第2話 優しく歌って

「なあに、ドライバーのお兄さん、今、そんな歌、流行ってたっけ? ずいぶん、意味深! 」


 ジュリエットと名乗った少女が、City Cabの後部座席から身を乗り出し、運転手に問いかけた。結いあげたミルキーゴールドの髪。どぎつい赤のルージュの唇の横で耳の下に長く垂らしたイヤリングが、しゃらしゃらと派手な音をたてた。


「意味深か。そりゃそうさ、これは、今、ちまたで騒がれてる事件のを想って俺が作った歌なんだから」


 運転手はまた歌い出す。得意げな声音だった。



 My song is soft

(私の歌がやわらかに)


The singing voice

(その歌声を)


Replace it with gentle words

(優しい言葉にすり替えて)


Steal her life

(彼女の命を奪ってゆく)


Inviting to a friendly retreat

(優しい隠れ家に誘いながら)



「きゃはは、その歌詞、ぞくぞくする。そんなに優しい犯人なら、いっそ、優しく殺して~」


 おどけて、自分の手を首にあてがって、咽喉を絞められたフリをする少女。


「女刑事さんもどお? 私に優しく殺されて~」


 ふざけて、自分の咽喉にも手をまわしてきた少女ジュリエット

派手な成りに似合わない、つぶらな緑青色マカライトグリーンの瞳。吸い込まれそうな視線にリアは、一瞬、戸惑ったが、少女の手を払いのけ、声を荒らげた。


「いい加減にしなさい。不謹慎な! 被害者の遺族の気持ちを少しは考えなさい。命ってものをどう考えてるのよ!」


 すると、運転手が

 

「ぷうっ、ふふふ。被害者の家族の気持ち? 俺にはそれは分かんないな。でもさ……首を絞められて殺された被害者の気分になら、少しはなれるよ」


「……どういうこと?」


「俺、実の母親にさ……”首、絞められたことあるから” 。



 その一瞬に、凍りつくような冷気が運転席から流れてきた。女刑事のリアはごくんと唾を飲み込む。運転手の声音に怖さを感じたのか、ジュリエットがリアの手を握りしめてきた。


 この男は……まさか


 笑っている。

 運転手の背中が小刻みに揺れている。たまりかねて、ジュリエットが素っ頓狂な声をあげた。


「あららぁ、それは気の毒っ。でも、あんた、良かったじゃん。死ななくてさっ」

「よくないよ」

「どーしてよ」


「夜、眠れないんだ。あの時の母親の優しい声と、俺の首を絞めた時の悪魔みたいな顔のギャップが、キツすぎて、今も頭から離れない。毎夜、毎夜、俺はそれを夢に見る」


 運転手は肩をすくめると、ハンドルを左にきって薄暗い通りに入っていった。ネオンライトに彩られていた大通りとはうって変わって、暗く、さび付いた色の街並み。City Cabは、スラム街の入り口近くのデイブレイク駅に近づいているようだった。

 ところが、運転手はCity Cabを駅とは別の方向に走らせたのだ。


「ちょっと、どういうつもり! 私はデイブレイク駅で降りるって言ったのよ」


 運転手は切れ長の目をさらに細めて言った。



「悪いな、女刑事さん、俺、用事を思い出しちまった。だから……ちょっとだけ、寄り道させてくれよ。ほんの少しで済むからさ」



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