第5話 負けられぬ戦いは主のために
スタートしてからデロットがレースの説明を始める。
「今回のレースは断崖絶壁がどこまでも続くクオルァ峡谷を舞台としたものになっております。そしてこの峡谷の最大の特徴としては場所によって吹いてくる風の強さや向きが不規則に変わってしまうという点です。それをいかに攻略するかが鍵になってきます」
順調に進んでいたレースであったがここで一つの問題点が生じる。それは飛んでいる選手たちが肉眼で確認できなくなってしまったことだ。そういった不満の声があちこちから聞こえてきた辺りでこれまたデロットが説明する。
「皆様、ご安心ください。こちらの最新型”遠隔透視”の魔法玉によって送られてくる実際のレースの様子を皆様の目の前に複数ある水晶板で観戦することができますので是非ご確認ください」
観客たちの目の前の水晶板には確かにレースの映像が一定時間ごとに切り替わりながら映し出されていた。バサンが見えなくなったのを確認したディールはエルと共にレイたちが待つ場所へと移動する。
レースが始まって数分後、バサンは集団の中で遥か後方を飛んでいた。
「このままじゃ追い付けない。どうしよう……考えないと」
次第に群衆の中から速い者が飛び出していき先頭集団の形を作っていく。バサンは更に突き放されてしまう。目の敵にしていたモリバスラは当然のように先頭集団にいる。メゼルはというと真ん中位をキープしている。
レース序盤にして追い付くのは不可能かと思われたが早速、スカイグランプリレースならではの事件が起きる。選手同士が乱闘を始めたのである。つつきや鉤爪による攻撃や魔法による攻撃がそこら中で飛び交っている。そのおかげで全体のスピードが落ちていきバサンも集団に追い付き始めた。
バサンは己の小ささを活かして乱闘の中を針を縫うようにしてすり抜けて飛んでいく。しかし、同じことを考えている精霊がいた。バサンと同様に身体が小さい精霊である。蝙蝠のような見た目の精霊はバサンに気付くと鋭い牙をギラつかせて噛みついてきた。バサンはその攻撃を上手く躱す。
「何するのさ」
「このレースじゃ殺しでもしない限りはどんな攻撃も妨害も許されるんだキー!」
諦めずに再び噛みついてきたコウモリ精霊を華麗に空中で旋回して躱したバサンはその勢いのまま体当たりを決める。しかし、相手もしぶとく両者はしばらく衝突を続けながら飛んでいく。この均衡を打ち破ったのはバサンだった。
「どいてくれぇッ!」
「キ――――ッ⁉」
バサンは体当たりによってよろけたところを見逃さずに頭部に思い切り蹴りをいれてコウモリ精霊を倒すことに成功する。
「ゴメンね。だけどボクには負けられない理由があるんだ」
デロットの実況にも熱が入る。
「レースは未だ序盤ですが早速熱い空中バトルが繰り広げられております! 先頭集団にいる表彰台常連フォール選手の精霊モリバスラは今年は一味違うようだ。他の精霊たちを得意の炎と風の魔法で次々となぎ倒していきます。これが上級精霊”天空穿叡”モリバスラの実力かァッー⁉」
水晶板でレースの様子を観戦していたディールがポツリと呟く。
「やっぱりあの人の精霊はすごいな~。それにしてもバサンはどこにいるんだ?」
「あっ! あれじゃないですか? ディールさん」
一緒に観ていたサティラが指差す場所にはバサンがいた。その姿を確認したディールたちは飲み物を片手に購入したグッズを使って応援する。
「おっと! 後方でも小さくも激しい争いが起きているぞ。ディール選手の精霊バサンとタラランタ選手の精霊フォーンバットです。ぶつかり合いの末に小さき雄バサンがフォーンバットを撃破しました」
レースはもみくちゃになりながらも全体の半分近くまで来ていた。レース中盤でバサンはようやく先頭集団の姿を捉えることが出来た。バサンの翼を動かす力が次第に強くなっていく。
「このまま行けば追い付けるかもしれない! 急がないと」
しかし、ここでこのレース最大の難所ゾーンがやってきた。空を穿つかのような尖った巨大な岩がいくつもあり、少し場所が変わるだけで風の吹く向きや強さが不規則に変化している。先頭集団の何匹かは風に行く手を阻まれて上手く進むことが出来ていない。
