占いを攻略しようとしたら占い師に攻略された件
シゲノゴローZZ
第1話 人生の岐路は知らぬ間に
占いに頼るのは最後の手段だと言わざるをえない。
占いなど科学に明るくない者でも、非科学的な代物だとわかる程度のもの。所詮はまやかしにすぎない。
風水のように、環境学や統計学に基づいていれば話は変わるかもしれないが……。
用いる学問で言えば、心理学や言語学あたりだろうか? なんにせよ、まやかしの域で出ない。
「ここだよな? 寂れてんなぁ」
そんな非科学的な代物、最終手段に打って出る男がいた。
姓は
モブキャラのような風貌だが、この物語の主人公兼被害者という、あまりにも重たすぎる大役を担っている。
「結構広いんだな」
独り言をつぶやきながら、公園の奥まで進む。
休日だというのに、暇を持て余した老人や子供が一人もいない。周辺の施設も特筆するような物は一切ない。
本来であれば、この公園に一度も足を運ぶことがないまま生涯を終えていただろう。
そんな辺鄙な場所に、電車賃を払ってまで足を運んだのには理由がある。
この公園に、絶対に当たる占い師がいるという、怪しい噂がSNSで流れているのだ。
可及的速やかに解決しなければならない悩みがあるわけでもないが、自宅から一時間もかからない場所に有名人がいると聞けば、足を運びたくなるのが人のサガ。
悪く言えば俗物、良く言えば好奇心旺盛。どこまでいってもモブな男だ。勝手な物言いかもしれないが、面白みに欠ける。他人事だからこそ言えることだが、第三者を楽しませるような悩みの一つぐらい抱えていてほしい。
(おっ、あれか?)
錆び付いた遊具を横目に歩くこと数分。本来であれば、この場所に備わっていないであろう建築物を発見する。
質素な机を挟んで質素な椅子が二つ。片方の椅子には女性が一人座っているが、おそらくこの備品を持ち込んだ張本人だろう。
質素な看板には、『営業中』の三文字が手書きっぽい字で書かれている。裏側はおそらく『離席中』だろうか? せめて業種と料金ぐらい記載してほしいものだ。
SNSで得た事前情報と、机の上に置いてある水晶玉らしきものがなければ、声をかける勇気が出なかっただろう。
「えっと、占い師……さんでしょうか?」
文化祭の出し物にも劣るお粗末さに、一抹の不安を感じながら声をかける。
もしこれで占い師じゃなかったら、それはそれで面白い。占い師以外で水晶玉を用いる職業があるなら、是非お話をお伺いしたいところだ。
「SNSで評判の占い師さん……ですよね?」
返事がないので、冷やかしじゃないことをアピールしながら、再度確認を取る。
占い師と思わしき女性は、糸井の存在に今気づいたかのように、無表情を保ったままゆっくりと糸井の顔を見る。
(本当に占い師か? こいつ……)
無言なのもそうだが、風体が怪しい。いや、至って普通の服装なのだが、それが逆に怪しいのだ。どこからどう見てもただの地味な女子大生であり、占い師感がまるでない。
占い師っぽい服装がどういうものを指すのか、いまいち定義が難しいところだが、少なくともこの女性の服装は違う。一般的な占い師像からかけ離れている。
「占ってほしいなら座って」
見た目通り素っ気ない態度を取る女性。
お世辞にも接客態度が良いとは言えないが、人違いじゃなかったことに安堵しながら着席する。
彼女の安っぽい服装や店のお粗末さもさることながら、椅子の座り心地の悪さが不安を煽る。噂のわりには全然儲かっていないのではないかと。
(やっぱりか……)
間近で占い師のご尊顔を見て、糸井は確信する。この占い師は、偽物だと。
いや、SNSで噂になっている人物という意味では本物なのだが、絶対に当たる占いというのは、ガセだと確信した。
この公園は都市開発における設置義務を満たすために仕方なく設けられた物。格好良く言えば、都市公園法によって生まれたトマソンだ。
立地条件最悪の公園で店らしき物を構える占い師が有名になるとすれば、よほど個性が強いか、よほど面白いか、あるいは、よほどの美人か。そのいずれかだと考えるのが自然だろう。
これらに当てはまらない場合は、占いの精度が高いと見ていいかもしれないが、この占い師は三つ目のよほどの美人に該当する。
傾国美女とまではいかずとも、一般人よりは遥かに美しい。
化粧は必要最低限。服はおそらく安さ重視の地味な物、アクセサリーの一つも身に着けていない。髪を染めたり、カラコンを入れたりもしていない。整形をしていないのであれば、完全にナチュラルな姿だろう。
写真加工アプリで盛った自分に酔いしれている世の女性が見れば、たちまち自信を失うだろう。この女性は写真加工どころか、ファッションや化粧という一般的な身だしなみにさえ頼る必要がないのだから。高度に発展した技術に頼っても、生まれ持った能力に勝てないというのは、さぞ悔しいだろう。
「何? じろじろ人の顔を見て」
「えっと……綺麗だなって思いまして……」
ジト目に耐え切れず、つい本音を漏らす糸井。今のご時世、容姿を褒めるのはセクハラに当たるので失言以外の何物でもないが、時すでに遅し。
「適当言わないで。こんな地味でツリ目な女が綺麗なわけない」
顔を逸らす占い師。効果音をつけるなら『プイッ』といったところだろうか。
謙遜する性格には見えないが、これぐらいで照れるような生娘にも見えない。怒らせたかもしれないという不安に駆られた糸井は、必死に取り繕う。
