第6話 お姫様気分よ!

 彩良は王宮に着くとジェニールの部屋のような王族専用の豪華な部屋に通され、くつろぐ間もなくメイドたちに囲まれた。


 寄ってたかって髪をとかされ、化粧を施され、ドレスに着替えさせられる。


 それもこれも、これから国王との謁見があるからという理由だった。


 ロングドレスは西洋風で、ひらひらのフリルやレースがいっぱいあしらわれたもの。白ということもあり、ウェディングドレスのようにも見えるが、十代の少女が着るには変に大人っぽい。


 それに、いかにも東洋人的な顔立ちの彩良には似合っていない気がした。


 ウルにコメントを求めたところ、「人間ってめんどくさいな」の一言。お世辞の一つももらえない。


 そこは裸が当たり前の動物に人間の美学を求めた自分がバカだったと反省したが。


 ちなみにウルはというと、男性用の正装というモスグリーンのロングジャケットに同色のぴったりしたパンツ。おかげで長い脚や引き締まった身体がはっきりとうかがえる。


 髪も整えてもらったウルは、思わずうっとり見惚れるくらい野性味たっぷりの完全完璧美青年に変身していた。


 その美しさはメイドたちがこぞってお世話をしたがるレベルで、どうやら西洋東洋、異世界までも越えて、万国共通のものだったらしい。


「こんな程度でいいかしら?」、「これ以上はどうしようもないわ」と、彩良が身支度させられた時とは大違いだった。


 そんなこんなでバタバタと準備をさせられたものの、終わってみれば謁見の時間まではまだ余裕があった。


 現在、彩良は午後のティータイムを楽しんでいるところだ。


 正直、元の世界では味わうことはなかっただろう優雅なお姫様気分にさせてもらっている。気になっていた焼菓子も出してもらって、久しぶりに甘いものも堪能していた。


「あ、そうだ。ピッピって、呼んだら来るかな?」


 彩良はソファの隣に座っているウルに聞いた。


「いつでも血をもらえるように、近くにいると思うぞ」


 ウルはそう言いながら立ち上がると、バルコニーに出てピッピを呼ぶ。


 それからすぐにバサッと羽の音が聞こえ、ピッピがふわりと羽を閉じながら、ウルの伸ばした腕に止まった。


「ピッピ、変身はともかく、そのツノは取れた方がいい?」


 彩良が聞くと、ウルと一緒に部屋に入ってきたピッピはコクコクと頷いた。


 ピッピはまだ魔物の姿のままなので、唾液に魔力があると聞いてから、試してみようと思っていたのだ。


 いくらかわいいピッピでも、さすがに口移しであげるのは遠慮したい。


 よって、乙女がやることではないと思いながらも、彩良はティーカップの受け皿を取り上げて、口にためておいた唾液をその上にたらした。


(こんなものを喜んで舐められたら引くわー……)


 彩良が半信半疑に受け皿をピッピに差し出すと、ためらう様子もなく嘴でつつき始めた。それどころか、血走った目で夢中で飲んでいる。


 おまけにウルとモン太まで、それこそヨダレをたらしそうな目でじいっとその受け皿を見つめていた。


「もう、なんでそんな目で見てるのよ! ウルもモン太ももう呪いが解けてるんだから、必要ないでしょ」


「サイラはわかってない。こんな菓子よりはるかに旨そうな匂いがするんだぞ。いくらでも舐めたくなるものなんだ」


 ウルは当然のことと言わんばかりに説明してくれたが、彩良としては自分の唾液がいい匂いなどと思ったことは一度もない。


「あ、そう……? あたしはお菓子の方がいいわ」


「でも、サイラの口から直接の方がいい。あったかくてさらに旨いんだぞ」


 ウルが興奮したように呼吸を荒くして見つめてくるので、彩良は『待て』をするようにウルの顔の前に手を掲げた。


「あのねえ、あたしはキスを安売りするような女じゃないの。いつか恋する相手に大事に取っておくの」


「人間のオスにくれてやったくせに」


 ウルは恨めし気な目で見つめながらぼそっとつぶやいた。


「あ、あれは不可抗力っていうか、こう、もう二度と会えないかもしれないって気分が盛り上がってしちゃったというか……」


「おお、わかったぞ。オレもサイラが森を出て行って、もう会えないと思ったら、サイラのヨダレを最後にひと舐めしたくなった。サイラもあの時のオレと同じ気分だったんだな。それは仕方がないと納得しよう」


 ふむふむとウルが得心顔で頷いていた。


(いやー、なんか『キス』の認識が違う気がするんだけど……)


 ともあれ、魔物たちが舐めたいと思う程度には、魔力には匂いや味がついていると思われる。確かにそうでなければ、唾液に魔力があるとは気づけない。


 それに、『おいしそう』でなければ、他人の唾液など口に入れたくないと思ってしまう。


(うん、なるほど。よくできた設定だわ)


 そんなことを話している間に、ピッピはお皿をすっかりきれいにして、プハッと幸せそうな息を吐いていた。


「それで、ピッピ、どう? 変化あった?」


「満足したってさ」と、ウルが代わりに答える。


「前から思ってたけど、動物たちってお互いに意思疎通ができるの?」


「同じ種族なら普通だが、異種族間はサイラが来てからだ。最初にモン太の声が聞こえた時はびっくりしたぞ」


 思い返してみれば、ウルの次にモン太に出会ったが、二匹はずいぶん簡単に仲良くなったと思う。


 犬猿の仲というくらいだから、いきなりケンカを始めてもおかしくなかったのだ。


「それも聖女の魔力なのかしら」


「たぶん」


「何気に色々な効力があるのね。周りが勝手に使うだけで、あたしには全く無関係な魔力だけど」


 つまんなーい、と彩良は口を尖らせた。


「お、目の色が変わってきたぞ」


 ウルの声にピッピを振り返ると、確かに赤い瞳が明るい空色に変わるところだった。


「うわぁ。ピッピ、きれいな目をしてたんだね。もう治ったかな?」


 ウルの肩の上にいるピッピに手を伸ばして、その額についている小さなツノをつまんでみた。


 ポロリと簡単に取れる。


「あ、取れたー!! ピッピ、おめでとう。これでもう魔物だって追い回されなくなるよ」


 ピッピがうれしそうに羽をばたつかせながら、「ピーッ」と鳴いた。


 まったくもって自覚のない魔力ではあるが、その効果は確からしい。


(まあ、イメージしてた魔法のスキルとは違うけど、これはこれで異世界ならではの能力ってことで満足しておこう。誰かの役に立つのは間違いないもん)


「これから森のみんなも治してあげないとね」


 呪いから解放されて喜んでいるピッピを見ながら、彩良はニッコリと笑っていた。

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