噂のメイドは彼の心に住む
陛下の影武者として騎士としてお傍にいるようになり、どのくらいたっただろうか?幼少の頃より危険があれば、この身を盾にしてお守りしてきた。金の髪に青い目をした綺麗な顔立ちの王。
今、その大事な陛下は一人の女性にご執心のようだ。
「今日は仕事が多すぎてリアンのところへ行けそうにないなぁ……」
書類の束を見て、悲しげに呟き、机に突っ伏すこの王、ウィルバート様は少年の頃より即位され、勇敢に戦い、国内をあっという間に掌握し、『獅子王』と国内外から呼ばれるほどの手腕を持つ。
何事も淡々とこなし、強くて完璧な王………だと思っていた。あのリアン様が現れるまでは。
「内政大好きなリアン様に手伝ってもらったらどうてす?」
「それ本気で行ってるのか?」
「もちろん冗談です」
「だよな。ますますこっちの仕事にのめり込んだら、オレと過ごす時間が無くなるだろ!?」
………え?そんな解釈ですか?ツッコミ入れたいのを我慢する。
あの『獅子王』が悲しげにリアンに会いたいな〜と言いつつ、仕事してるなんて、誰が想像つくだろうか?俺しか知らないだろうな……。
二面性を持っていたなんて最近知った。でもそんな主が前より好ましいと思ってしまうのはなぜだろう?
そういえば、王妃様と言えば、騎士の間で噂になっていることがある。
「王妃様の傍にいるメイド、美人じゃないか?」
「わかる!派手じゃないんだけど、控えめでなんか良いよなー」
「あんな人をお嫁さんにもらえたらなぁ」
「セオドア、紹介してくれよ!話したことくらいあるだろ?」
誰よりも陛下の傍に仕えているため、王妃様付きのメイドと言葉くらいかわしたことはある。だが……。
「ああ……また今度な」
ずるいぞ!おまえ!絶対今度はないだろ!?と他の騎士たちがワーワー言うのを無視して行く。
ちょうど陛下に様子を見てくるように言われたため、後宮へ入る。後宮へ入れる男性は限られている。陛下から、とても信頼されている証だと誇りに思う。
「あら?セオドア様」
噂のメイドのアナベルとドアの前で出会った。お盆の上にはティーセットが載せられ、小さなお茶菓子がソーサーの横にちょこんと添えられている。
「様子を見てくるようにと……陛下はお忙しくて来れない」
「そうなんですね。大変ですね。どうぞ」
ドアを開けると、窓辺に椅子を置き、ゆったり座って外を眺めている王妃がいた。
今日も怠惰に過ごせてるらしい。『怠惰を極める』そんな目標を掲げる変わった女性だ。
「今日もウィルは忙しいのね。それでセオドアが様子を見に来たの?」
「お察しのとおりです」
何も言わなくても説明しなくても、この王妃は色々なことを察し、見抜き、わかっている。侮れない方である。怠惰を装い、皆を欺きたいだけなのでは?と勘ぐってしまう。
「セオドアもお茶を飲んでいったら?アナベルの淹れるお茶は最高よ」
「え……?いえ……俺のような護衛が一緒にお茶を飲むというのは……」
俺が躊躇っていると、私のお茶の誘いを断るっていうの?と半ば脅迫じみたことを言うリアン様。
クスクスと柔らかく笑う声が聞こえて、その方向を見ると、アナベルがお茶を淹れつつ、湯気の向こうで穏やかな表情で微笑んでいた。
……なんて優しい笑顔をこの人はするんだろう?目が奪われる。
「セオドア様、お茶をどうぞ。リアン様はセオドア様も忙しい陛下と共に付き添われてお疲れなのでしょうと言いたいのです」
「アナベル〜!説明はいいのよ!説明はっ!」
そういうことなのか……この二人は優しい。ここに来るのは嫌ではなかった。最初は陛下の傍を離れて知らぬ女の護衛をするなど!と苛立ったが、今ではそれが嘘のようだ。
アナベルが甘い小さなお菓子と共にお茶を手渡してくれた。お茶を口に含む。カリッとお菓子も口にいれる。
「………美味しい」
「そうでしょう!?アナベルのお茶は世界一なのよ!」
リアン王妃様が自分のことのように得意げにそう言う。ニコニコとその王妃を微笑ましそうに見ているアナベル。
……この人は俺と同じなのかもしれない。同じ空気を感じる。主人を何よりも誰よりも大切に思い、仕えている。
似てる……俺と似ている。
そんな彼女が気になりだしたのは必然的だったのかもしれない。
お世辞ではなく、お茶も今まで飲んだ中で一番美味かった。
アナベルの茶色の穏やかな目が、俺の視線に気づき、どうしましたか?と首を傾げた。
誰かに紹介なんてしたくないな……そう思ったのだった。そして俺にも、その柔らかな笑顔を向けてくれる日が来ないだろうか?いや、さっきから、なんてこと考えてるんだ!?
俺は慌てて、お茶を飲みほして、ごちそうさまでしたと挨拶して部屋から出たのだった。
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