第14話 秘密

 ジュリエットとマッドの会話に割って入ったイカルは、近くにいた女店員を手招くと、先ほどまでの子供っぽい顔をがらりと変えた。


「店員さん、このパレッタ二つお願いね。それから、一つはあそこのワンピースと一緒にラッピングして、バースディプレゼント用にして」


 イカルはポシェットからプリペイドカードを取り出し、慣れた仕草で店員に手渡す。

 ジュリエットは、そんなイカルの態度に驚きを隠せなかった。

  

 この子は、あんなカードをどこから手に入れたの?イカルは両親の殺人事件に巻き込まれて、アダムが自殺工作までして、私のアパートに連れてきた子ども。今は家の財産も政府に没収されて、一文無しのはずなのに。


 イカルは淡々とした声で店員に言う。


「あと、『ハッピーバースディ! ジュリエット』と書いたメッセージカードも入れて。支払いは一括で」


 そんな子どもをマッドは怒りに震える目で見つめた。


 このガキは何様のつもりだ? 人を見下した口のきき方をしやがって。

 金持ちのわがまま娘か? いや、こいつはやはり……。


 イカルは銀色の髪と深い青の瞳を持つ美少女だったが、今の彼女の目は冷徹で傲慢で、ずっと年上の大人の女のように思えた。そして、マッドに対して敵意を隠そうともしなかった。


 ジュリエットは困惑した。ジュリエットは無邪気に自分に懐いてくれるイカルが好きだった。でも、イカルには、何を思って、何を感じているのか、分からない時がある。この子はいつも本心を隠してる。


 ジュリエットは、不審げに顔をゆがめているマッドと一瞬、目を交わす。だが、すぐにその目をそらした。


 しばらくして、店員が商品をラッピングして持ってきた。その包みにかかった赤いリボンを見て、イカルは満足そうに笑い、それをジュリエットに手渡した。


「さあ、ジュリエット。帰ろうよ。アパートに着いたら、このワンピースを着てみてね。きっと、すごく似合うと思うよ」


そう言って、イカルはジュリエットの手を引いて店を出た。出る前にマッドに振り向き、舌を出す。その顔はいつもの子どもの顔に戻っていた。


「そうだった。ジュリア、お誕生日おめでとう!」


 ジュリエットは複雑な気持ちを抱えながら、嬉しそうに笑うイカルの手を握り返すのだった。


* *


 ルナステート88の中庭を逆ピラミッド型に彫り込んで造られた巨大地下街。


 その最下層に隣接した重犯罪拘置所の『VIPルーム』には、地下10階にも関わらず、夏の光が降り注いでいた。 終身刑囚のリア・バリモアは、レースカーテン越しに光を受けながら、優雅に高級ランチを楽しんでいた。ルナシティでは、囚人であっても資金さえあれば、どんな贅沢も可能なようだった。


「アダム、お味はどう?下弦の月デルニユ・カルチエのランチは何か月も予約が取れない人気メニューなんだけど、あなたのために特別に取り寄せたのよ」


 リアはそういって微笑むと、自分を終身刑に追い込んだ若い刑事に魅惑的な視線を送った。


「いい加減にしろよ。俺が聞きたいのは、店のメニューのことじゃなくて、あんたがわざわざここに俺を呼び出した理由だ!」

「そう焦らないでよ。順を追ってお話しましょう。まずは、あなたの経歴のこととか」

「俺の経歴? まさか、スラム街出身の刑事に逮捕されたことに、まだ恨みを持ってるわけ?」

「ふふふ、あんなに巧妙な罠を仕掛けてきた新人刑事に興味が湧いたのは確かね。それは別として……聞きなさいよ。私が調べた"あなた"のプロフィールを」


 リア・バリモアは食後酒のアイスワインを飲み干すと、上機嫌で彼の経歴を語りだした。


「あなたのフルネームは『アダム・M・フィールズ』。生まれはスラム街の南、最も貧困率の高い海岸地域ナイトフォール。母の名はマリア。父の記録は名前も所在も不明。アダムは6歳の時に母から虐待を受けて児童養護施設に入所した。ミドルネームのMは母マリアから取ったイニシャル。不明のままのファーストネームは、施設長が養護施設の名をそのまま、付けた。その母は二年前に他界。死因は慢性化した薬物中毒と売春による……」


その時、アダムが声を荒らげた。


「止めろ! 人のことを根掘り葉掘り調べやがって。悪趣味すぎて聞いちゃいられない。それに、重犯罪拘置所にいる殺人犯に、マリアのことをとやかく言われる筋合いなんてない!」


 リアは憤る若手刑事の表情に、ご満悦な笑みを浮かべた。


「まぁまぁ、話が面白くなるのはこれからよ。だから、ちゃんと続きを聞いて。18歳の時に、稀にみる優秀さを買われたあなたは、エリート集団のルナシティ警察への入所試験を受ける機会を与えられた。そして、見事合格。……で、スラム街出身の異例の新人刑事が誕生した……ってわけ」


「下らねえ。そんな話は今じゃ面白くも何ともない」


「あら、そうかしら? 私が言いたいのは、大学も高校も卒業していないあなたのパトロンになって、エリート集団への受験への道を開いたのは誰かってことよ。あなたは知らないでしょ?」


「……」


アダムは一瞬、言葉を失ってしまった。確かに自分のような経歴の者がルナシティ警察の入所試験を受けることは超法規措置の特別待遇だった。ただの篤志家が簡単にできることではない。当時は与えられた課題をこなして受験に備えることに夢中で、そんなことにまで気が回らなかったが……。


「……で、リア・バリモア。あんたはそれが誰かを知ってるというのか」


「知ってるわ」


 だってねと歪んだ微笑を浮かべながら、地下10階のVIPルームの主は、彼女の招待者に向けて言った。


「それはルナシティ警察の中央本部。あの60階建ての摩天楼の最上階に部屋を持つ女、ベラ・バリモア」


「中央本部の最上階だって!? それにバリモアってまさか?」


 アダムは驚きを隠せなかった。その様子がリアの気持ちをまた高ぶらせた。


「本当に勘が良い人ね。そう教えてあげるわ。アダム・M・フィールズの後継人になり、あなたをルナシティ警察に引き入れた人物。その名は……」


― ベラ・バリモア。泣く子も黙るルナシティ警察、警視総監。 そして私、リア・バリモアの実の姉よ ―

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