第3話 ひと言、文句言わせてもらいたい!

 彩良たちは部屋から出ることを禁止されていたが、ベルを鳴らすと宿の人がやって来て、着替えや食事を持ってきてくれるので不便はない。


 お湯の出るまともなお風呂も部屋にあるので、せっかくだからとゆっくり入らせてもらった。


 そして、お昼を食べた後、彩良をここに連れてきたという女性が部屋を訪ねてきた。


「アリーシアだ。君がサイラだね?」


 そう言って彩良に右手を差し出してきた人物は、濃紺の詰め襟ジャケットに白いパンツ姿だった。


 胸にキラキラ光る勲章などがついていることから、どうも軍服らしい。


 顔つきも凛々しく、背もすらりと高い。長い金髪を後ろで無造作に束ねただけで化粧気もないが、女性だと一目でわかったのは、上着をパツンパツンに盛り上げる胸があったからだ。


(ひゃあ、男装の麗人、超カッコいいー)


 百合モノはなかなか感情移入ができなくてあまり趣味ではなかったが、違う世界に目覚めてしまいそうなほどアリーシアは強烈な美しさと存在感を放っている。


「初めまして」と、彩良は握手に応じながら、うっとりと見つめてしまった。


 そんな彩良を見て、ウルはつまらなそうにフンと鼻を鳴らす。「メスに発情するな」という声が聞こえたのは気のせいだろう。


「遅れてすまなかった。朝の約束だったのだが、色々やることが立て込んでいてね」


「いえ、のんびりしてたからいいんですけど……て、あれ? アリーシア? もしかして、フィリスの妹の王女様?」


「そうだ。話は聞いていたか?」


 アリーシアが向かいのベッドに座ると、魅惑的な笑顔を向けてきた。


 ウルがそそくさと彩良の隣に移動してくる。気づけば魔物姿のピッピは、人間が入ってきたせいか、開いた窓からその姿を消していた。


「それほど色々知ってるわけじゃないですけど……。遠征から帰ってきたら紹介してもらう、みたいな話をティアとしていたくらいで」


「私はその知らせを受けて、遠征先から戻ってきたんだ。ジェニール王子が魔物と仲良くなれる才能を持った娘をジュードの森で拾ってきた、という話でね」


「魔物討伐の役に立ちそうだからですか? 聞いているかどうかわからないですけど、あたしとしては魔物を殺すのは反対なんです。できれば、魔物を説得して人間を襲わないようにする、みたいな形でなら、協力してもいいかなーって思ってるんですけど」


「君ならそれが可能なのだろう」


「いいんですか!?」


 なんて話のわかる人なんだろう、と彩良は感心してしまった。


「君の魔力とはそういうものではないか?」


「うーん、魔力と呼んでいいものか……」


 彩良の持っているのは、魔物使いとして『魔物(魔物化した動物)と仲良くなれる』というスキル。


 そして、後はついさっき知った『血を舐めると、魔物が人間に変身できる』という能力くらいだ。


 自分の意思とは関係ないところで働くものなので、それを魔力だと言われると、首をひねりたくなる。


「君の認識とは違うかもしれないが、この国では聖女の魔力と呼ばれている。魔物の呪いを消す力だ。その力を持っている君なら、魔物を殺す必要はないだろう」


「……は? 聖女? 召喚の儀は半年以上先だって聞いてますけど?」


 ここで聞くとは思っていなかった話に、彩良は目を丸くした。


「本来なら年明けに行われるはずなのだが、二か月半前、兄のフィリスを救おうと召喚術士が強行した。普通ならば聖女は王都の大聖堂に現われるところ、召喚の時期を早めたのが原因か、転移先がジュードの森になってしまったらしい」


「ちょーっと待って!」


 聞き捨てならないことを耳にして、彩良は大声でアリーシアを遮っていた。


「それ、普通だったらその大聖堂とやらに呼ばれて、『あなたはこの世界を救う聖女です。ようこそおいでくださいました』とか、超丁寧にかしずかれちゃって、その後は王宮辺りでヌクヌクとお姫様生活しちゃったりするんじゃないですか!?」


「おおむねその通りだと思うが……よく知っているな」


 アリーシアは感心しながらも、どこか気まずそうに彩良の顔色を窺っている。


 そんな様子を見て、彩良の怒りは『ドッカーン』と音が聞こえてくるほどに爆発していた。


「そんなのもう、異世界転移の定番スタートなんだから、簡単に想像つきますよ! こっち、森の中に放り出されたおかげで、ひと月半もサバイバル生活しなくちゃいけなかったんですからね! 食べる物はともかく、着替える服はないし、火なんて自力でおこすしかないんですよ!? 原始人丸出しの洞穴住居生活って、ありえなくないですか!?

 周りに人間がいないから、何の目的で呼ばれたのかわからない。最悪なことにジェニールが人間発見第一号になっちゃったせいで、犬扱いの監禁生活。人間扱いすらされなかったのよ!

 勝手に召喚の儀をやった召喚術士? 一言文句言ってやらないと気が済まないわ!」


 彩良は一気にまくし立てて、フンと大きく鼻息を吐いた。


「兄からも話を聞いたが、色々と不便な生活を強いられて君が怒るのももっともだ。その召喚術士はすでに亡いので、代わりに王族の一人として私に謝罪させてほしい。こちらの身勝手な都合で大変申し訳なかった」


 そう言って、アリーシアは深々と頭を下げた。


 あまりに素直な謝罪に、彩良の方が大人げなかったと怒りの矛を収めるしかない。


「……言いたいこと言ってスッキリしたから、もういいんですけどー。……え? すでに亡いって?」


「彼は君を召喚するために命を捧げたんだ」


 物騒な話に、彩良はゴクンと息を飲んだ。

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