演者はムリから

あまくさ

プロローグ

 彼氏と別れてしまった。

 二年、わずか二年、まさかこんなにも心に響くとは思いもしなかった。

 別に取り返しがつかなくなったわけではないが。ただ、運悪く他の子と逢瀬を重ねていたことが私にバレたから振った。それだけのことだ。

 いや、いい加減認めよう。浮気だ、浮気された。誰がなにを言おうともその事実を覆ることはもうできない。あまり認めたくはないけど、相手はこの学校にいる私より年下の後輩の子、しかも相当美人らしい。


 土下座までしても厳しい局面なのに、余裕そうで肝が据わっていた。わざと見せびらかしたなあいつは。むかつく、悲しみよりも怒りや恨みのほうが上回る。


 今までの楽しい日々は、すべてモノクロに見える。

 人生初めて死にたくなって、家に帰りたくもないし、晩御飯も抜きにしたくなる。

 自暴自棄というフレーズは、きっと今の自分にぴったりだろう。

 いわゆる重い女だと、今さら気づいたんだけど、もうどうでもよくて……


 ——いっそ目の前の車道に飛び出したら?

 男性陣の話を小耳に挟んだ。トラックに轢かれて死ねば転生できるという。チート能力とか、ハーレム作りとか。大勢が、くだらない妄想を楽しそうに語り合っていた。

 鼻で笑っていた。

 都合のいい設定だなぁと、ずっと裏で連中をバカにしている。

 だけど今は……

 痛いのが苦手なんだけど、もしその方法で現実から逃げられるなら、それでいい、と。なんて思う自分に気づいてしまうと、否応なく重いなと感じる。


「一回死んでみよっか。」


 校門をくぐると、弱音が知らず漏れた。なんだか予想以上にネガティブになっている。


 昔もらったマフラーを窓の外へ投げ捨て、教室を駆け出すなど、青臭くて乙女チックなことすらやった。話し合いを自ら打ち切って逃げようとした。実際逃げた。

 普段ならばそんな愚行は決してやらないのに、恋愛の類いになると、いつもこうやって失敗を重ねる。

 あてもなく俯いてひたすら走って、気が付いたらもう校舎の外であった。


 長く言い争ったせいで外はもうすっかり夜。

 さっきからライン通知音が鳴り続いている。開く気にはなれないし、対象の確認含めて全部無視することにした。

 うざい、どうせ慰めのメッセージばっかだ。あいつは今さら私とよりを戻したいはずがない。多分追いかけてこない時点でその説明はついた。

 どのみち、私たちはこれで終わり。

 いつもの悪い癖だ。そう思ったほうが気が楽だから、自分の感情に向き合おうともせず、むしろずっと回避している。

 

「しんどい、明日仮病で休もうかな。」


 家はこういうの結構うるさいから親にちゃんと説明せねばならねえし、喧嘩後の疲弊が取れるまでにもそれなりに時間が掛かる。無理だと分かっていても、一日くらい休ませてほしいと願う。

 

 信号が青に変わると共に、鳥の囀りが周囲に鳴らし始める。

 それを合図に、横断歩道へと足を踏み出す。

 まずコンビニに寄って、そこからアイスいっぱい買い込んで、物理的にでも頭を冷やそうと案じながら進める。


「あっ」


 咄嗟に、右方向からヘッドライトが流れ込んできた。眩しい。

 振り向かなくても、暗い夜の中で二筋の光は余計に際立って見える。その後ろにある膨大な車体は何か、もはや言うまでもない。

 トラックだ。この辺で滅多にない大型のトラックが全速力で車道を疾駆する。

 それどころか、なんと、赤信号無視してこちらへ真っ直ぐ突っ込んでいる。


 まさか……

 ブレーキが作動する音が凄まじい。クラクションが相まって、まるで獣の咆哮のように恐ろしい。

 威圧感に呑まれて、ただ茫然とロードの真ん中に立ち尽くしてしまった。


 このスピードでは、完全停止まで距離が圧倒的に不足していることは明らかだ。

 逃げないと。

 頭ではわかっているものの、足がぐずついているように、動こうでも、動けなかった。

 恐怖で両足がしびれたか。あるいは、無意識に命を捨てたがっていただけかもしれない。

 悲鳴を上げる間もなく体が宙に浮いた。一瞬、ベランダに干された服や布団が目に映る。

 この高さ、もしや二階まで飛んだのか。


 痛みが全身に走る。ただし、疼きを覚えたのも最初の一秒ぐらい。

 死が迫ってくるのをひしひしと感じた。


 『人生とは儚い夢である。』生老病死ということには常に闊達な思考を意識したほうがいいって、たしかとある仏教の偉いさんが言ってた言葉だ。

 違いはいつ死ぬだけだだ。人として最後には誰しも天国への道にたどりつく。

 そう、これでいい。あいつに未練なんて微塵もないし、後悔もない。

 っていうか何を考えているんだ?感慨にふける場合じゃないだろう?早く受け身を取らないと。


 パンと轟くような音に続き、体が何か固いものにぶつかる。

 大きなぶれに伴って視界がぼやけ、挙げ句の果てに全てが真っ黒に染まっていった。間に合わなかったというより、衝撃が強すぎてむしろ受け身を取る意味そのものが失った。


 走馬灯らしいものは出てこなかった。 私はただ暗闇に包まれている。

 当たり前だ。ゾンビやら超能力者でもないか弱い女子高生だもん。ぶつかって死ぬに決まってる。


 脈が止まって、肋骨も何本か折れたらしい。そもそも胸の中はめちゃくちゃで、心臓がまだ実在するかどうかも怪しい。衝突によって両肺が破れたようで、頭がくらくらして呼吸困難。

 ひどい怪我をしてるなぁ。

 命の灯火はもう消えようとしている。思ったよりも、ずっと早く。


 はっきりしてよかったとか、すっきりして満足だとか、そんな感情が沸いてくる。悔いは全くないとは断言しないが、せめて別れの言葉を切り出した。

 おかげでやっと苦痛から解放した。

 振り返れば、なかなかいい人生たびだった。

 ただ、今まで未経験処女側にいることはちょっと残念かな。一度くらいエッチしたかった。

 あとは、猫ちゃん飼いたい。できればマンチカンがいい。

 好きな連載小説まだ中盤だし、友達と国を出て色んなとこに遊び回ろうと約束だし、頑張って彼氏と同じ高校受かったのにバカみたい。

 そしてなにより……


 親にちゃんと礼を言うことだ。育ってくれた両親にありがとうって一言伝えたかった。

 それだけじゃない。やりたいことはたくさん残ってた。いや、残したんだ。


 ぽつりと涙がこぼれる。

 あぁ、結局後悔だらけじゃねえか。こんな簡単に死なきゃいいのに、くそ。

 ダメだ、意識がどんどん沈む、死にかけている。


 神様、お願いはたった一つ。どうか、私を異世界に転生させてください。そして、あのクズ男を忘れるほど素敵な方に出会わせてほしい!

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