サンドウィッチの砂の魔女

竜田くれは

サンドウィッチの砂の魔女

「ない、どこにもないっ」

 小麦色の髪を振り乱しながら少女は嘆く。

「どうしたんですか〜?砂土さんど先輩」

「サンドウィッチがどこにも売ってないのよ」

 朝から付近の店を回るも何処もサンドウィッチが売り切れであることを話す砂土さんど

「そんなことある訳ないじゃないですか〜」

 やれやれと首とツインテールを横に振るのは彼女の後輩である。

「少し遠くのコンビニに行ってみます?」

 サンドウィッチを求め2人でコンビニに向かったのだが……


 大抵のコンビニエンスストアにおいてサンドウィッチはおにぎりコーナーの隣に陳列されている。そのはずであるが、あるべき場所にサンドウィッチが見当たらない。店内を隈なく探しても見つからず、店員に尋ねると売り切れだと言われた。

 付近の緑のコンビニや青のコンビニ、毎日なコンビニを訪ねたが何処も売り切れだった。

「さすがにコンビニは甘えでしたか」

「スーパーとかならあるかしら」


 サンドウィッチ専門店、スーパーマーケット、喫茶店チェーンいずれも売り切れであった。何処もメニューのサンドウィッチの欄には「SOLDOUT」の文字と横線が引かれていた。

「……………………」

「つ、次行きましょ、次!」


 牛丼チェーン、回転寿司、焼き肉店、カレー専門店に至るまであらゆる飲食店を調べたが、結局2人はサンドウィッチを手に入れることはできなかった。歩き疲れた2人はショッピングモールのフードコートで休憩することにした。もちろん此処にもサンドウィッチは無い。


「何でどこも売り切れなんでしょ〜」

 うどんをすすりながら後輩は言う。

「ここまで歩いて何処にも売ってないのとはね」

 クレープとフライドチキンという不思議な組み合わせを食べながら思案する砂土さんど。フードコートに来るまで5時間ほど歩いたが、一軒もサンドウィッチが売り切れでないことが無かった。

 

 サンドウィッチ法が施行されて10年、現代日本においてサンドウィッチを取り扱っていない飲食店は存在しない。そのため、どの店でもサンドウィッチが売り切れているというのはまさに異常だった。疲れ果てた後輩は恨めしげに問うた。


「先輩はなんでサンドウィッチを探してるんですか?そんなに食べたい気分なんですか?食べなきゃ死ぬんですか?」

「食べないと死ぬからよ」

「え?」


 砂土と後輩は魔法少女である。

 魔法少女として魔法を行使するためには世界の意思と契約し、”対価“を支払わなければならない。内容はそれぞれ異なるが、後輩の場合雷属性を得て対価は「静電気によって生じる痛みの倍加」である。そして砂土さんどの場合は……


「私の対価は『1日1回自分以外が作ったサンドウィッチを食べないと死ぬ』よ」

 それに加えて食べていない時間分魔法出力の低下のデメリットも存在する。

「重くないです?」

「条件としては軽い気がするわよ?」

「直接死に関わる対価は重いですって」

 

 支払う対価によって行使できる魔法の性能は変わる。自身の死まで含む契約はトップクラスに重い対価であり、それに応じた高出力の魔法を行使できる。

 だが、そのような契約を交わす者は少なく、最近の魔法少女の多くは後輩と同じような軽い対価で契約している。

「今日はまだ食べれて無いんですよね?かなりヤバく無いです?」

「余命約30分ね」

「はあ!?こんなところで休んでる場合じゃないですよ!」


 狼狽えてテーブルを揺らし、うどんをこぼしてしまう後輩。しかし、砂土は移動中に冷静さを取り戻していた。なぜなら……

「こんな時の為に常備してるもの」

 彼女がポケットから取り出したのは食パンだった。非常食として常に持ち歩いていて、具さえ用意出来ればサンドウィッチを摂取することができる。具はフライドチキンを買ってある。


「じゃあなんでここまで歩いたんですか……」

 呆れ顔で後輩が尋ねると、

「サンドウィッチの売り切れは明らかに私への攻撃よ。そしてそれをする存在がどこかに……」

 彼女が言い切る前に、フードコートが爆発した。


 卓も椅子も吹き飛び随分とすっきりしてしまったフードコートではパニックになった人々が逃げ惑っていた。展開した障壁で防ぎ無事だった2人の前に現れたのは、山羊の頭をした4本腕6本脚の異形。

「魔族……!」

 人類の、魔法少女の敵魔族だった。


 人類の滅亡を目論む魔族、それに立ち向かい人類の為に戦う魔法少女。魔族が出現してからの11年間、両者は幾度も激戦を繰り広げていた。

 その中でも魔族四天王と魔法少女三星マジカルトライスターは突出した戦力を持ち、片方が戦場に出れば一方的に勝つことが決まっていた。

 三星トライスターの一角を務める「砂の魔女サンドウィッチ」砂土一華は特に有名であり、その強さと弱点はよく知られている。新人魔法少女の後輩は知らなかったが。サンドウィッチを食べないと死ぬ、という弱点は。

 

 砂土を倒すために魔族は、砂土のいる某県一帯のサンドウィッチを全て買占めた。こすいやり口ではあるが、魔法少女最強はまともに相手できないのである。


「我こそは魔族四天王の配下、パン・コメコである!」

 魔族の迫力に怖気付く後輩。戦闘経験の浅い自分にはとても相手にできる存在ではない。そう思って砂土に視線を向けると、

(ごめん、今ので食パン無くなっちゃった)

(嘘でしょ!?)

