね。


『つまり、わたしももっと笑えと』


 無理強いはしないけど、笑ってくれた方が俺は好ましいかな。


「あなた……」

「ん?」


 なんか女の子がぼんやりと何か言っているので、そっと耳を近づけてみる。


「あなた、暖かい色」

「へ?色……?」

「そう。オレンジみたいな心をポカポカにしてくれるような色。あなたから、感じる」


 少女は俺の瞳をじっと見つめる。

 そのマリンブルーの瞳から目を離せない。


「お兄さん……私と……」

『あーあー!聞こえるか神崎廉!』


 少女が何か言おうとした瞬間、耳を貫く様にその声がSSS本部全体に響く。

 ビックリしたあ!というか、この声、奏華?


『直ちに総団長室へ来い!来なかったら私から探してブチ殺す!以上!』


 いや、怖えよ。最後絶対いらんかっただろ。

 まあ、とりあえず行くしかないか。


「ごめん。呼ばれちゃったから行くよ」

「ん……」


 女の子はしょんぼりしながら俯く。

 うわあ、酷いことしちゃったかな。けど、奏華に来いって言われちゃったし。

 SSSに所属していればまた会えるでしょ。

 俺はそのままその場を後に走り去った。

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