第43話 宗方奏上日向、3Dで参る・2
突然の暴露に、コメント欄も困惑。スタッフも声だけで演じていたコウスケ先輩は焦り出す。見学をしていたハル君とミクちゃんは笑いを堪えていなかった。
俺のマイクはまだONになっていない。準備をするのが大変だからとあらかじめマイクは付けられていたけど、スタッフさんか俺がスイッチを入れないと俺の声は配信に乗らない。つまり弁明が無理ということ。
その間にも宗方先輩は台本にない攻撃を繰り返してくる。素早い三連撃に、足を活かした距離の詰め方。これ、縮地とか呼ばれる武道の高等歩法じゃないだろうか。剣を大振りに振って強引に距離を稼ぐが、宗方先輩の攻め攻めな様子は変わらない。
『言われてみれば、コウスケってあんなに動けたか?』
『じゃあリリの替え玉ってこと?』
『有り得る。こっちの世界に来てかなり鈍ったって言ってたし』
『宗方もコウスケもめちゃくちゃ速いんだけど⁉︎カメラ切り替わりまくって何が何だかわからん!』
『これマジの斬り合い?CGとかじゃなく?映画とか超えた戦闘をVtuberがやるなよ』
『うおー!リリ頑張れー!』
『霜月エリサ:え、本当にリリ君なの⁉︎』
『水瀬夏希:リリちゃんやっちゃえー!』
『リリの同期もよう見とる』
『2人も知らなかったんかい』
水平切りをしたのと同時にバックステップ。距離を取った瞬間に首元のマイクのスイッチを入れる。これはもう緊急事態だからしょうがない。
というか、お披露目をしてる本人が段取りを吹っ飛ばしたんだからこれくらいは許して欲しいんだけど!
「まさか変化の術を見破るなんて!でも、負けられるかああああ!」
「その心意気や良し!いざ、尋常に勝負!」
『まだキャラ保つんかい』
『本当にリリの声だ。なんで替え玉なんて?』
『後でコウスケが説明するっしょ』
『リリどんまい』
「グボオオオッ⁉︎」
さっさと終わらせるためにタイミングを見計らって宗方先輩の十字を象った連続斬りを受けたことにしてゴロゴロと後ろに転がる。え、終わり?とでも言いたげな驚いた表情を当の本人がしていたけど、本来だったら宗方先輩の必殺技みたいなものを受けてその場に倒れて終わりにする予定だったのに。
強引に終わらせるなら見えやすい終わりが必要だ。演劇のエチュードとかもオチがあるなら終わりだとわかって次の劇に行ける。
ここでスタッフさんが蓋絵にしてくれたらしい。俺は転がったことで3D用の機材が壊れていないかのチェックを。コウスケ先輩は言い訳を考えて次のコーナーの準備をし始めてくれた。
なぜかミクちゃんもこちらに近付いてくる。
「絹田さん。お怪我はありませんか?」
「あー、大丈夫だよ。ちょっと機材が身体に当たって痛かったけど」
「ふふ。無茶をするんですね。じゃあおまじないです。痛いの飛んでけー」
よく子供にするようなおまじないだ。腰のあたりに触れながらそう言われると、なんだか身体が軽くなった気がした。
「おまじないって、オカルトを扱ってるミクちゃんに言われると本当に効果があるような気がしてきたよ」
「終わった後に痛い場所には湿布を貼ってくださいね。放置が一番悪いんですから」
「痛かったらね。まだ若いから大丈夫だと思うけど」
「若くても無理をしたら身体の内側が悪くなるんです。不摂生はしないように」
「ご忠告痛み入ります」
Vtuberなんて不摂生の極みだ。長時間座りっぱなしだし声は出し続けているし、深夜まで配信をしていることはザラだ。それに食事も配達サービスのものに頼っていたりもする。俺はそんなことのないように自炊もある程度しているけど、世間的には不摂生だろう。
蓋絵を開けるようなので俺も準備をする。最初はコウスケ先輩と宗方先輩に任せて大丈夫らしい。
「はい、というわけで蓋絵開けなわけだけど。弁明させてもらうぜ。俺はこっちの世界に来てから異世界での能力が封じられてるんだよ!宗方と戦ったら死んじゃうって!」
『言い訳乙』
『魔法とかも使えないって言ってたな』
『じゃあそんな宗方とやりあってたリリはどうなるんだ?ただのタヌキだぞ』
『リリは普通のタヌキじゃないだろ。霊験あらたかなタヌキ。つまり神獣だ』
『え?リリを神様として崇めてる人間がいるってマジ?』
『その神様、さっき人間にボコされてましたけど……?』