 食パンを触媒として障壁バリアを展開したため、此処で直ぐにはサンドウィッチを補給することが不可能となってしまった砂土。

(パンを見つけたら直ぐに戻るから時間稼いで!)

(無茶言わないで下さい〜〜!?)


「死ね、『砂の魔女』!」

広範囲の爆破を繰り出そうとした魔族に対して後輩は、

「戦闘区域確定っ、領域顕現オンステージっ!」

 魔法少女の持つ権能によって戦闘用の隔離空間を展開しフードコートをこれ以上の破壊から守る。その隙に砂土は食料品売り場へ走り出す。そして後輩は、

魔法転身ショーアップ!」

 

 極光を纏い、衣装を換装チェンジ。白色を基本ベースに魔法陣を描いた銀の刺繍。短いスカートとフリルをふりふりと揺らし、頭には雷のマークが付いた金色のリボン。魔法少女の戦闘形態である。

「早く帰って来て下さい〜!」

 後輩は涙目になりながら砂土の背中を見送る。

 

 逃げ惑う人々がごった返す中、彼等を避けながら急ぐ砂土さんど。刻一刻と迫る自身と後輩の命のリミット。おそらく数分ほどの差で後輩の方が早いだろう。階段を5段飛ばしで駆け降り、放置されたカートに足を取られながらもなんとか辿り着いたのだが、

「やられた……」

 無かった、パンが。


 食料品売り場にたどり着いた砂土が見たのは、空になったパンコーナーだった。食パン、菓子パンを始めあらゆるパンが存在しない。

 非常事態ということでバックヤードに突入するもそこは既に荒らされており、食べ物が散乱していた。その隅に、

「あった……」


 おそらく消費期限切れであろう市販のサンドウィッチがあった。封が少し空いていることにも気付かず、急いで口に咥えてフードコートに向かって走り出す。

 転ばないように慎重に、されど最高速度で。角から人が出てくることは予測済みであり、ステップして回避する。サンドウィッチを咥えた少女とのロマンスが始まることは無い。行きに通った階段を一足に駆けたところでサンドウィッチを食べ切る。フードコートまで後10メートル。

 

 そこで、彼女は倒れた。


 

 戦闘開始からおよそ10分。

 隔離空間も消え、限界を迎え変身解除一歩手前の後輩と無傷の魔族が見たのは、フードコートの手前でうつぶせに倒れる砂土の姿だった。

「そんな……、間に合わなかった?」

 膝をついた後輩は嘆く。

「どうやら、うまくいったようだな」

 

 パンが無かったのは勿論魔族の仕業である。更に、魔族は砂土が見つけたサンドウィッチの中に毒を仕込んでいた。サンドウィッチというものは二つのパンで挟むという特性上、中の具材を見られにくい。普段の砂土なら看破しただろうが、余裕が無く中身まで確認できなかった。そのため、モロに毒を受けてしまったのである。


「ふはははは!遂に仕留めたぞ!」

 そう勝ち誇りながら集めたサンドウィッチを見せびらかす魔族。取り出す際いくつか足元に落としてしまったが砂土の方にはない。

 満身創痍の後輩、砂土。

 勝負は決まった。


「…………ん?」

 見間違いではないかともう一度確認する魔族。

 満身創痍の後輩、そしてでサンドウィッチを頬張る砂土。

 勝負は決まっていなかった。そして、これから一瞬で終わる。


領域顕現オンステージ魔法転身ショーアップ

 衣装を換装チェンジ。月の無い夜を思わせるような漆黒のドレス。魔法少女というより悪の幹部のような衣装。これが砂土の、「砂の魔女サンドウィッチ」の戦闘形態である。


 目にも留まらぬ速さで魔族の懐に入り、手のひらで触れる。なにが起こったか分からないまま魔族は砂粒と化した。触れた対象を砂に変える。自死の対価に相応しい最強の力である。こうして、魔族の企みは潰えた。


「……そういえばなんで毒を受けて平気なんですか?」

「毒入りとは言えサンドウィッチはサンドウィッチだからよ。サンドウィッチパワーに比べて毒なんて余りにも弱すぎるわ」

 

 サンドウィッチの前に全ては無力であった。

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サンドウィッチの砂の魔女 竜田くれは @udyncy26

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