第5話 謎の夢

 眠っている間、とある情景が浮かんでくる。おかしいぞ?いつものあの悪夢とは違う。


 目の前には今まで見たことがない見上げるほどに高くて大きい樹が存在していた。その巨大樹をよく見てみるとどうやら幹の部分を削って出来た集落のようなものがあるじゃないか。


 夢の中でおれは自由に歩くことができた。だから巨大樹に接近してみることにした。


 近づいてみるとそこには太陽よりも輝く金色の艶やか頭髪に透き通るような乳白色の肌、特徴的な尖った耳。これはおれでも知っている…………”エルフ”だ。夢の中だから実物だとは言えないが初めて見るその姿は人間とは比較にならない程に皆、顔立ちが整っていて美形だ。


 エルフたちが何やら騒がしそうにしている。何を話しているのか気になるがどれだけ耳を澄ませても声が聞こえてこない。なんとしてでも聞いてやると集中していると突然目の前の巨大樹が炎に包まれていく。エルフたちは得意の弓を持って巨大樹の外の闇に潜む”何か”と戦っているがその正体は分からない。


 炎の近くにいても熱を感じない。


 周りのエルフは次々と闇の中の”何か”に討ち取られていきあの美しかった肌や衣服は鮮血に染まり巨大樹も焼け落ちてしまった。さらに詳しく周囲を調べていると一人のエルフが膝立ちの状態で手を合わせて何やら祈っている。近くへ行ってみても声は聞こえない。


 少しづつ夢から覚めていく感覚がする。その時、エルフの声がたった一言だけが聞こえてきた。


「誰か、お願い……助けて………………」


 簡単にかき消されてしまいそうな程の弱々しいその声は助けを求めていた。その姿におれはあの日の何もできなかった自分の姿を重ねていた。


 おれは目覚めるとゆっくりと身体を起こしてさっきまでの夢の内容を忘れないように情報を整理することにした。朝食をとる目的も兼ねて教会へと向かった。教会へと入り皆が食事をとっている中でおれはレイの姿を見つけて正面の席へと座る。


「おはよう、ディール。今日は凄い情報が入ってきたんだ」

 

 レイの話が気になるがおれはどうしても夢の内容を話したかったので後にするようにお願いした。


「その凄い情報っていうのは気になるんだけど先にこっちの話を聞いてくれないか」


 するとレイは快く了承してくれた。


「どちらにしてもここで話せる内容じゃなかったからね。ところで、ディールの話って何だい?」


 おれは夢で見た内容を覚えている限り伝えた。エルフの姿を見たことや襲われていること、助けを求めていたこと。話し終えるとレイはしばらく考え込んでから話し始めた。


「夢で見た内容がどこまで本当かというのが重要だね。単なる夢だったのかこれから起きることを示した”予知夢”なのか」

「おれは少なくともただの夢だとは思えなかった。今日まであの日の悪夢を毎日見てきたのに急に見たこともないはずのエルフが夢に出てくるなんてあり得るか?」


「そうだね……小さいころに絵本でエルフについてみたことがあるけど。確かその絵本の中では生活の拠点としている巨大な樹は”世界樹”と呼ばれているんだ。そこも一致しているとなると本当に予知夢なのかもしれないね」


