第一部5

「招かれざる客か。罠に獲物がかかったようだ」


 ドイツ人たちにはめられたのかと思ったが、当の彼らは慌てふためいてジャンに銃を向けていた。


「はめやがったな! 何が公正な取引だ! ゲシュタポを敵に回すつもりか!」


「誤解だ。この破裂音は俺たちが仕掛けておいたクレイモアのものだ。俺たちの味方ではない。罠にかかったのは恐らく……イタリア軍だ」


「そんなことはどうでもいい! いずれにせよ、お前はへまをやらかした! 情報の漏洩がなければイタリア軍がここを嗅ぎつけられるはずがない!」


「ちっ……言い争っている場合ではない。生きたければ逃げろ。逃走ルートは確保してある」


「くそっ! ここを切り抜けられても無事でいられると思うなよ? お前はゲシュタポを――」


 耳をつんざくようなけたたましい銃声が鳴り響いた。

 トランクを持っていたドイツ人の頭部が破裂し、床に血液と脳漿がぶちまけられた。


 スナイパーライフルによる狙撃。

 イアンたちは既に包囲されていた。


「ちくしょう! 取引なんかくそくらえだ! 青二才が、お前の詰めが甘いから――」


 トランクを拾い上げようとしたドイツ人の文句を遮ったのは一発の弾丸。

 見事なヘッドショットだった。


 イアンはオリガの肩を抱いてウィルディ・ピストルを手にした。


「包囲されていては逃走ルートはあてにならない。ドイツ人たちが乗ってきた自動車で逃げるとしよう。どこを通るにしてもイタリア軍を蹴散らすしかない」


「そのようだな。イアン、先行してくれ。俺はスナイパーを見つける」


「いや、スナイパーならもう見つけたさ。二発も撃ってくれたら居場所はわかる」


 廃工場の外で破裂音が連なる。

 クレイモアにかかってくれるのはありがたいが、これくらいではイタリア軍の包囲網を突破できない。


 ウィルディ・ピストルでスナイパーを仕留め、イアンはステップを踏むようにコンテナとコンテナの間を移動した。

 先ほど廃工場を歩き回ったのは地形を把握するためでもあった。

 彼も何かが起こる前兆を感じ取っていた。


「幸いコンテナが遮蔽物になってくれる。ドイツ人たちは裏口からここに入ったはずだ。そこに向かえば自動車があるかもしれない」


「もしなかったら?」


「イタリア軍から奪えばいい」


 弾丸飛び交う廃工場。

 ここはまさに戦場だった。


 戦う理由なき戦争。

 戦争なき戦場。

 意味なき戦場。


 それでもイアンは構わなかった。

 彼はやはり戦場に身を置ければそれでよかった。

 戦争依存症、とでも名付けようか。


 漏洩した情報を信用しなかったのか、イタリア軍の数はそう多くはなかった。

 イタリア軍からしてみれば、半信半疑で来てみたら本当に武器の取引があった、といったところだろうか。


 イアンにとってこの戦場は容易かった。

 オリガを庇いながらウィルディ・ピストルのみで切り抜けられるほどには余裕があった。


 オリガはグロックを発砲していたが、敵に当たることはなかった。

 射撃が下手というよりは、意図的に外して牽制しているようだった。


 銃とグレネードでイタリア軍の包囲網をいとも簡単に突破し、三人はドイツ人たちが乗ってきた自動車で廃工場から逃げおおせた。


 運転するイアンはドライブでもしているような気分だった。

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