結婚を勧められる時

 久しぶりの休日だった。実家に帰って、家族に顔を見せに来た。


「おねえちゃーん!おかえりー!」


「姉さん、元気だった?」


 可愛い妹と弟が寄ってきてくれる。母さんがお鍋を混ぜながらニコニコしている。


「アナベルが来るっていうから、好物の豚肉と豆のトマト煮込みを作ってるのよ」


 部屋の中にトマトの甘酸っぱい匂いがフワフワしている。うわぁとわたしは子供に戻ったような声をあげてしまった。


「母さんの料理好きよ。わたし、その味出せないもの。同じようにしてるのになぁ」


「その人それぞれの味が料理にも出るものよ。アナベルのもとても美味しいわよ」


 母さんがそう言ってくれるけれど、自分で作るより母さんの料理のほうが断然美味しい。


「おー!アナベル!おかえり!」


 ドスドスとわたしとよく似た茶色の髪をした父さんが来た。体格が良く、大工をしている。


「父さん、元気そうね」


「元気すぎるほどだ!ワッハッハ!」


 豪胆に笑う。テキパキと母さんが、お昼のご飯をテーブルに並べていき、皆で囲む。家族5人での食事は久しぶりだった。


 焼き立てで端っこがカリッとしたパンにバターをつけると滑らかに溶けていく。豚肉とトマトの煮込みの豆をすくってスープと一緒にフーフーと冷ましてから口に入れる。


「やっぱり美味しい」


 わたしがそう言うと母さんは幸せそうに微笑んだ。


「アナベル、おまえ、そろそろ良い人はいなちのか?」


 父さんが良い人と言い出し、えっ?とスープから顔をあげる。


「もう年頃で結婚するには遅いくらいだ。誰か好きな人や恋人がいるなら、一度会ってみたい」


 わたしにそんな人が………フッとセオドア様の顔が浮かぶ。


 ……なぜ!?なぜここでセオドア様なの!?おかしいでしょ!?頭から消す。


「わたしはお嬢様に一生お仕えしようと思ってるから、そんな人いないわ」


 母さんが困った顔をした。


「リアンお嬢様がまさかの王妃様になって驚いたし、アナベルが王妃様付きのメイドになるなんて光栄だと思うわ。でもね、普通の娘としての幸せも手にしてほしいのよ」


「姉さんが、父さんが怪我をして動けなくなった時、家族を支えてくれたこと、みんな忘れてないよ。だから幸せになってほしい」


 成長した弟がそんなことを言う。


「おねえちゃんの好きな人、見てみたいのよぅ〜」

  

 ちょっとませた妹も口を挟む。


 私は一度息を吸って吐いた。


「リアン様以上に好きな方はいないわ」


 家族がわたしの返事に残念そうな顔をした。だけど父さんが言い募る。


「もう家族の心配はしなくて大丈夫だから、アナベルは自分の幸せを考えてくれよ」


 ……ありがとうとわたしは言った。


 お嬢様のお傍にいることが幸せなんだけど、他の人には伝わりにくいのかしら……わたしは今でも十分幸せなのに……。


 休日を終えて帰るとお嬢様が、もうっ!と腰に手を当てて怒っていた。


「どうされたんです!?」


「あっ!アナベル〜!聞いてよ。ウィルバートってば、夕食一緒に食べようって言うんだけど……」


「行かれますよね?」


「ちょうど……この本が良いところで、用意がめんどくさくて、このまま行こうとしたら……」


 わたしの代わりのメイドがドレスを持っていて着てくださいよ〜と頼んでいる。


「ウィルバートは普段着でも気にしないわよ。なにせ村娘の姿で以前は………」


「お嬢様!いけません。ここは王宮ですよ?いくらウィルバート様がお優しくて、それで良かったとしても、陛下の面子というものがありますよ」


 でも……と言おうとするお嬢様に『リアン様』と名前を呼ぶと観念した。


 まったく!油断も隙もないんですから。


 ありがとう〜アナベル〜と涙声で言う同僚のメイドだった。


 やっぱりリアン様にはわたしが必要なんじゃないでしょうか?と……思うのです。

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