 おれたちは食事を終えてひとまず自分たちの部屋へと戻ることにした。道中子供たちが遊ぶようにお願いしてきたが大事な話があると言って断った。


 部屋に入り席に着くと話の続きをした。


「それじゃ今度は僕の番だね。実はこの3年間、ずっと求めていた情報が入ってきたんだ!」


 レイは興奮気味に話している。そんなレイに圧倒されながらもおれは話を聞き続ける。


「レイがそこまで欲しがる情報って何だ?」


「このロオは外からの住民が多いから各国の情報がたくさん入ってくるんだ。各国の情勢とかどこの街が属国領になったとかこの地域は魔物が暴れて危ないとかね」


「なるほど、まさに情報は武器だもんな。それで本題は?」


「僕はカミオン帝国について探ってたんだ。どんな国なのか?軍備は?とかね。その中でも3年前に耳を疑ったのがディールの抹殺命令だよ……」


 おれに抹殺命令だって⁈カミオン帝国の奴らはそこまでしていたのか。そして、そこからの話はおれにとっては衝撃的だった。


「このことをディールに教えようと思ったけど止めたんだ。ただでさえここに来たばかりの時は元気がなさそうだったのに追い打ちをかけるみたいで嫌だったからね」


 レイの気遣いに心の中で感謝した。


「ディールの抹殺命令と言ったって名前は奇跡的に知られてなかったし内容自体も黒髪の10歳前後の少年というものだけだったらしいんだ。そしてここからが一番驚きの情報なんだよ。なんとカミオン帝国内でディールの抹殺成功の報告が出たんだ!」


「どういうことだそれ?ここにいるおれは幽霊だとでも言うのかよ」


「そこなんだよディール。カミオン帝国の奴らは勘違いしているのか知らないけどそのおかげで君への抹殺命令は無くなったんだ。つまりこれからは自由に外を歩けるようになるんだよ!旅の続きができるんだ!」


 レイの言葉におれは正直驚いた。抹殺命令がおれの知らぬ間に出ていてそして消えている。それは単純に嬉しい話だった。だけど、レイがまだ一緒に旅を続けようとしていることにおれは驚いたんだ。おれはレイに問いかける。


「旅ができるって、レイはここに残るつもりじゃないのか?」


 おれが聞くとレイは気まずそうな顔をしていた。行きたい気持ちと残りたい気持ちが半々といったところだろう。おれも心の中でレイについて葛藤していた。旅についてきてほしいしおれが旅に出た後の妖精の区をフィリスと一緒に背負ってほしいという気持ちもある。だけどこっちは半々じゃなくて8対2ぐらいで当然、旅についてきてほしいのが8だ。


 だからおれはフィリスが後継者に推薦していたことを伝えた。そのことを聞くとレイはさらに困惑してしまったようだ。


「フィリスはやっぱり悩んでいるんだね」


「だけどあの様子だと、腹を括ったような気がするけどな。おれたちでもう一度話し合ったほうがいいだろう。今日の昼にでも場を設けようぜ」

 

「それがいいね。フィリスに伝えてくるよ」


 レイは部屋を出て行った。おれの方は時間が来るまで剣の修行をすることにした。


 時間が経って昼頃になってもフィリスは帰ってこなかった。夕方になっておれは教会で小さな赤ん坊をあやしながら待っていたが一向に帰ってくる気配はない。近くの年長組の一人に聞く。


「子供たちの世話を放っておいて、フィリスはどこに行ったんだ?」


「フィリスのお姉さんなら夜までには戻るって言ってたよ」


「夜かよ!仕方ないなあそれまで待つかー」


 だが、フィリスは夜になっても戻ってこなかった。子供たちも心配し始める。あの子なんて今にも泣きだしそうだ。時間が時間なので子供たちを寝かしつけることにした。なかなか寝付かない子もいるのでシスターがどれだけ大変だったかやどれだけ凄かったかが身にしみて分かった。寝かしつけていると子供の一人がおれにお願いをしてきた。


「ディールの兄ちゃん。絵本読んでよ」


「しょうがねぇなぁ。何がいいんだ?」


「今日はねえ~リッパとベイランドの冒険がいいー!」


 やっぱりな。リッパとベイランドの冒険はいくつかシリーズがあってフォルワ大陸の子供たちの定番だ。おれは母さんに読み聞かせてもらっていたのを思い出した。思い出に浸っていると子供が本を持ってきたので読み聞かせてあげることにした。このシリーズは……『リッパとベイランドの冒険~龍の霊峰~』だ。これは一番人気といってもいい作品だ。


 内容はリッパとベイランドという仲良し冒険家が世界各地を旅する話なのだが、この作品では龍に出会った時の出来事が載っていた。山と同じ大きさの紅い鱗をもつ龍がいて人の言葉を操っていたという。そんな龍と戦って和解するまでがこの話だ。最初は楽しく聴いていた子たちは読み終えるとすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。


 おれは音を立てないようにそっと教会を後にして自分の部屋へと戻っていった。

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