第2話 フラッフィー②

 計画はいつだって"慎重に、そして順調に"だ。それが最高にクールだ。相手を殺す時もそう。仕方ないことだからな。運が無かったんだよ。俺たちを発見しちまうっていう、最悪な運勢を引いちまったんだから。俺たちだって、侵入ルートから逃走用のルートも確認し、いつ頃であれば誰も通らないか、いつ頃なら誰もいないか。ちゃんと調査するんだ。今回ばかりはちょいとうかうかしてる暇はなかったけどな。だってこんなバツグンの場所、いつ他の奴等にとられてしまうかわからない。迅速にやらないといけなかった。だから多少情報が足りなくてもいいと思った。本当に俺たちにとって最悪な時は、バラバラに逃げちまえば撒ける。

 でも不安なんかなかった。みんな高揚しているのが見てとれた。どれほどの金額が眠っているのか知らないけど、いざとなれば婆さんひとり、どうにでもできる。しかも目が見えない婆さんだ。こっちは四人。もし婆さんが怪力めいた力を持っていたとしても、油断しなければなんとかなる。それに、怪力ならジョーだって負けない。最悪、こっちには銃もある。こいつは手に入れるのに結構な時間を要した。いくらこの国が銃社会だっていっても、そんなに易々と手に入るもんじゃない。現物が手に入っても壊れてるようなやつだってあるし、撃つには弾だって必要だ。何度もジャンク品を掴まされた末に手に入れた本物の銃だ。こいつがあればたいていはなんとかなるものだ。

 決行日まで、誰も忍び込んではいないだけかをずいぶんと確かめた。

 だけど警察が来ていることもなく、俺たちは俺たちの予定通りに事を進めた。こそこそと通りの近くまでやってくると、件の屋敷が見えた。薄い青色の壁に、切妻屋根の立派な建物だ。屋根には暖炉の出口があったが、正直、使ってるかどうかはわからなかった。入り口は正面真ん中で、窓が左右対称についていた。正面側には丸い形の植木がいくつもあった。俺たちは日が落ちるのを待った。

 時間が来た。電気が消えたのを確認する。アンディが巡回の警察官がいないのを確認して、通りを突っ切った。合図を切っ掛けに、俺たちも通りを渡る。正面からはさすがに入れないから、裏側から入る予定だった。裏側は庭があり、予想より柵は高かったけど問題は無かった。まずアンディがジョーの肩に乗って高い柵の上に乗った。

「よし、来いよニッキー」

 柵の上から片手を出すと、ジョーがニッキーを持ち上げた。アンディが手を引っ張ろうとしたが、ニッキーは難なく柵の上に登ってニッと笑った。そして、庭の方へと降りた。アンディが肩を竦めて庭に降りた間に、俺がジョーに持ち上げられて柵を越えた。最後にジョーが自力で柵を乗り越えてきた。柵の中にまで入っちまえばしばらくは大丈夫だ。庭先を移動して、居間らしき場所の窓を割って侵入する。

 窓際にあったソファを踏みつけて中に入る。ソファはふかふかしていて、下手をすると転んでしまいそうだった。居間はソファとテーブル、そして暖炉があった。片隅にはテレビがあったが、箱形で、ずいぶんと古いものだった。

「目が見えないのに必要あるのかしら」

「旦那が見てたんじゃないか?」

 ニッキーはそれ以上興味はなかったらしく、ソファの一つに座り込んだ。短パンから出た生足を惜しげもなく組んで、「なかなかいいわね」とつぶやく。

「そんなことしてる場合じゃないだろう」とジョーは言ったが、気持ちはわからなくもなかった。

 懐中電灯で辺りを照らす。持ち出せそうなものはこのあたりには無かった。廊下に出る扉を慎重に探す。不意に明るい気配がして、そっちの方を勢いよく振り向く。どうやらアンディがキッチンで冷蔵庫を開けたらしい。

「D.J、この辺りのものもどうかな?」

 近づいてちらっと冷蔵庫の中を覗くと、ずいぶんと食べ物が入っていた。アジトの、小さくてぶんぶん音がして、ただの保管庫になっている冷蔵庫とは大違いだ。中古だったからな。

「いいと思うけど、まずは金を見つけてからだな。さあみんな、行くぞ」

 外に懐中電灯の明かりが漏れないようにしながら、俺たちは二階を探した。廊下に出ると、床が少し軋む音がした。こんな大きな屋敷なのに、古いというだけで注意しなくちゃいけないらしい。そのうえ絨毯も足音をすべては吸収してはくれなかった。廊下を少し進むと玄関があり、そこに二階への階段があった。軽く足を乗せて音を確認してから、急いで階段を登る。