今は袖にいるのでコメントも見えるが、何で俺を神の遣いか神に仕立て上げようとするリスナーがいるんだ。それを言ったら宗方先輩の方が人間離れした戦闘能力だぞ。徐々に速度とか上がっていったし、まだ底じゃないと感じた。
なんかリミッターを少しずつ外していって、相手の限界に合わせていた感じ。ちなみに俺は全力だった。あれ以上動けない。殺陣をあんなに長くやったことはなかったし、本職でもない。役者崩れにそこまで期待しないでほしいんだけど。
俺が神様扱いされているのがツボに入ったのか、ハル君とミクちゃんがずっと笑ってる。
「いやいや。信仰を受けるのはどんな気持ちだ?絹田君」
「リスナーの悪ふざけだと思いますよ?そもそも神様って祈ったから何かをしてくれるわけじゃないでしょう?」
「いや?恩には恩を、
「ええ〜?現代でも?」
「もちろん。だからもし恋愛で困ったらウチの神社に来るといい。日本最高神の一柱がきっと叶えてくれるよ」
「恋愛は自分の手で切り拓きたいので。間に合ってます」
恋愛まで神様頼りはなんというか、情けない。だからできたら自分の手でどうにかしたいと思う。
まあ、他人の恋愛ごとによって受ける皺寄せが来ないようにって祈るのはアリかもしれない。それで俳優の時は色々と台無しになってしまったんだし。
「そうですか。なら子宝祈願と安産祈願のお守りもありますので結婚を考える方ができたら是非。それも恋愛の一種ですから」
「延長線上も網羅してるんだね。もしそういう女性ができたら行くよ」
「お待ちしてますね」
ハル君とミクちゃんとそんな戯れの会話をしつつ、宗方先輩が暴走したことに対する謝罪をしたのも見てステージに上がる気持ちを作る。ここからはまたリリを演じる。コウスケではなく住吉という中の人でもなく、絹田リリだ。
宗方先輩が「どっちがどっちでしょー。見極めろ!」というコーナー名を告げたので俺も出て行く。今度は宗方先輩の姿が画面には映っているはずだ。
「本来だったらここで紹介するはずだったんだが……。リリ!出番だぞ!」
「はい。さっきぶりです。絹田リリです。コウスケ先輩の影武者を務めさせていただきました。宗方先輩は反省してください」
「すまなかった、リリ殿。あそこまで力を出して追いすがることができる現代人がいるとは思わなんだ」
反省はちゃんとしてるっぽい。けどその言い回しはキャラ設定を守っているからなのか、素なのかわからない。ハル君たちの護衛である人たちも現代人のはずで、その人たちとは何度も戦っているはずなのに。
その白髪といい、どんな人なんだろうか。宗方先輩って。
「今度は宗方の姿に化けて出てもらったけど、今から2人にはお題を出してその動きをしてもらう。本物の宗方をリスナーに当ててもらうっていうのが趣旨だな。アンケートを実施するからリスナーは準備をしておいてくれ」
『定番っちゃ定番か?』
『さっきのリリの動きも凄かったからな。見分けむずそう』
『いや、でも宗方の動きも人間離れしてたし……。お題によってはわかりそう』
「じゃあ早速第1問!刀の素振り!これはな、さっきのデモもあるからわかるかも」
短い時間だけ蓋絵にして俺と宗方先輩は立ち位置を変える。立ち位置でバレるというメタ要素を排除するためだ。
蓋絵が開けてすぐ。司会に回っているコウスケ先輩の掛け声で俺は構えていた刀で袈裟斬り。その後剣道のように残心をしてまた正中に構えた。
隣の宗方先輩は鞘に入った状態から抜刀。3回ほど刀を振った後にまた納刀していた。
『うーん、わからん!』
『そもそも初3Dで宗方の癖とかも知らんし……』
『素人目で見てもすげえとしか言えねえ』
『さっきも思ったけどトラッキング技術凄くね?刀の軌道もしっかり見えるやん』
『勘で答えるかあ』
「声出してもバレるからなあ。俺1人で回すのって結構むずくね?宗方が刀には
『お前は異世界だとこれ以上だったのか?』
『魔王倒したんだろ?ドロッセルに聞けばわかるか?』
『ゴートンだったらボロカスに言いそう』
「絶対にアイツらだったら有る事無い事言うから信用するなよ!」
コウスケ先輩がコメント欄とわちゃわちゃしている間にアンケートの締め切りと集計が終わったらしい。その結果が画面に出て、俺たちにもカンペでアンケート結果が見せられる。Aが46%、B54%だった。ちなみにBは俺だ。
