第10話 いざアルテザーン地方へ
おれたちがツタボの村をでて数日が過ぎた頃。
「もうじき境界線なんじゃないか?」
地図を眺めながら進んでいるレイに向かっておれは聞いてみた。
「そうだねーあと少しかな」
アルテザーン地方と人間が住むサンアスリム地方を縦に分断している境界線は”クレッセントベルト”《三日月の境界線》と呼ばれており一見何もないように見えるが実際は人間の侵入をまるで拒むかのような現象が起きている。
例えば一面が火の海になっていたり前が見えなくなるほどの猛吹雪が起きているんだ。その超常的な自然現象のせいで向こう側がどうなっているのかが分かっていない。
ようやく境界線に到着するとそこはとんでもない強さの突風が吹き荒れる場所だった。近づくと立っていることもままならない。おれたちは突破の方法を模索するために一度離れた場所で話し合うことにした。
「これじゃ突破できそうにないな。これだけ風が強いと洗濯物もすぐに乾くだろうよ」
「何言ってるのさ、どこかに飛ばされるのがオチだよ」
「それよりもこの先どうする?」
「もう少しだけ境界線に沿って歩いてみるとかはどうだい」
「それがいいかもな」
境界線に沿うようにしばらく歩いてみたが突風が吹くままで景色は変わらなかった。突風の向こう側は今いるサンアスリムの緑が生い茂る大地とさほど変わらない。
「駄目だねディール、ずっと突風のままだよ」
「そうみたいだな……」
おれたちは座り込んで考えたが中々良い案が浮かばない。突風に頭を悩ませていると突然あの物語のことを思い出した。
「なあレイ、リッパとベイランドってさアルテザーンを旅したわけだよな」
「実話ならそうなるね」
「だったらどうやってリッパとベイランドはこの境界線を突破したんだ?」
「それが分からないから苦労しているんでしょ」
「リッパとベイランドの最初の物語になら突破した方法が書いてあるんじゃないか」
「…………なるほどね。それはあり得るかもしれないよ!」
おれは頭の中で昔寝る前に読み聞かせてもらった物語の一番最初が何だったかを思い出してみる。『龍の霊峰』でもないし『恐怖の霊廟』でもない。あれは確か……『四季の海』だ!
始まりはこうだったはずだ。覚えている部分だけ口に出してみる。
『昔々、あるところに勇敢な冒険者のリッパと知恵者のベイランドがいました。二人は数百年間誰も足を踏み入れなかった禁足の地アルテザーン地方へ勇気を出して偉大なる第一歩を踏み出しました』
…………ダメじゃん!全く役に立ちそうになかった。おれが肩を落としているとレイが突然驚いた声を上げる。
「分かったよディール!今のが答えなんだ。最後の『一歩を踏み出しました』の所、これはあの中に無理矢理突っ込めって意味じゃないかな?」
いくら何でもそれは無茶ってもんだろ。だけど今は他に出来ることがない。おれたちは賭けに出てみることにした。
突風に荷物が飛ばされないように身体の前に抱える。近づくとどんどん風が強くなっていく。勇気をもって踏み出そうとしたその時、突風は突如当たりの土や石ころを巻き上げながら砂嵐へと変化した。
「おいおい、こんな嵐の中を歩けっていうのかよ!」
「荷物放したら駄目だよディール!」
石ころやら何やらが身体に直撃する。痛いがとにかく前に進むしかない。しかし、方向感覚が次第になくなってきた。それでも歩み続けた。
もうどれだけ歩いたのかも分からなくなってきた。荷物を抱える手も限界に近い。レイがどこにいるかも分からない。おれはついに地面に膝をついてしまった。それでも進むしかない。おれは地面を這いずりながら進んだ。
這いずる力も無くなった時、誰かがおれの手を取って立ち上がらせた。砂嵐のせいで目の前がどうなっているのかも分からない。
「レイなのか?ありがとう」
「…………」
返事がない。単に聞こえていないだけかもしれない。おれの手を握る手はおれのことなどお構いなしにどんどん引っ張っていく。
「おい、引っ張ってくれるのはありがたいんだけどちょっと速いって!」
「…………」
おれは引っ張られるがままに進んでいく。気が付くと引っ張られる感覚は無くなりおれは砂嵐を抜けていた。おれが出てきたすぐ後にレイも出てきた。
「あれ?おれを引っ張ってたのはレイじゃないのか」
「それはこっちのセリフだよ。君が引っ張ってくれていたんじゃないのかい?」
「いや、違うぞ」
おれたちは服に付いた砂埃を払ってから辺りを改めて見回してみる。……凄い!何なんだここは。砂嵐を抜けた先には見たこともないような景色が広がっていた。
