第7話【大和一の正体】

 早朝五時。月曜の朝は憂鬱だ。


 雨が降っていたので、今日のランニングはなし。

 そんな日はすぐにシャワーを浴びて、朝食を食べる。

 

 時間が有り余っているので、今日はいつもより三十分早く出勤した。



 六時十分。

 いつもなら家を出る時間だが、今日はもう電車に乗っている。


 日課になりつつある、Twitterとメールのチェック。

 通知の表示上限を超えた証の「20+」にも、もう慣れてきた。


柳祢子やなぎねこ:「おはようにゃ」


 何気なく発信すると、『おはよう!』『珍しいね』などの返信がすぐに通知される。

 いつも見るアカウントに加えて、最近フォローされたアカウントからも返信が届いた。


 柳祢子をフォローしているアカウントの数は、1500人ほど。一週間前までは、その約二分の一もなかった。

 知名度が上がって嬉しい反面、「辞めたい」という気持ちがあることに申し訳なさを感じる。


 そんなことを考えていると、電車が学校の最寄り駅に到着した。

 今日は朝から、ある人に確認しなければならないことがある。


 ……面倒だけど、頑張らなきゃ。



 六時三十五分。

 職員室では既に、数人の先生が席について仕事を始めている。

 そこには、目当ての先生の顔もあった。


 私は先生方に挨拶をしながら、まっすぐに自分の席を目指す。


「袴田先生、ちょっとお話が」

 正確には、その横。

 袴田蓮司はかまだれんじ先生の席だ。


「……丁度良かったです。ここじゃ話せないので、場所を変えましょう」

 急に声を掛けたにもかかわらず、袴田先生は一切の動揺を見せずに、そう返した。



「ほんっっっっっとうにすみません!!」

 階段下。使わない机等が置いてある場所で、袴田先生は腰を90度に折っている。


 ここを使うのは生徒だけだって? 教師も使うに決まってるでしょ。


「いつから知ってたんですか。私が……柳祢子だってこと」

 私は前で腕を組み、袴田先生を見下ろしている。

「……少し前の昼休みに、兎本先生が切り抜き動画を見てた時です」


 まあ、そうだろうとは思っていた。


 声も似ているし、あの日私と話して確信したんだろう。

 コラボのお誘いもあの後だったし、彼が事務所に確認する時間は十分にある。


「じゃあ、知っててコラボに誘ったってことですよね」

「……はい」

 袴田先生は腰を折ったまま、申し訳なさそうな声を発する。

「はぁ……もういいです。頭を上げてください」

 自分で問い詰めているのに、先生が少し可哀想に思えてきた。

 同時に、面倒だと感じる。


 決めた。

 柳祢子やなぎねこ大和一やまとはじめとしては、縁を切ろう。それが手っ取り早いな。


「でも……」

 頭を上げる袴田先生。眉尻が下がって、困惑した表情を浮かべていた。

「今後柳祢子とのコラボはしないことと、大和一のリスナーセカンドに聞かれても言わないこと。それを呑んでくださるなら、不問にします」


「せ、せめてお詫びの食事でも……」

 袴田先生は、なおも食い下がってくる。

「仕事と配信で忙しいので」

 私は踵を返し、廊下に出た。


「せんせー、おはよー! こんなところでどうしたの?」

 廊下に出てすぐに、歩いていた生徒に声を掛けられる。

 黒い髪の、背が低い女の子。私が階段下から出てきたことに驚いたようで、キョトンとしていた。


「おはよう。授業で必要なものを探してたの」

「先生も朝から大変だね。じゃ、また体育で会おうねー!」

 そう言うと、女子生徒は廊下を走り去っていく。

「あ、廊下は歩きなさーい!」

 角を曲がりながら、女子生徒は「はーい!」と元気な声を返してくれた。


 そろそろ職員室に戻ろう……。


 私は、女子生徒の向かった方向と逆側に向けて歩き出した。



―――

柳祢子やなぎねこ

現時点での登録者数:4025人


大和一やまとはじめ

現時点での登録者数:52万人

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