「ツリ目だからこそ美人なのかなって……はい」
「目つきが悪いって女子にイジメられてきた。だから貴方は嘘をついてる」
チヤホヤされてきたものだとばかり思っていたが、現実は違うらしい。
セクハラを咎められないことで図に乗ったのか、糸井は食い下がる。
「それはただの嫉妬ですよ。綺麗な女優さんとかアイドルはアンチが多いでしょう? 美人は同性に妬まれるんですよ」
「私は別に嫉妬しないけど?」
「それは貴女が嫉妬される側だからですよ。イケメンがイケメンを妬んだりしません」
なぜここまで必死なのだろうかと思いながらも、糸井は後に引けなくなっている。
はたから見れば、悪質なナンパ師に見えるのではないだろうか。
そんな懸念もあるが、ここで引くと嘘つきで終わってしまうという懸念の方が強いらしい。
「俺が嘘をついているかどうか占ってみてくださいよ」
「占いってそういうものじゃないから」
正論で冷たく返される。
目を合わせてくれないことに不安を覚えつつも、糸井は食い下がり続ける。
「俺を嘘つき呼ばわりするなら、証明の方法を教えて下さい。やってみせますから」
何が糸井を突き動かすのだろうか。
それは本人にさえわからないが、覚悟は伝わったらしい。
「……わかった」
そう呟くと、水晶玉に右手をかざす。証明の話はどこにいったのだろうか。
占いが始まりそうな雰囲気を感じて、糸井は慌てて口を挟む。
「待ってください、料金はおいくらで?」
「任せる」
「え……」
おひねりシステムとでも命名すべきだろうか。いや、投げ銭と言った方が時代に適しているだろうか。
相場を知らない糸井としては、迷惑な料金体系である。
「あの、こういうのは事前に決めといた方が……」
「じゃあ払わなくていいよ」
卑しい心があれば最高の言質だが、平凡な糸井は、よりいっそう警戒する。
わざわざ足を運んでおいてなんだが、糸井にとって占い師という生き物は、詐欺師以外の何物でもない。
誰にでも当てはまることを言ったり、なんとでも解釈できる言葉を授けて、後からこじつける。心理学や人生経験、言語学を用いた詐欺にほかならない。
つまり、ここで料金を取らないというのは、後で大金をふんだくるための布石と見ていいだろう。イメージとしては、小さなギャンブルで相手に勝たせて、ギャンブル中毒になった頃合いを見計らって大きいギャンブルに引きずり込んで搾り取る、といったところだろうか。
「でも、必ず当たる占いなんですよね?」
噂など信じていないが、無料のからくりを解くために質問する。
必中する占いなどという都合の良いものが、なぜ無料なのか。納得いく説明ができるかどうかで、信憑性が変わってくる。
「うん、必ず当たる。どんな結果だろうと」
うやむやな言葉でかわされると予想していたので、糸井は意表を突かれた。
無理もないだろう。本来であれば、ありえないことなのだから。
下手に断言して言質を取らせるなど、一流の詐欺師にあるまじき行為だ。ということは本物の占い師か、あるいは後先考えない三流の詐欺師なのか。
ますます疑心暗鬼になるも、ここで引くという選択肢はない。
「じゃあ、死ぬって出たら死ぬんですか?」
後者だと決め打ちする。
小学生のような返しだが、ボロを出させるためには効果的な手段だ。
咄嗟に出た嘘というのは、即座に追及されれば容易く崩れる。
一度口にした以上、開き直って言い張り続ければいい。むしろ、そうするしかない。そう頭では分かっていても、実際は上手くいかないものだ。
なけなしの罪悪感が邪魔をするのか、追及されたことで自信を失うのか。理由は人それぞれだろうが、いずれにせよ普通の人間は躊躇いを見せるはずだ。
「前例は無いけど死ぬ、出た以上は絶対に死ぬ、必ず死ぬ」
罪悪感の欠片さえ持ち合わせていないのか、歴戦の猛者なのか。いずれにしても、ただ者ではないことは確かだ。
理知的という言葉さえ知らぬヒステリックな女性なら、筋の通らぬ主張を頑なに押し通せるだろう。だが、彼女がヒステリー持ちとは、とてもじゃないが思えない。
人を見た目で判断するべきではないが、不思議なことに人間性というのは、容姿や雰囲気に反映される傾向がある。
(なぜだ? なぜ、ここまで言い切ることができる?)
相手に言質を取らせず、相手の言質を取る。
一般人が生きる上でも重要なテクニックだが、詐欺師ならばなおさらだ。
糸井の直感が逃げろと囁くが、糸井がその選択肢を取ることはない。糸井の数少ない特徴の一つとして、ロジカル思考というのがあるからだ。
サイコロを振って十回連続で一の目が出ても、十一回目の結果には影響しない。コイントスもルーレットも同様。そして、それは確率論以外でも同じことが言える。
占い師のただならぬ雰囲気に気圧されるなど馬鹿馬鹿しい。心理的に飲まれた方の負けなのだ。そう自分に言い聞かせ、立ち去りたいという気持ちを押し殺す。
(変な汗が出てるけど落ち着け、ただ女性慣れしてないだけだ)
仕方のないことだが、糸井は知らなかった。自分が今、人生の岐路にいることを。
そして、糸井が思っている以上に、糸井の直感が優れていることも知らなかった。
どちらか片方でも知っていれば、人生が狂うこともなかっただろう。
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