57話
『文芸祭各部門の結果発表を行います』
十月十五日と十六日の二日に渡って行われた文芸高校一大イベント【文芸祭】。そのフィナーレとも言うべきものが行われようとしていた。
何かといえば、生徒が部門別に出品した創作物を文芸祭で発表し、訪れた客や生徒たちによる投票が行われ、その得票数によって賞が決まるという催しだ。
これはただの催しではなく、訪れる客の中には各部門の業界関係者が混じっており、場合によってはその場でスカウトされることも珍しくはない。
野球なども各強豪校の選手たちをチェックすることがあるのと同じく、彼らにとって文芸祭というのは、のちの著名人になるであろう存在……ダイヤの原石を見極めることのできる数少ない場という認識であるため、生徒のみならずそういった人間も力の入り具合に関してはそれ以上と言える。
全国津々浦々の業界に準ずる人間、並びに未来の著名人となる作品を一目見ようと、その客足も年々増加傾向にあり、毎年数千人から一万人というただのいち学校行事としてはとんでもない来客数を誇っていた。
そんな一大イベントも終わりを告げ、いよいよ各部門の出展物の投票結果が発表される。
この結果次第によって、一年間のクリエイターとしての注目度が変化するといっても過言ではなく、いずれプロになることを目指す生徒たちにとっては冗談抜きに重要なものだったりするのだ。
『続きまして、短編小説部門ベスト5を発表します。第五位三年G組〇×【〇×】、第四位二年E組△□【△□】、第三位二年F組美作零【ファイターギンガム】、第二位一年F組桜井美桃【凪の白風】、第一位……一年F組文豪寺治乃介【春夏秋冬】!!』
その瞬間、文芸高校全体が騒音に包まれる。
それだけ、彼の出展した短編小説は印象に残っており、読んだ人によっては感動のあまり涙したり、「これは長編にして出版すべきですぞ文豪寺氏!!」というオタク全開で叫んだりする人間もいた。
これでますます治乃介の名声が高まり、そして元から目を付けていた人間たちは「やはりあいつは只者じゃなかった」という自身の憶測が正しかったことを確信する。
「文豪寺君、おめでとう。また負けちゃいましたね」
「こういうのは勝ち負けじゃないと思うけどな。要は、自分の納得のいくものができたかどうかだ」
美桃の称賛にそう答えた治乃介は、再び机に突っ伏してしまう。
結局、あれ以降彼が小説の展示コーナーに近寄ることはなく、ただこの二日間たこ焼きを焼き続けることに徹した。
その間にもレインボークリエイターズのメンバーによる勧誘やら腕試しやらはあったものの、なぜか絶妙なタイミングで現れる乱菊によって、彼らの脅威が遠ざかっていた。
まさかとは思った治乃介だったが、もし仮に彼女が意図的に狙ってやっていたとすれば、もっと他にやることがあるだろうと思わなくもない彼だったが、それで助かった一面もなくはないため、そこは素直に厚意として受け取っておくことにしたのであった。
「おう、やっぱ大大先生の小説が一位になったか。あれは秀逸だったからなー。特に文字数が各季節ごとに揃えられているのと、それでいてそれぞれの季節の特色がきっちり描かれていたところが高評価に繋がったってところだな。……ぶべらっ」
「なに素人のあんたが作家先生様に意見してんのよ。少しは身の程を知りなさい身の程を。文豪寺君、おめでとう。やったじゃない」
「まあ、たまたまだ」
健一のどこから目線の称賛に物理的に抗議しながらも、彼の偉業を咲が褒め称える。
その一方で、自身の行いを謙遜する治乃介だったが、その場にいた全員が「そんなわけあるか」と内心で突っ込んだ。
しかしながら、彼にとっては本当に偶然が重なったという認識が強く。作品自体のクオリティ以前に、自分が文芸祭で作品を出すという意思がもともとなかったため、みゆきがGOサインを出さなければ、そのまま丸二日ただただたこ焼きを焼くだけの人になっていたことだろう。
もっとも、出展しようがしまいが文芸祭の間ずっとたこ焼きを焼く人になっていたことに変わりはなかったのだが、そこはそれである。
ちなみに、本来勝負を仕掛けてきた零はといえば「これで勝ったと思わないことね!!」という清々しいまでの負け犬の遠吠えっぷりを発揮し、漏れなく全員から苦笑いを向けられていた。
これにて、文芸高校の一大イベントである【文芸祭】が終わり、季節は秋へと突入する。
〇×△
時は少し流れて、十二月初頭。治乃介は英雄社の会議室にいた。
室内には、編集長の佑丞と彼の母であり副編集長でもあるみゆきがおり、それに対峙するかのように一人の若い男が気障ったらしく足を組んで椅子に腰かけていた。
その男の正体とは、日本を代表するラノベ作家であり、現大黒帝グループ当主の息子でもある帝流聖であった。
