第9章 決戰編

第42話:絡繰【壱】

 舞踏会から一夜明け。

 帰ってきた來良きらが、一枚の手紙を掲げた。


「帰るための機械の置き場が分かった」


 掲げられた手紙――それは蘭子宛のものだった。


 差出人の住所は書かれていない。

 しかし押された消印が、特定の地域でしか使われていないマークらしい。


 さらに封筒の端。

 そこには筆記体で「Spitze」――ドイツ語で「トップ」の意味を持つ単語が書かれていた。

 つまり、すべての黒幕「トップ」からの手紙だろう。


 來良が引き出しからペーパーナイフを取り出し、慎重に封を切る。


 ――その中身は、空だった。


 拍子抜けした二人は、ふっと息を吐いた。


「ま、少なくとも何かしらの合図だろうな」

「はい。蘭子さんが残した、最後のヒントですね」


 言葉を切ると、啓は封筒を持ち上げた。


「……実は、中に遺書かなんかが入ってるんじゃないかって期待してました。でも入ってないってことは――蘭子さんは、あの日、死ぬつもりはなかったのかなって……」


 無意識に、言葉がしぼんでいく。

 來良は歩み寄ると、けいの肩を優しく叩いた。


「大丈夫か。眉根が寄ってる」

「……ちょっとだけ、苦しいです。でも、後悔よりも感謝の方が大きいかもしれません。彼女――いや、彼がいなかったら、俺はきっと真相にたどり着けなかったから」


 啓はポケットに入れていた指輪を握り込んだ。


「あぁ、あいつに感謝しねぇとな。……よし。最後のヒント、無駄にしねぇためにも計画を立てるぞ」

「はい!」


 それからあらかたの計画を立て、揃いのスーツのジャケットに袖を通した。

 手早く支度を済ませ、宵闇の中、タクシーへと乗り込んだ。


 啓は静かに口を開いた。


「消印で大体の場所は分かりましたけど、正確な場所は分かってないですよね。建物一つ一つ探していく感じですか?」


 すると來良は、タクシーの窓を開けながらタバコに火をつける。

 ふぅ、と息を吐くと、窓の外を見た。


「この近くは、公的な建物が多い。だから転移の機械に使う資材やら、大ぶりなもんを運び込める場所自体、少ないはずだ」

「なるほど。あとはシロみたいな――手負いの学生でも入れるような、警備が薄い場所?」

「その通りだ。それを踏まえると、候補はほぼ一つに決まる」


 來良は一度言葉を切ると、窓の外を指さした。


「國立大学が持っている、研究施設だ」


 タクシー代を払うと、二人は外へと出る。

 街灯の少ない街のようで、不気味な暗さがあたりを包んでいた。


「ここが、決戦の舞台――」


 啓は、目の前にそびえたつ施設を見上げた。

 研究施設・・とは言うものの、見た目は啓や黑居くろいが通っていた高校の校舎のよう。

 いくつかの上階の窓から光が漏れており、人はいるらしい。


「正面から入って大丈夫なんですか」

「逆に怪しまれないからな」


 來良は首から下げた、名札を見せた。


「令和っぽい工作ですね」

「――そういう・・・・場所なんだよ、ここは」


 堂々と來良は敷地内へと入り、正面玄関の扉を開ける。

 啓もはやる・・・心臓を抑え、その後ろに続く。


 室内は、外からのイメージとは全く違うものだった。


 玄関ホールは、円柱型の吹き抜け。

 表に面する壁以外、すべてガラス張りになっていた。

 円を描くように並ぶ研究室や会議室が、透けて見える。

 どの部屋の床にも真っ白なタイルが隙間なく並んでいて、無機質さが際立っていた。


 デザインだけ見ると、來良が言った通りここだけ「令和」のようだ。

 しかし防犯カメラなどがないからだろう、大きな騒ぎは起きていない。


 ちぐはぐな状況に、啓はあたりに気を配りながら來良を追いかけた。


「上だ!」


 突然の來良の声。

 啓は引っ張られるように、目線を上げた。


 次の瞬間――啓の真横にシャンデリアが落ちてきた。


 照明が地面にぶつかった瞬間、けたたましい破裂音と振動があたりを揺らす。

 あまりの音に、啓の耳にはじわじわと熱が集まる。

 破片で切ったのだろう、腕に数本赤い線が走っていた。


