59話
「それでは、第十三週目。これが最後になります。帝流聖、百十二万六千九百二十七部。無名玄人、三十七万四千三百九十四部」
「差倍率は?」
「……」
佑丞のコールにみゆきが問い掛ける。しばしの沈黙が流れたのち、張り上げるような声が会議室に響き渡る。
「差倍率……3.01倍!!」
「いよぉっしゃあー! 勝ったぁー!!」
「ぐあぁぁぁぁあああああ、負けたぁー!!」
「いや、だから。反応が逆なんだってば……」
最終的な結果が告知され、各々が反応を示す。
だが、なぜかはわからないが、本来悔しがるはずの治乃介は拳を高らかに突き上げ勝利の雄たけびを上げており、その一方でまるで絶望の淵に叩き落とされたかのように頭を抱え、悔しそうに叫ぶ流聖というまったく逆の反応を見せていた。
そこのことをみゆきが冷静に指摘するも、本人たちの反応が変わることはなく、治乃介が得意顔で流聖に言い放った。
「どうだ! だから言っただろう? 俺とあんたじゃ勝負にならないってな!!」
「そんなはずはない! これは何かの間違いだ!! 絶対に間違っている!!!」
「……」
もはや突っ込む気力を失ったのか、呆れた様子で二人のやり取りをみゆきが傍観する。先ほどまで集計の結果を発表していた佑丞も少々困惑気味の様子だ。
なぜ二人の反応が逆なのかといえば、治乃介は流聖に絶対に勝てないという自信があり、それとは対照的に自分とまともにやり合えるポテンシャルがあると信じ込んでいる相手が負けるはずはないという自信があった流聖であったため、両者とも本来感じるはずの感情とは逆の感情を抱いていたのだ。
つまりは治乃介の“絶対に(自分は)勝てない”という考えと、流聖の“絶対に(相手が)勝つ”という考えがぶつかり合った結果といえる。それ故に、自分の思った通りの結果となった治乃介は勝ち誇り、自分の思った通りの結果とならなかった流聖は敗北感を味わったというわけである。
もはや二人にとって勝ち負けなど意味はなく、自分の思い描いた結果になるかどうかだけが重要であったのだ。
これが凡人であれば勝敗にこだわるだろうが、その領域を大きく逸脱してしまっている二人がそのような考えを持つはずもなく、勝負内容とは大きく異なるベクトルで勝負を行っていたのだった。
「それにしても凄まじい売れ行きだな。シリーズものの書籍で、百十二万部とは……」
「とんでもないわね」
勝敗が決して改めて編集人の二人がその結果に驚愕する。治乃介の【勇者伝説第二巻】の三十七万部という売り上げも、新人作家の処女作の第二巻としては十分すぎるほどの偉業であり、これだけでもちょっとした騒ぎになるくらいである。
だというのに、ある程度活動期間があるとはいえ、いくつか手掛けたシリーズのそれも十二巻という話の内容として中だるみしやすい中途半端な巻数にもかかわらず、百万部を超えていることに業界の人間として帝流聖という存在が化け物であるということを認識する。
「今回のためにかなり力を入れて頑張ったからな! 褒めてもいいんだぞ?」
「凄いけど、ただそれだけ。他社の作家を褒めたりしないわ」
みゆきたちの会話を耳聡く聞きつけた流聖が、ドヤ顔で言い放つ。その顔があまりに腹が立ったのか、それとも彼女の言うように他所属の作家を褒めないというポリシーからなのかはわからないが、流聖の言葉に彼女がすげなく答える。
「とにかく、これで勝負は決まった。あんたの勝ちだ」
「ぐぬぬぬぬぬ。……ふ、ふふふふふ。はぁー、はっはっはっはっはっ!!」
治乃介の言葉に、悔しそうな表情を浮かべたが、次の瞬間これでもかというくらいの高笑いを流聖が発する。
気でも触れたかとその場にいた全員が怪訝な表情になる中、なぜ自分がそのような反応をしたのか、彼の口から語られた。
「さすがは我がライバル足り得る男。俺の予想通りに動いてはくれぬか」
「いや、そもそも勝てる見込みはないって前に話たよな? なにを聞いてたんだなにを?」
「いいか! 今日のところは引き下がってやるが、次こそは必ずやおまえがこの帝流聖に勝つところをまざまざと見せつけてくれるわ!! さらばだっ!!!」
そう言って、再び高笑いしながら、流聖はそのまま会議室を後にした。
これもまたおかしな話であるが、普通は相手が自分に勝つところではなく自分が相手を負かすところを見せつけるのだが、ここでも凡人との違いが出てしまっている。
「そんな未来は来ない。負けるのは俺だ。おまえが日本ラノベ界に君臨し続けている限り、この俺に負けると思うなよ」
一方の治乃介は治乃介で、通常であればここは相手に勝つという決意表明をするところなのだが、彼もまた非凡なる存在であるが故、自分が流聖に勝つことはないと宣言する。
このような事態になっていることを佑丞とみゆきは訝し気な表情でそれを見ていた。
これも偏に“自分では勝てない”と思い込んでいる人間と“おまえなら勝てる”と思い込んでいる人間の価値観と価値観のぶつかり合いが招いた喜劇……否、悲劇であろう。
最後の流聖の去り際は、まさに彼の持つ渾名【皇帝陛下】にふさわしいものであったが、些かスケールが小さい出来事であったため、立ち居振る舞いだけを見れば堂に入った格好の良いものであった。だが、それに起因する出来事の内容がどうしても頭にちらついてしまい、一種のお笑い芸人のコントを見せられている気分になってしまった。
兎にも角にも、帝流聖と無名玄人の戦いは、下馬評通り帝流聖の勝利であった。
しかし、これで決着がついたかと言われればそうではなく、むしろこれが彼や他の日本ラノベ四天王との戦いの始まりを示唆していたのである。
余談だが、このあと勝手に発売日をずらしたことと、流聖が所属するライトニング文庫になんの断りもなく他企業である英雄社に何度も足を運んでいたということで大目玉を食らい、しばらく謹慎処分が言い渡されることとなった。
これによって、しばらくは流聖がらみのトラブルに巻き込まれることはなくなったので、治乃介陣営としては有難いことではあったが、このあと更なるトラブルが待ち受けていることを彼らは知らなかった。
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