第33話:社交【参】

 ホールには、多くの男女が集っていた。

 すでに前座などは終わったのだろう。多くのペアがホールの中央に集まり、ダンスの構えをしていた。


 けい來良きらは、ホールの端に立ち、その様子を見ていた。


 しばらくすると、ホールの奥側のステージにいる音楽隊が演奏を始める。

 ダンスを踊る人々のドレスの裾がふわりとなびく。

 ホール全体が高尚な雰囲気に包まれた。


 來良は全体を見回して警戒しつつ、時々ステージの方をちらりと見ていた。


「何かありましたか?」

「いや、すまん。珍しいと思ってついついな。あのトップの人が使ってるヴァイオリン、この時代じゃ珍しい国産みたいでな」

「へぇ……詳しいんですね」

「元の世界で、無理やり習わされてたからな」


 そう言いながら、來良は手をすっと差し出した。


「まあ、そんなのは置いといて。せっかくだから、一曲どうだ?」

「さすがに踊れませんよ」

「集中して周りを真似すれば、できるんじゃねぇか?」


 來良は笑いながら、啓の手を取った。


「俺が引っ張ってやるから、物は試しだ」

「ちょっ!」


 引っ張られるようにして、啓はホールの中央へと躍り出る。


 目立たないためには仕方ない、と啓は意を決す。

 ひとまず自分と同じくらいの体格の女性を見ながら、それをワンテンポ遅く真似し始めた。


「さすがだな」

「……兄を観察して得た賜物たまものです。皮肉ですよね」

「理由は何であれ、お前の能力だよ。誇っていいんじゃないか」


 何の気なしに答えた來良は、啓のステップに合わせるように踊り始める。


 ――本当に、何の気なしの言葉なのだろう。


 それでも啓はわずかに心のつかえが取れた気がして、頬が上がった。

 誤魔化すように唇を噛みながら、真似をすることに集中した。


 しばらくして、ダンスに慣れてきたころ。

 來良がぐっと啓を引き寄せた。


「啓。少し移動する。ターゲットらしき人間が見つかった」

「わ、かりました」


 間近で見る真剣な顔の來良にドギマギしながら、啓はステップをゆっくりと左にずらしていく。

 向かった先では、美しいブロンドの髪をなびかせた女性と、背の高い黒髪の男性がステップを踏んでいた。

 その所作は美しく、周りの視線を集めている。


「……そいつらの隣だ」


 啓は慌てて、視線をずらす。

 來良が目星をつけたターゲットは、抑え目な色味のドレスを着た女性と、中肉中背の男性。

 地味過ぎず、なおかつ派手過ぎず、うまく溶け込んでいる。


「隣――そうか、注目を集めている人の隣だと……」

「意外と目立たないもんだろ」


 啓と來良は、ターゲットと同じように、ブロンドの髪の女性の近くに陣取る。


「このまま少し様子見だ」

「分かりました」


 しばらくすると曲が終わり、ブロンドの女性はホールの隅へと寄ってしまった。

 次の曲では、また別のペアが注目を集めていた。

 どうやらこうの中でも最上級の家系の、ご子息とその許嫁いいなずけらしい。


 案の定、ターゲットはそのペアの近くへと移動していく。


 ――ほぼクロだろう。


 そう思って啓が來良を見上げると、來良も大きく頷いた。


 ターゲットを追って踊っていると、突然ターゲットの男がペアの背中に手を回した。

 そこから男が取り出したのは――拳銃。


 啓が「あっ」と声を上げる前に、來良は素早くターゲットの拳銃を掴んでいた。

 弾が入っている部分を握って、撃たせないようにしている。


「……困るな、お兄さん。ここは良い・・建物なんだ。傷なんざ付けたらいくら掛かるだろうな?」

「離せ」

「とりあえず移動しようか。お前も目立つのは嫌だろう?」


 そう言って來良は自分のジャケットを銃の部分に掛けた。

 二階のホールの外、階段近くの隅の方へと移動する。


 静かな廊下で、來良と男が対峙する。

 巻き込まれたペアの女は、心配そうに來良たちを見ていた。

 啓はさらに遠くで、様子を観察していた。


「その銃、ラヂオ塔の職員だな」

「そうだよ……ラヂオ塔が燃えてから、俺の人生めちゃくちゃだ! お前のせいで、恋人も家族も友人もみんないなくなった……ツレだってただの役者だよ! だから今ここでお前を殺して――俺の唯一、トップに認めてもらうんだ!」

「トップだと? そいつに俺のことを教えてもらったんだな?」


 二人の間に静寂が流れる。


「……そうか。だんまりは肯定と捉えるぞ」

「――俺以外にも、お前に反感を持ってる奴は山ほどいる。ラヂオ塔の職員だけじゃない、お前のやったことを思い出せ! 俺を捕まえたところで、次の奴が代わりにやってくるだけさ」

「忠告、ありがとな」


 來良は男の持っていた銃を引き寄せる。技を掛けようと重心をずらした。


 ――その、瞬間。


 男が來良の懐へと入り込み、一気に押した。

 その先は――階段。


 不意を突かれてバランスを崩した來良。

 ふわりと体が浮く。


 落ちる。


 驚きのあまり、啓も思わずそちらを凝視する。


 手すりのない階段を、來良は真っ逆さまに落ちていった。


 來良はとっさに腕を伸ばし、バク転のような体勢を取る。

 そのまま階段に敷かれたカーペットを掴んで、体を一回転させて着地した。


 はっと啓が視界のフォーカスを全体に戻す。

 すると、ペアの女がいなくなっていた。


「――チッ、陽動か! 大掛かりなことしやがって!」


 悪態をついた來良は、再び男と対峙している。

 啓は飛び出すように、逃げた女の行方を追い始めた。


「一階に降りる階段はあそこだけ。テラスから飛び降りたりしなきゃ、まだ二階にいるはず……!」


 呟きながら、啓は人混みをかき分けて走る。

 見渡すが、あのドレスも、顔も見当たらない。


「どこに――」

「啓、調べてくれて助かった。見た目を変えたことが分かっただけでも、だいぶ探しやすい。……声はすぐに変えられないし、繕ったとしてもとっさに元々の声が出ることが多い。聞き耳を立てて探すぞ」


 追ってきた來良に肩を抱かれる。

 急な行動に、啓はついドギマギしてしまった。


「わ、かりました」

「啓はあの女の声を聞いたか?」

「踊る前に聞きました。少し低かったから覚えてて」

「そりゃよかった。じゃあホールをひたすら――」


 來良がそう言いかけた時。

 突然、軍人や警官がホールに押し寄せてきた。

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