第16話 白衣を纏う治療師

「うわあああん!良かったよおおおお!廉くううううん!」

「ちょ、雛パイセンったら……。ほとんど無傷だったんですから当たり前じゃ無いですか」

「は、はは……」


 クラーに名をつけた後、タイミングが良すぎると思うほどに丁度良く雛と紅羽が病室に来てくれていた。

 雛には邂逅一番に抱き付かれるわ。紅羽は呆れながらも雛を俺から剥がそうとしないわで、一気に病室が騒がしくなってしまった。

 おい、病院なんだから静かにしろ。あと抱きつくな。患者は丁重に扱え。


『廉、ここは治療所であっても病院ではありせんよ』


 うわ!びっくりした!

 突然、クラーの声が脳内に響く。

 なるほど、クラーは俺の思考を読み取れるから、その逆である、俺への脳内メッセージ送信が可能ってことか。


『そういうことです』


 ……何だろう。

 今、クラーのドヤ顔が頭に浮かんだんだが……。

 まあ、それはともかく、ここは病院じゃないってどういうことだ?


『はい。ここはSSS独自の治療室である、異能力対応集中治療室です』


 つまり、SSS専用の治療所ってことか。

 俺がそうまとめると、クラーは『はい。そういうことです』と淡々と肯定する。

 何とも丁寧な説明をどうもありがとう。

 あと、もう一つ気になってることがある。


「なあ、雛」

「ん?なんだい?」


 俺はいまだに抱きついている雛にある所を指差して言った。


「この人誰?」


 俺が指さしたのは、俺が横になっているベッドの隣で椅子に座りながら眠っている、小っちゃい少女だった。

 身長は目測で140センチあるか無いかぐらいで、長い赤色の髪をツインテールでまとめている。

 何と言うか、幼稚園児って感じの子だ。

 俺がその子について質問すると、雛は「ああ」と言って俺から離れて、その子の肩を揺さぶる。


「菊瀬室長。起きて。廉君が起きたよ?」

「んぅ……、あと5分だけ……」


 ……何この美少女同士のやり取り。尊いんですけど……。


『廉はロリコンっと……』


 おい、クラー。

 俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないから、アーカイブに記録しようとすんのやめてください。

 クラーの誤解を解こうとしたその時、少女がやっと起き上がり、重そうな瞼を開いた。


「うんぁ〜っ!よく寝た〜。あれ、患者君、起きたのかい?起きたなら起こして欲しかったな〜」


 彼女は黄土色の瞳を細め、欠伸をしながら体を伸ばす。

 なんというか、見た目と口調が合ってないというか……。


「廉先輩、騙されなで下さい。この人、余裕で1000年以上生きてますよ」

「はい?」


 紅羽の言葉に思わず少女を見る。

 いや、どう見ても幼稚園児にしか見えないんだが……。

 雛の方に視線を向けても、苦笑いをしているだけで否定はしてない。

 ま、マジか……。


「いやあ、そんなに褒められても何も出ないよ?」

「いや、菊瀬室長、褒めてないから」


 雛がちょっと呆れながらツッコミをいれる。

 雛がツッコミを入れるなんて珍しいなと思いつつも、俺は少女の方へ頭を下げた。


「菊瀬室長、俺は神崎廉です。俺を治療してくれてありがとうございました」

「ん?ああ、いーよいーよ。これが私の仕事だからね。あ、私の名前は菊瀬月詠きくせつくよみだよ。よろしくね〜」


 月詠はそう言うと椅子から立ち上がり、窓際に掛けられていた白衣を身に纏った。

 ぶかぶかではあるが、天使の羽のように見えてしまう。

 俺が思わず見惚れていると、雛が小突いてきた。痛いよ……。


「あ、そうそう、患者君……じゃなくて、廉太郎クン」

「れ、廉太郎……?まあ、はい、何ですか」

奏華そうかが君を呼んでたよ。目が覚めたら来るようにって」

「ソウカ……?」

「SSS総団長だよ」


 俺が首を傾げると、月詠が補足する。

 なるほど。今回の件が総団長にも伝わっているのなら、俺に対して何かしら言いたいことがあるのは仕方のないことだろう。

 紅羽が繋げるように続ける。


「団長は先輩の異能力やら何やら聞きたいみたいです。普通はこんなことしないのに、一体何をしたんですか」


 紅羽は大きくため息をついて、肩を竦めた。

 何をしたって、俺が聞きてえよ……。


『廉、恐らくは奏華は事の全てを聞きたいのでしょう』


 事の全て……?ああ、奴隷商事件のことか。

 まあ、確かに元締めを倒したのは俺。正しくはクラーが倒した。

 なら、俺から聞きたいことがあるのは当然か。

 俺はそっと頷くと、ベッドから起き上がり、月詠の方へ向き直る。


「月詠室長。その総団長のところへ案内してくれませんか?」

「いいけど、雛ちゃんや紅羽ちゃんに頼まないでいいの?」

「いつもこの二人に頼る訳にはいきませんから」

「私はいいんだ?」

「これを機に、親睦を深められますよ」

「ヤダ、ナンパされちゃった」


 わざとらしくキャーと声をあげて、両頬に手を当てる月詠に俺は苦笑する。

 ホントに1000年以上生きてんのか、この人……。

 ちょっと疑問に思いながらも、俺は雛たちに断ってから月詠と共にその場を後にした。


♢♢♢♢♢♢


 病室から出てしばらく、沢山の部屋があったが、月詠はとある部屋の前で足を止めた。


「ここだよ。総団長室」

「ここが……?」


 扉はずいぶん質素で、お偉い方の部屋の雰囲気は感じない。

 言ってしまえばボロい。

 それを察したのか、月詠は苦笑いしながら俺に言った。


「奏華はね、大雑把というか、適当な性格なんだ。いい奴なのは間違いないけどね」

「は、はあ……」


 適当って……。よく今までSSSは組織として成り立ってたな。

 月詠につられて俺も思わず苦笑を浮かべながら、総団長室の扉をノックする。

 すると中から「どうぞ」と、女性の声が聞こえてきた。

 俺はそのまま扉を開けようと手を伸ばし……。


『廉、予測演算により、扉を開けて0,4秒以内に左へ避けてください。』


 開けた瞬間、中から超圧縮された水の斬撃が飛んできた。

 クラーの警告に従い、開けてすぐさま左へ異能力『概念操作』を駆使して超高速移動する。

 その際、月詠にぶつかりそうになったが、異能力で自身の体をぶつかる瞬間だけ気体に変化させて、衝突を免れた。


「ほう、今のを避けるか……」


 ふと声のした方へと見やると、剣を片手にこちらを睨め付けている女性がいた。


「おい、奏華。また扉を壊して……。直すの高いんだぞ」

「うっ、私、悪くないし……」

「え、えーと……」

『ずいぶんなお出迎えですね……』


 これにはクラーも苦笑いするしかない。

 いきなり攻撃なんて、クラーの超演算が無かったら死んでたぞ。


「はあ、これだからバカは……。廉太郎、彼女がSSS総団長、花狛奏華はなこまそうかだ」

「よ、よろしくね〜」


 奏華は何ともバツの悪そうな表情で手を振った。

 それに対して俺たちはー。


「『よ、よろしくお願いします……?』」


 ちょっと頭がおかしくなっていた。

 いや、意味分からん。

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