今日は、以前から言っていた流聖との勝負の決着がつく日であり、互いの作品の売り上げの結果が出たため、こうして集まったというわけだ。
もっとも、流聖との勝負をみゆきから指摘されるまですっかり忘れていた治乃介は「そういえば、そんなこともあったな」という気持ちで英雄社へと足を運んだのだが、到着するなり暑苦しい程にヒートアップしている流聖に「遠足が楽しみで前日眠れなかった小学生か」と痛恨の一撃を見舞ったことで、彼に精神的ダメージを負わせている。
「いよいよこの時が来た! 無名玄人、勝負だ!!」
「……」
盛り上がっているところ大変申し訳ないがと内心で前置きしながら、治乃介は今回の勝負の決着は流聖が圧倒的大差で勝つことを感じていた。
そもそもの話だが、無名玄人こと治乃介という存在は日本ラノベ界から見れば、まだまだぽっと出の新人であり、知名度としてはそれほど有名ではない。
一方の流聖は、彼の出自自体もそうだが治乃介よりも長く作家として活動しているということもあって、もともとの知名度がかなりある。
そんなアドバンテージを背負った状態で、三倍のハンデがあるとはいえ、そのハンデをもろともしない程の差があると治乃介は感じていたのだ。
ハンデ戦とは、明らかに実力が異なる者同士が対等な勝負が成立するように調整されたものであるが、実際には実力が上の人間が圧倒的に有利な勝負であり、大抵の場合はハンデをもらっている方が負けるのが定石だ。
「いい。勝負内容は総売り上げ部数で決定し、帝流聖の部数が無名玄人の部数に対し三倍以上の差がついたら帝流聖の勝ち。つかなければ、無名玄人の勝ちよ。これで問題ないわね?」
「ああ」
「それで構わないとも」
みゆきの言葉に、治乃介も流聖も同意を示す。
治乃介は特段勝負にこだわってはいないが、流聖については今回の勝負に強いこだわりを見せている。
それは、彼の持つ本能と言うべきものからくる感覚というべきか、治乃介という存在を自分と同格の存在であると感じ取っているからだ。
しかし、仮に潜在能力が同格だったとしても、現時点において知名度などの肩書きについては埋められない差というものがある。そのことを加味してのハンデ戦なのだが、彼の本音としては等倍での勝負を行いたいというのが正直なところだろう。
「それでは、まずは発売日から統計を取り始めた一週間ごとの集計を発表していきます。帝流聖作【ソード&マジカルズクロニクル第十二巻】第一週目累計売り上げ部数十六万五千三百二十二部! 無名玄人作【勇者伝説第二巻】第一週目累計累計売り上げ部数九万四千九百一部!」
「ちぃ」
「よっしゃぁー!!」
両者の結果を得て、それぞれがまったく逆の反応を見せる。
通常であれば、売り上げ部数から見てまだまだ三倍差はついておらず、現時点で約1.74倍の差といったところだ。だから、この場合歓喜するのはまだ勝負がついていない治乃介の方なのだが、彼の反応は舌打ちであった。
彼としては、流聖との勝負事に興味はなく、まともな思考をしていれば、勝つことなど不可能に等しいと結論付けるだろう。だからこそ、結果を知るのなら早めに終わってほしいと考えていた。
この無駄な時間を一刻も早く終わりたい一心であった治乃介だからこそ、まだ不毛な戦いを続けなければならないことに対する苛立ちで舌を打ったのだ。
一方の流聖が歓喜した理由。それは、やはり自分の判断が正しかったことに対する感情からくるものだ。
本能的に自分と同格の存在だとは感じているが、それはあくまでも彼の勘によるところが大きく、客観的視点から見た根拠というものに乏しかった。
だが、最初の結果を見てそれが間違いではなかったということに思い至った流聖は、やはり無名玄人の実力は本物であったという確信を得たことで歓喜したのだ。
「続いて第二週目に移ります。帝流聖四十二万二千七百六十部。無名玄人二十一万九千九百六十七部。差倍率1.92倍」
「おのれしぶとい」
「まだだ。まだ終わらんよ!」
そして、第二週目も発表されたが、またしても両者とも逆の反応を見せる。
それから、なんだかんだで結果が発表されていき、残すところあと二週となった。
「では、第十二週目! 帝流聖、百三万三千七百六十二部。無名玄人、三十四万八千六十八部。差倍率2.97倍!!」
「おしい!!」
「あぶねぇー!!」
「……あなたたち、反応が逆だから」
最終結果まで残り一週となったところで、治乃介の敗北条件となる三倍差まであとわずかとなった。
だが、ここに来ても二人の反応は真逆の様相を呈しており、その結果を受けて治乃介は悔しそうな、流聖は危なげな反応を見せる。その明らかに異質な光景に、呆れたみゆきが思わず突っ込んでしまう。
そして、いよいよ最終結果が発表されることになった。
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