異世界転移は謎解きクエストの始まり ~せっかく主人公に抜擢されたのに、テンプレ通りにストーリーが進まない!~

糀野アオ

クエスト1: イベント発生までサバイバル生活に耐えてください

第1話 樹海に捨てられた!?

 目に差し込むまぶしい光にさいははっと目を覚ました。


 季節は春。六時起床には明るすぎる。


「お母さん、なんで起こしてくれないのー!?」


 高校入学早々、遅刻だ。


 彩良はガバッと身体を起こし、ベッドから飛び降りようとした――が、そこがベッドの上でないことに初めて気づいた。それどころか自分の部屋ですらない。


 周りに広がる芝生、囲むように並ぶ高い木々。仰向けば茂る木の間から青空が見える。草の青い香りとそよそよと頬に触れる風が心地いい。


 どう考えても屋外である。


「ちょーっと待って……」と、彩良は頭を抱えた。


 昨夜は発売されたばかりのマンガを読んでいて、うっかり夜更かし。それでも一時には寝たはずだった。もちろん自分の部屋のベッドで。


(一晩経ったら外にいる理由は?)


 自分を見下ろしてみると、昨夜着ていた赤いチェックのパジャマのままだ。靴も履いていない。


 真っ先に考えられる原因は夢遊病。寝ている間にフラフラと家を抜け出し、外に出てきてしまった。


(……けど、うち、甲府の街中なのよね)


 近くの公園にしては、周りを囲んでいる木々は森のように果てが見えない。だいたいこんな場所は近くで見たことがなかった。


 足の裏を見てみれば特に汚れている様子もないので、ここまで歩いてきたとも思えない。


(夢遊病じゃないとしたら、他に考えられる理由は?)


 ふと思い付いた理由に全身から血の気が引くような気がした。


(あたし、寝てる間に親に捨てられた!?)


 同じ山梨県、近くはないが富士の樹海がある。行ったことはないが、鬱蒼と茂った木の感じは樹海と言っても過言ではない。一度迷い込んだら二度と生きては戻れないことで有名。


 そんなところに真夜中、娘をコッソリ捨てても単なる家出としか思われない。捜索願を出してももちろん行方不明。七年後には死亡届が提出されて、無事に厄介払いができる。


「やだなぁ。そんなこと、あるわけないじゃないのー」と、無理やり笑ってみた。


 彩良はサラリーマンの父親とパート勤めの母親、大学二年生になる兄の四人家族。その兄が去年国立大学に落ちて、滑り止めだった東京の私立に行くことになったせいで、家計は火の車。


 おかげで、彩良は公立の高校に受からなかったら、そのまま働けとまで言われていた。


 理不尽だと思いながらも、大好きなマンガもゲームも半年間我慢して受験勉強に専念。結果、中堅の公立高校に見事合格して、今日が入学式のはずだった。


(言われた通り、公立に行ったんだから、今さら一人食い扶持を減らすために娘を捨てるなんてことはないわよねぇ……ていうか、あたしを捨てるくらいなら、お金のかかるお兄ちゃんが先でしょ)


 そう、娘一人いなくなったところで、家計がそこまで助かるものでもない。


(……なんか、もっと最悪な理由を思い付いちゃったんだけど)


 彩良は背筋がぞっとして、冷や汗がわいてくるような気がした。


 そもそもお金がないと言いながら、兄を東京の私立に行かせたこと自体がおかしいのだ。学費はかかるし、ひとり暮らしをするための家賃や生活費を仕送りしなくてはならない。そんなお金がどこにあったのか。


(まさかお父さん、会社のお金に手を付けて、それがバレて富士の樹海で一家心中!? あたしまで殺すのが忍びなくて、そのまま放置したの!?)


 ――これが一番ありうる話だ。


 もしかしたら死ぬのを躊躇して、両親がこの近くをまだうろついているかもしれない。


 彩良はそう思い立つや否や、飛び起きて森の中に駆け込んだ――が、ものの数メートルも行かないうちに足の裏に痛みが走り、その場にすっ転んでいた。


「いったーい……」


 座り込んで足の裏を見れば、小枝が刺さっていた。思い切って抜くとじんわりと血が滲み出てくる。


 傷口を洗いたくても水がないし、裸足のまま歩いたら余計にケガだらけになってしまいそうだ。


 今頃は母親の用意してくれた朝ごはんを食べて、新品の制服で学校に向かっている時間。そんなことを思うと、足の痛みに加えてひもじさに泣けてくる。


「お父さーん、お母さーん……!!」


 呼んでみたところで、返ってくるのは木の葉のざわめきと、遠くで鳴いている鳥の声くらいだ。


 このまま暗い樹海の中に座り込んでいても仕方ないので、先ほど目が覚めた広場に戻ることにした。


 もしかしたら、両親が考えを変えて迎えに来てくれるかもしれない。その両親には迷子になったらその場を動いてはいけないと教わっているのだ。


 それに、あの場所であれば空が見えるので、SOSを書いておけば、通りがかったヘリが見つけてくれるかもしれない。うまくいけば衛星写真に写ることもある。


 そして、助けが来るのを待つのだ。


(マンガ読み放題、ゲーム三昧の女子高生生活、ここで終わらせてたまるか! 半年我慢して受験勉強した分、元を取らなくちゃいけないでしょ!)


 無事に家に戻れたとして、そんな生活が可能なのかどうかはこの際後回し。今は自分にカツを入れる何かが必要だった。


 彩良がケガをした足をヒョコヒョコ引きずりながら元来た道を歩き始めると、直後、背後でガサリと下草が揺れる音が聞こえて、ビクッとすくみ上がった。


(だ、誰かいる……? お父さんかお母さんならいいんだけど――)


 恐々と振り返ると、茂みの間から一対の赤く光る瞳が覗いている。間髪を入れず、白と黒のまだらの毛をフサフサ生やした犬がのっそりと姿を現した。その身体は明らかに彩良より大きい。


(本当に犬……? この大きさって、オオカミ? オオカミってこんなにデカかったっけ?)


 犬にせよオオカミにせよ、肉食なのは変わりない。この体格差でいくと、彩良は間違いなくエサだ。


 獣の半分開いた口からは、いかにも『お腹が空いています』と言わんばかりに長い舌が垂れ下がり、興奮しているのかハアハアと荒い呼吸をしている。


(あ、人生詰んだわ……)

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