バサンも難所ゾーンに入る。当然のように小さな身体のバサンでは簡単に風に流されてしまい何度も岩に激突してしまう。
「グルグルしすぎて頭が回るよ~それに風の流れが読めない。どうしたらいいんだろう?」
一方のメゼルは自身の能力である【風の流れを感じ取る力】のおかげで難なく突破していき上位を抜き去った。これによりトップの座に躍りでることに成功する。
バサンは頭の中で一つの妙案を思いつく。前へ進むことをやめて出来る限り大きい別の鳥の背後にバレないように追走する形でとりつく。これによって前の鳥が風を代わりに受けてさらには気圧の変化によって鳥の後方部分に吸い寄せられるような風の流れが生まれたことでバサン自身も置いていかれずに加速して追いかけることが出来た。こうしてバサンは難所ゾーンを突破した。
「ここを通り過ぎた後は……そうだ! 良いことを思いついたぞ」
「さあさあ! レースもいよいよ終盤戦に差し掛かってまいりました。トップを飛んでいるのはエル選手の精霊メゼルです。その後ろにモリバスラやレオレルなどがいます。まだ誰が優勝するのかは神にも分からないでしょう。おお! 皆様ご覧ください。先頭集団に食らいつかんとする精霊がまだいました。後方からバスチアン選手の懐柔した巨大鳥、イーグが迫ってきております」
巨大鳥のイーグはどんどん差を縮めていくと簡単に追い付いてしまった。そして、そのイーグの背中にしがみついていた精霊がいた。
「これはどういうことなのでしょうか⁉イーグの背中に小さな精霊がいたぞー! あれはバサンです。まさかここまでイーグの背中に乗ってやってきました。小さい故の特権と言えるでしょう」
ここまで来たタイミングでイーグが背中のバサンに気付き、いとも容易く振り落とされてしまう。
「ここまで乗せてくれてありがとうね。君のおかげで休めたよ」
「ギィ……」
最初は数十匹でスタートしたレースも気が付けばたった数匹しか残っていなかった。その数匹にバサンはいた。
「まさかここまで残るなんてなぁ!」
「君は……モリバスラ」
「優勝するのはこの俺だ。邪魔な奴は潰してやる。まずはアイツからだ!」
モリバスラはそう言うと向きを変えてイーグに向かって突進する。しかし、イーグは近づいてくるモリバスラに気付いていない様子だ。モリバスラは自身の何倍も大きいイーグに怯むことなく鋭いくちばしで背中を一刺しした後、上空に舞い上がり翼を広げて魔法を唱える。
「谷の底まで吹き飛びな! ”グラントルネード”【劫初の息吹】」
モリバスラの嘴からまるで竜巻のような突風が飛び出して背中を刺されて狼狽えていたイーグに直撃する。イーグはそのまま暗い谷の底へと落ちて行った。モリバスラは止まることなく他の精霊たちにも攻撃し始める。その様子を見たメゼルは急いでバサンの元へと駆けつけて声をかける。
「バサン、このままだとみんなモリバスラに吹き飛ばされるわよ」
「どうしたらいいのさ⁉」
「私には風の流れが読める力があるから声を頼りに後ろについてきて」
「分かったよ」
メゼルの作戦通りにバサンは指示を聞きながらモリバスラの猛攻を躱していく。
「次は右に行くわよ」
「了解」
攻撃を終えたモリバスラは周囲を見渡して器用に逃げ回っていたバサンたちの姿を確認する。
「上手く逃げたみたいだが今度こそ落としてやるよ!」
モリバスラは急降下してバサン目掛けて飛んでくる。バサンは何とかして躱すがモリバスラの直接攻撃は勢いを増していく。
「下級精霊は谷底のザコどもにさっさと挨拶して来い ”グランストーム”【劫初の息吹】」
「うわぁぁぁっ!」
至近距離で大技を受けてしまったバサンはどうすることもできずにイーグたちのように暗い底の見えない谷底へと落ちて行ってしまう。
「バサン!」
メゼルの叫びも虚しくバサンは見えなくなってしまった。
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