遠くには冠雪している山脈に火を噴く山も見えている。大地の底に届きそうなほど深そうな大きな亀裂があったりすべてを乾かして干からびさせてしまいそうな砂漠もあったりした。そのほかにも毒の沼地のようなものや空には翼を生やした魔物が優雅に飛んでいた。ここがアルテザーン地方なのか。
おれがこの美しくもあり同時に自然の恐ろしさを感じさせる景色に心を奪われているとレイが指を指しながら話す。
「世界樹ってもしかしてあそこにある樹じゃないかな」
レイの指す方向を見てみると確かに肉眼で何とか捉えることが出来る距離にある森の中に群を抜いて巨大な樹が存在していた。
「あれが世界樹かもしれないな。行ってみようぜ」
クレッセントベルトを抜けたおれたちは再び世界樹を目指して歩き出した。しばらく草原を歩いているとアルテザーン地方の魔物が出てきた。
「アルテザーンの魔物がとうとうお出ましだねディール」
「こいつらは……見覚えがあるぞ」
図鑑に載っていたのを覚えている。こいつらはロイドドラゴン、ドラゴンもどきだ。大きなトカゲのような魔物でドラゴンに似た鱗を持つことからその名がつけられた。おれたちの腰ほどの高さがあり黄色い体色に鋭い爪と牙あれで攻撃されたらひとたまりもないだろう。
「まさかアルテザーンの魔物まであの図鑑に載っていたなんて」
「それよりも弱点はどこなんだい?」
「ロイドドラゴンの弱点は尻尾だ。尻尾を落としさえすればビビッて逃げていくはずだ」
「分かった、狙ってみるよ」
ロイドドラゴンが1匹だけだ。おれたちは武器を構える。ロイドドラゴンは前脚と後ろ脚を大きく動かしながらこちらに近づいてくる。おれはロイドドラゴンの頭目掛けて剣の腹を叩きつけたがビクリともしない。
ロイドドラゴンが反撃しようと噛みついてきたがそれを後ろに跳んで躱した。その間にレイがロイドドラゴンの背後に回って尻尾を斬ろうとしたが鱗に弾かれて中々切れずに苦戦しているようだ。
レイはそのままロイドドラゴンの強靭な尻尾による強打を受けてしまい軽くふっとばされてしまった。おれの方も前脚の爪による引っ掻き攻撃を右足に食らってしまった。
傷口がジンジンと痛む。アルテザーン地方の魔物がここまで強いとは思わなかった。このままだとおれたちの旅はここで呆気なく終わっちまう。そんなのはダメだ!
だけどロイドドラゴンのパワーに敵う気がしない。ロイドドラゴンはジリジリと獲物を追い詰めるかのようにおれとの距離を詰めてくる。
おれがレイの方向を見たその瞬間、ロイドドラゴンはおれに飛びかかってきた。そのまま押し倒されてしまい鋭い牙がおれの顔を噛み潰そうとしている。なんとか喉元に剣を押し付けてこれ以上近づけまいと耐えているがパワーで明らかに押されている。
レイが近くでロイドドラゴンを引き剥がそうとしたり何やら叫んでいるがロイドドラゴンはそんなの関係なしにおれを食おうとしてくる。
あと少しで牙が届くというところで一瞬だがロイドドラゴンの力が弱くなったのを感じた。同時におれ自身に力が漲ってくるのを感じる。反撃するなら今しかない!
おれは思い切り力を込めて両足でロイドドラゴンの腹を蹴り飛ばした。するとロイドドラゴンは宙に円を描くように見事に吹き飛び仰向けに倒れた。
起き上がろうと脚をバタつかせている。おれは全身を駆け巡る温かい謎の力が無くならないうちに剣で尻尾を斬り落とした。
ロイドドラゴンは尻尾を斬り落とされた衝撃で跳ね返ってそのまま草むらに隠れてどこかへ逃げてしまった。
逃げる前にロイドドラゴンの背中に刺し傷があるのが見えた。多分レイがやってくれたんだろう。
アルテザーン地方での初戦闘を終えたおれたちは互いの肩を叩きながら笑顔で称え合う。
「ここの魔物強かったな~。おれもう食われるかと思ったぜ」
「危なかったね。それにしても最後にさ急に僕の攻撃があのトカゲに入るようになったんだよね!何でだろう?」
「おれも急に力が湧き上がってくる感じがしてさ、ロイドドラゴンを吹っ飛ばしたぜ!」
おれたちは底をつきそうな傷薬を使って傷を癒した。
「ディール、このままだと薬も無くなっちゃうね」
「どこかで手に入るといいんだけどなー」
そう言いながらおれたちは強くなるモンスターや残り僅かな薬に不安を抱えながら世界樹を目指して森の中に入っていった。
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