第五部2

 エステルは伸びをしながら唇を歪めた。


「ねぇ、興味本位で品のないことを聞いてもいい?」


「はい?」


「イアンって、夜はどうなの? ほら、いつもクールでしょう? 案外むっつりなんじゃないかしらと思って」


 エステルの言う通り、イアンはいつもクールだ。

 まさにその通りだ。


 オリガは答えあぐねた。

 無言のままでいると、エステルはそれを答えと見なした。


「夜は激しいの?」


「え、えっと、その……逆です。イアンは……」


「もしかして、夜もクールなの?」


「はい」


「でも、キスくらいはしたことがあるでしょう?」


「ありません。イアンはきっと……そういうことに興味がないのです」


 エステルはうなだれて深い溜め息を吐いた。


「呆れた……こんな美人をほったらかすなんて男らしくないわ。どうせ同じベッドでも寝ていないのでしょう? イアンのことだからソファーね」


「ええ」


「あなたはどうしたいの? イアンとしたい?」


「え、えっと……」


「正直に答えなさいよ。答え次第でアドバイスしてあげるから」


「は、はぁ」


 オリガは困惑したが、イアンの友人であるエステルになら相談する気になれた。


 イアンとの関係に不満はある。

 とはいえ、満足していないわけではない。

 オリガが不満なのは夜の彼だ。


 イアンが無関心なのは性だと思う。

 私に興味がなければ私にこだわることはないもの。


 欲を言えば、イアンにはもっと積極的になってほしい。

 愛の証明がほしい。

 優しさでは愛の証明にはならない。

 ソファーではなく私の隣で一緒に眠ってほしい。

 私の身体に触れてほしい。

 私を渇望してほしい。


 これがオリガの本心であった。

 彼女は正真正銘イアンを愛していた。


 だが、心のどこかではイアンを遠ざけようとしていた。

 彼と一緒にいてはならないと脳が警鐘を鳴らしていたが、それをオリガには制御しようがなかった。

 脳とは裏腹に、心は彼を求めていた。

 彼の接近を待ち望んでいた。


「どう、オリガ? イアンとしたい?」


「し、したいです。アドバイスをお願いします」


「いいわ。イアンの方から積極的に迫ってこないとなると、あなたから迫ってみるしかないわ。イアンを誘惑するのよ」


「誘惑ですか。どうすればいいのですか?」


「そうねぇ……あなた、挙動不審にならずに演技できる? 名アクトレスにならないときっとイアンは落とせないわ。どう?」


「自信はありません」


「うーん、それなら直接的に誘惑した方がいいわね。もうやりたいって言っちゃえばいいのよ」


「そ、そんな、無理ですよ」


「じゃあ、少しほのめかすくらいならできる? とにかく、ベッドに引きずり込んでみることね。そこで身体を密着させたらイアンもその気になるかもしれないわ」


 クールなイアンがそのくらいのことで情欲的になるとも思えなかったが、努力しないことには何も始まらない。


 オリガは火照った頬を両手で押さえて鼻から息を吐いた。


「今夜やってみます」

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