「手分けして金庫のある部屋を探すんだ。もし婆さんを見つけられたら、金のありかを聞き出すんだ。下手に抵抗するようなら殺してもいい」

「わかった」

 それを合図に全員が廊下に散らばっていった。

 アンディはさっそく近くの部屋を開け、ニッキーは「アタシ、三階を見てくる」と小さく言ってから階段を登っていった。その反対側の部屋を開けた。ジョーは右奥へとどんどん進んでいく。三人の進む方向を見て、俺は左の奥だなと考えた時だった。そのとき、ふと何かに見られているような気がした。立ち止まり、後ろを振り返る。廊下の奥の方まで照らしてみたが、いましがた登ってきた階段も照らしてみる。

「どうした?」

 ジョーが振り返った。

「いや、別に。近くに猫がいるかもしれねぇ」

 軽く手を振って、また左側を見た。気のせいだったか。そうして、俺は廊下の奥へと歩いた。こっち側に婆さんの寝室はあるだろうか。でかい家だからか、部屋の数もたくさんある。使っている部屋はほんの少しなのだろう。もったいない。この家もどうにか俺たちで貰ってやれないものか。ひとまず近くの適当な部屋を開けた。懐中電灯で軽く照らす。客室なのか、ベッドがひとつと、棚がひとつ置かれているだけだった。少しほこりっぽい。そういえば婆さんは盲目だったな、と思い出した。それでなくとも普段使う部屋くらいしか手を入れてないんだろう。ここには何も無さそうだ。無視して次の部屋に行く。このあたりは客室がほとんどなのか、向かい側の開けた部屋もほこりっぽく、同じものしかなかった。方向的に、もしかするとジョーが見つけてるかもしれないな。不運な婆さんだ。だれに見つかっても不運だけど。


 四つある部屋はみんな同じだった。引き返していくと、さっきと同じように今度はジョーが部屋の一つから出てきて、こっちに合図をした。どうやら見つけたらしい。俺は廊下を突っ切って、ジョーが指し示している部屋に急いだ。途中でどっかの部屋から、アンディの「よしよし、猫ちゃん。そこにいるのかい?」とかいうふざけた声が聞こえた。あいつは放っておこう。

 示された部屋はまさしく寝室だった。婆さんはぐっすり眠っているようだ。俺は迷いなく中に入ると、上から婆さんを覗き込んだ。白い髪で、近くには愛用らしき杖が置いてある。人の気配には気付いたのか、ううん、と声がした。

「……どうしたの、フラッフィー?」

 猫の名前だろうか。だが残念、お前の目の前にいるのはかわいい猫ちゃんじゃない。俺は布団の上から婆さんを押さえつけて、銃口を向けた。

 婆さんはびっくりしたように目を開けた。

「だれ……」

「おっと、動くんじゃないぞ」

 婆さんの目をじっと見る。俺たちと視線が合わないままだ。どうやらどこにいるのかわからないようだ。目の前で灯りを照らし、銃口を揺らしてやったが、特に反応もなかった。視線の先にやっても同じだ。だが、額に銃口を当ててやると、ひどく怯えたように小さな悲鳴をあげた。どうやら盲目というのは本当らしい。

「ごめんなさい。私、目が見えないの。大人しくしているから……どうか……」

 もう一度銃口をぐいっと押しつける。

「ひっ……」

「金はどこだ」

「うう」

「あるのはわかってるんだ。抵抗するなら撃ち殺すぞ」

「わ、わかったわ。教えるから乱暴はやめて……」

 婆さんは怯えて縮こまっていた。いい気味だ。だが婆さんがはぁはぁと呼吸を整えている間に、突然、がたがたっとどこかで結構な物音がした。何かが割れたような音もする。

 婆さんにも微かに聞こえたのか、ビクッと体を震わせた。

 どこかで婆さんを脅かしたと思ったらしい。だが俺が意図した事じゃないし、特に計画に無かったことだ。どうやら誰かが――ニッキーとアンディのどちらかがヘマをしたらしい。婆さんには何人が忍び込んでいるかわからないはずだ。俺は一瞬廊下の方を見てから、婆さんを見返した。