 啓がふらふらと立ち上がると、まだ熱の残る耳に、足音やざわめきの音が入り始めた。


「あんな職員いたか?」

「もしかして泥棒?」

「侵入者じゃねぇのか?」


 白衣を着た数十人の職員が、玄関ホールへとやってきた。

 全員の注目は、割れた照明よりも啓と來良に集まる。

 職員たちは揃って、二人に疑いの目を向けていた。


 來良は啓の耳元に口を寄せた。


「チッ、面倒なことになったな」

「……この数じゃ、逃げられなさそうですね」


 啓がホルスターに手を伸ばすと、來良は小さく頷いた。


「そうだな、ここは――正面突破だ!」


 啓と來良は、お互いに背を預けながら銃を構える。

 少し遠巻きに見ていた職員たちも、銃を見た瞬間に雰囲気が変わった。


 ――手負いの獣のような、目だ。


 開戦の合図は、來良の発砲音。

 うめき声が聞こえたあと、床にどさりと倒れる音が響く。


 來良は続いて技を掛けに行ったのだろう。背中の気配がわずかに遠のく。


 周りの職員たちが怯む中、啓も銃を構えてトリガーを引く。

 致命傷になりにくい、脚を重点的に狙って。


 込めた弾すべてを使い切って、銃を投げ捨てようとした時。


「啓、受け取れ!」


 突然、後ろの來良が声を上げた。

 啓は振り向かずに、飛んできた銀色のケースを掴んだ。


 銃の持ち手に入っていたケースを抜き捨て、新たなケースをはめ込む。

 ――装填までに、一秒ほど。

 随分と慣れたと自嘲するように、啓は一人で唇の端を上げた。


「……來良さん。こっちはあと三人です」

「奇遇だな、こっちも残り三人だ。無駄撃ちして、弾使い切るなよ」

「分かってます!」


 軽口を叩きつつ、再び目の前の敵を睨む。

 啓は銃を構えつつ、近くにいた二人の足元へと滑り込んだ。


 不意を突かれた敵たちは、一瞬反応が遅れる。

 その瞬間を逃さず、啓は敵たちのすねを思いっきり銃底で殴りつけた。


「あ゜っ!?」

「いだっ!?」


 悶絶する声を聞きながら、啓は飛び上がり、二人に銃を振りかぶった。

 すねと同じように、頭を勢いよく叩いた。

 金属の塊で殴られた敵は、たたらを踏んでどさりと倒れる。


 残った一人は震えながら、銃を取り出す。

 見覚えのある銃――どうやらこの職員も、ラヂオ塔の職員だったようだ。

 銃口が、まっすぐに啓を捉えた。


 ――啓はもう、固まらない。


 床を蹴って、飛んでくる弾を避ける。

 そのまま相手へと飛びついた。

 まだ熱を持っている相手の銃を掴み、銃口を上に向けさせた。


 その姿勢のまま、脇を閉める。

 反動で勢いよく動いた肘が、相手の鼻へクリーンヒットした。


「ぶっ」


 敵の鼻から、勢いよく血が噴き出す。

 銃を持つ手が緩み、啓は銃を蹴り飛ばした。

 鼻を押さえた敵は、片手を上げて降参のポーズをとっていた。


 ふぅ、と息をついて後ろを振り返ると、來良もちょうど振り返っていた。


「もう、銃口が向いても怯まなくなったな」

「……まだ、怖いですけど。打開策を思い付くくらいにはなりました」

「成長したな」


 笑みを浮かべた來良は、床に落ちていた書類を拾った。


「これ、説明書だろうな」


 啓は急いで來良のもとへ身を寄せ、その書類を覗き込んだ。

 それぞれのボタンや画面の役割が細かく書いてある。

 手描きとは思えない緻密さだ。


「これ――『転移』を起こす機械の説明書、で合ってますか」

「十中八九、そうだろうな」


 説明書の中央に、絵が描かれている。

 それは筒状で、人が一人立って入れるであろうサイズの機械。

 機械にはたくさんのコードが繋がれていた。


 ――これに入れば、帰れる。


 一気に現実を帯びた「帰還」の二文字。

 啓の心臓は、勢いよく早鐘を打ち始めた。

 体の中が一気に熱を帯びていく。


「とにかく、この機械がどこかにある。探すぞ」

「はい!」


 残り八発の銃を構え、啓は來良の後を追った。

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