第24話:大會【弐】

 大會たいかいと呼ばれる集会。

 その会場となる広場は、学生でごった返していた。


 一応椅子もあるようだったが、ほとんどが座れず地面に座っている。

 けい黑居くろいも地面に腰を下ろした。


 タイミングを見計らったように、広場の前方にあるステージに一人の青年が現れた。


 黒い紋付き袴のようなものを着込み、足元は編み上げのブーツ。

 応援団のような長くて白い鉢巻きをしている。

 しかしその顔はフードのような黒い布に包まれていて、啓たちのいる場所からはよく見えなかった。


 ――あの時・・・の通り魔のよう。

 啓は思わず、ぶるりと体を震わせた。


 青年はメガホンを取り出すと、袖をはためかせながら大きく息を吸った。


「学生諸君。本日も大會への参加、感謝します!」


 広場全体に届くようなハリのある声。

 それを合図に、「うおおお!」と会場が盛り上がる。

 ついていけていない啓と黑居は、二人で顔を見合わせた。


「まずは、手拍子から。盛り上がっていきましょう!」


 数人が立ち上がり、手拍子を始める。

 それはどんどんと伝播でんぱし、最初は戸惑っていた人たちも、周りに合わせるように手を叩き始めた。

 手拍子の音はどんどん大きくなっていく。


「ほら、そこのお二人も。立って立って」


 ステージの上から指摘されてしまい、啓と黑居は渋々と立ち上がって手拍子を打った。


「手拍子ありがとうございます! そのまま続けてくださいね!」


 袴を着た青年は、手を振ってステージ脇に消える。

 しばらくして、蓄音機の乗った台車を押して現れた。

 蓄音機は改造されているのか、花のような形のベルが、台座よりも数倍大きかった。


「手拍子を続けて! 今日の演目は、巷で話題のジャズですよ!」


 初めは大きいと思っていた手拍子の音に、啓たちは慣れていく。


「てっきり講義みたいなもんかと思ったら、演奏会みたいなやつなんやな」

「そうだね、もっと危なさそうなものかと思った」


 啓たちは少し大きな声で会話をしながら、ステージを見た。

 そこでは、青年が蓄音機のハンドルを何度も回していた。


 ◇   ◇   ◇


 大音量のジャズが、数曲流れた後。


「それでは本日の演目は以上です! 広場は十八時まで開いていますから、余韻を味わってからお帰りください!」


 それを合図に、ふっと手拍子の音が消える。


 じわり。

 啓と黑居は、耳にしびれを感じた。

 耳の奥が熱くなり、その熱はどんどんと広がっていく。


 すると、ステージに近かった人たちから、少しずつ地面に座り込んでいく。

 青年の勧めたとおり、余韻を楽しむのだろう。


 しばらくすると、隣に立つ黑居も座り込んだ。

 啓は声を掛けようとしたが、くらりと啓の目の前が回った。

 

 啓は無意識に座り込む。

 その瞬間。啓の口に、後ろから布が当てられた。

 薬品か何かが付いているのか、声を上げる間もないまま、啓の意識は急に遠のいていく。

 隣を見ると、黑居も同じようにされたのか、すでに地面に倒れ込んでいた。


「あの方の言った通りですねぇ」


 その声を聞きながら、啓は意識を手放した。


 ◇   ◇   ◇


 目を覚ましたのは、暗い建物の中。

 どうやらどこかの倉庫のようで、多くの木箱が置かれていた。


 啓は慌てて起き上がる。


 もう耳の痛みは感じない。

 その代わり薬品のせいだろうか、喉がピリピリと痛んだ。


 啓が起き上がったのに気付いたのか、遠くの人影が歩み寄ってきた。

 それは先ほどまでステージに立っていた、袴の青年だった。


 青年は啓を見下ろした。

 フード中から漆黒の瞳が光り、それは啓を捉えた。


「お久しぶりです。……いえ、あなたにとっては初めまして、でしょうか」


 まるであの時のオーナーのような口調。

 しかし声は、オーナーよりもしゃがれていた。


「――お前は、俺を見たことがあるのか」

「えぇ。ばっちり見ていましたよ、ラヂオ塔の事件。あなたがあの男を逃がすのをね」


 ラヂオ塔の事件を見られていた。

 啓は心が一瞬で冷え、地面に吸い込まれそうになった。


「私は別に、通報なんてしませんよ。むしろ、私はあなたに感謝しています」


 その言葉に、一瞬蘭子の顔がよぎる。

 すると青年は退屈になったのか、啓の周りをぐるぐると歩き始め、啓の後ろへと回り込んだ。


「あなたのおかげで私は、奴隷から解放されたんですから」


 奴隷。

 その言葉で、この世界に来た時の記憶が流れ出す。


 ――あの時、來良に出会えていなければ。

 自分も、誰かの奴隷になっていたのだろう。

 そうしたらこの青年のように、奴隷から解放される日を待ち望んでいたのだろうか、と。


 啓が思考の渦にとらわれていると、青年が啓の肩をぐっと引き寄せた。

 急な動作に、啓は慌てて青年を見据えた。


「俺のおかげで奴隷から解放されたって言うなら、なんでこんなこと……」


 青年はくつくつと喉を鳴らした。


「いいですね、その表情かお。お教えしましょう」


 あの日のオーナーのように、青年は演技じみた動作で両手を上げた。


「あなたは巻き込まれただけです。黑居くろい藍士郎あいしろうへの復讐に」

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