「他にこの家に誰かいるか?」

 俺は敢えて聞いてやった。

「い、いいえ。私ひとりよ」

「ふん。どうだか。そこから動くなよ。見張りを置いておくから、動こうなんて思うな」

 信じてないふりをして、俺は言った。

 敢えて見張りと言ったのは、見張りが嘘だと思って動こうとすれば、きっと面白い見世物が始まると思ったからだ。婆さんが必死で逃げていく様を後ろから見学してやるのだ。そうでなければ、猫を見つけて最初にぶち殺してやればいい。婆さんに猫の死体を抱かせてやるんだ。それもまた面白い見世物が始まる予感がする。ジョーと互いに目を合わせると、俺は一旦銃口を下ろして婆さんの上からどいてやった。廊下を覗き込む。また、ばたんばたんと派手な音がした。いったい何をやってるんだ。階段を下ってくる音がして、廊下を見渡したニッキーと目があった。怪訝な顔をして俺に言う。

「いまのなに?」

「しーっ」

 婆さんに聞こえないように、俺は人差し指を立てた。

 どうやら三階にまで音が響いていたらしい。

 不思議なのは、まだばたばたと音がしていることだ。アンディのやつ、猫一匹にそんなに手こずってるのか。名前や正確な人数を知られないためにも、互いの名前は呼べないってわかってるのに。俺はまだバタバタと音がしている部屋に急いだ。

「おい、静かにしろよ。婆さんも起きてるんだぞ」

 部屋の中を照らす。

 アンディは、奇妙な恰好で後ろ向きに立ちすくんでいた。というより、膝立ちをしたままビクッと上半身を揺らした。頭を大きく横に傾げている。変な恰好だ。不審に思う以上に、不気味に思えた。

「こんなときに、ふざけてんのか?」

 アンディの体はビクッと大きく揺れた。

「あ……、が……」

「ちょっと。どうしたの? 静かにしなさいよ」

 ニッキーの声にも反応しない。

「た……、助け……」

 アンディの引きつったような声がした。もう一度びくんと揺れた。その途端、照らした先で首に穴が開いた。だらりと手が落ちる。見間違いなんかじゃない。唐突に穴が開いたんだ。それであいつの体は……ああ、くそっ、とにかく何度もびくんびくんと揺れては静かになるのを繰り返した。まるで肉食獣に食われる直前の餌みたいに。見えない奴に揺らされてるみたいに。

「な、なんなのこれ? どうしたっていうの?」とニッキーがふらふらと中に入ろうとした。

「ダメだっ、ニッキー!」

 俺はつい名前を呼んでしまった。でも、それどころじゃない。こんなの、ありえない。普通じゃない。

 俺は銃口を向け、辺りを見回す。懐中電灯で照らしても何もいない。部屋は物置になっているようで、段ボールやスチールラックが幾つも置かれていた。

 天井やラックの向こう側らしき場所にも銃口を向けた。でもどこにも敵は見えなかった。どこを撃てばいいのか俺にもわからない。でもなんとかしないと、アンディが死んでしまうと思った。死体に見えるだけじゃなくて、本当に死体になってしまう。それとももう死んでいるのか。わからない。倒れさえしなかったのだから。見えない何かに襲われているみたいだった。

 俺たちの騒ぎに気付いたのか、廊下の向こうからジョーが苛立ち紛れにやってきた。

「なんだ、どうしたっていうんだ」

 俺を押しのけて部屋を覗き込んで、その惨状に気がついた。

「おい、アンディ! ふざけるのもいい加減にしろ」

 ジョーが中に入っていって、アンディを引っ張ろうとした。その途端、床の上にまだ膝立ちをしていた体が滑り落ちて、すごい音を立てた。もう死んでいるんだと触らなくてもわかった。その目は開いたまま瞬きすらしなかったし、うつろだった。俺は色んな方向に銃口を向けたけど、やっぱり何も見えなかった。

 ジョーはその場に立ちすくんでいて、床に転がった姿を見た。それからもう一度手を伸ばした。

「あぐっ……!?」

 その手が急に止まった。

「どうした!?」

「わ、わからねぇ。お、俺の腕が……!」

 ジョーの腕は、途中から見えない穴に入り込んでるみたいに、見えなくなっていた。信じられなかった。千切れたわけでもなく、本当に見えない穴に手を突っ込んでしまったみたいに引き抜こうとしていた。何が起きてるのか本当にわからない。まるで見えない何かに食われているみたいに……。

「ああーっ!」

 引っ張り抜こうとしたジョーの腕がみちっと異様な音をたて、一気に引きちぎられた。恐ろしいことに、引きちぎられた腕の一部は、空中に浮かんでふっと消えた。思わず下の方を懐中電灯で照らす。どこにもない。落ちる音さえしなかった。

「あああああっ!」

「ジョー!」

 地面に倒れたジョーに、ニッキーが駆け寄った。

 いる。

 この場に見えない何かがいる。

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