わからないもんかな。趣味とかなら雑談でも話しているだろうけど、動きを知られているわけではないだからリスナーとしても難しかっただろう。
「アンケートの結果Bが本物の宗方ということだが……。正解は、A!Bはリリでした〜」
「残念でした〜。ほらほら、こんなこと宗方先輩はしないでしょう?」
「うおっ、いきなりキメキメのダンス踊るなって!確かにキャラじゃないけどさあ」
「やらないというよりやれないが正しいぞ、コウスケ殿。我は踊りなど教わったことがない」
宗方先輩のキャラ的に絶対やらないことをやって俺がリリだと証明する。
そんな感じで何度か立ち位置を変えたりしてお題をこなしていく。せーので高くジャンプするとか、腕立て伏せをするなど、段々宗方先輩の動きの癖がわかってきたのかアンケートの正答率が上がってきた。
5問目。「スライディングをしろ」というお題に俺は頭から滑るヘッドスライディングをしたのだが、宗方先輩はスライディングがどんなことかわからなかったのか俺の動きを見て遅れてヘッドスライディングをする。
遅れたのもそうだが、どう滑るのかわからなかったようで頭を思いっきり床にぶつけてのたうちまわっていた。そのバタバタとする姿から確実に遅れた方が宗方先輩だとわかるはずなのに、97%と3%でアンケートの結果が別れていた。
「いやいや、明らかBの遅かった方が宗方だろ⁉︎逆張りでもしたのか⁉︎」
『リリならそれくらい演技でやりそうだなって』
『役者魂が爆発したとか』
『バタバタしてるのがリリだと妄想してご飯3杯食べた。今この情熱をペンタブにぶつけてる』
『そもそもヘッドスライディングを選択するのがリリらしくなかった。あれってやるより駆け抜ける方が速いんだぞ』
「あちゃ〜。僕の性格を読んでの回答でしたか。まあ、正解には変わりないし良いのでは?」
どっちでしょーのコーナーは好評で終わっていった。最後に俺とコウスケ先輩が剣技でどっちかを当てるクイズをやったが、アンケート機能では逆張りなどがあるのでありえないと思えたまさかの正答率100%を達成した。
全員がコウスケ先輩を当てられたのだ。その理由は酷かったが。
『リリの方が太刀筋がしっかりしてる』
『振り終わった後の姿勢が桁違い。現代社会とはいえ身体は鍛えた方が良いぞ』
『後で改善案をDMで送るわ。3Dでのライブとかで踊ったり剣技を披露するシーンも増えるだろうから早い内にこの世界に順応した方が良いぞ』
『吹上オーフェリア:どうしてコウスケ様は悪い意味で評価を得てますの……?』
『ゴートン・リゾマータ:カラグリオットの評判を下げるな』
『ドロッセル・アン・バルス:彼に頼るしかなかったのが我が国の実情ですから……』
『先輩方勢揃いじゃねえか』
どっちでしょーも終わり、ここからは宗馬先輩に進行をバトンタッチ。ここからは同期の時間だ。
宗馬先輩はコメント欄でやってほしいポーズを募集して、そのポーズを宗方先輩が実行していく。いわゆるスクショタイムというやつだ。好きに撮影をしてSNSで発信してねという時間。
そんなわちゃわちゃした時間も終わり、台本にない人物が現れる。
1期後半組最後の1人。Vtuberとしての活動はかなり少なく、本職を優先するような人。でもエクリプス的にはとても重要な人物。
ネムリア・ファムタール先輩だ。
「母上!まさかわざわざ東京に?長野からの長旅お疲れ様でござる!」
「こら!他人の住所を勝手に言わない!私は公表してるから良いけど、他の人の住所を言ったらダメだからね?」
「む、そうだった。ねっとりてらしーというやつでござる。母上、済まない」
「ソウくんは結構ネットのマナーがわかってないからなあ。次からは気を付けるように」
「うむ」
宗方先輩がなんというか年相応になった気がする。10代には見えない貫禄があるが、ネムリア先輩と関わる時だけは精神年齢が下がっているように見える。
ネムリア先輩は宗方先輩のデザイナー。Vtuber業界的にはママと呼ばれる。デザインを産んでくれた人だからママで、男のイラストレイターもママと呼ばれる変な風習だ。
ネムリア先輩は20代で宗方先輩との関係性は姉と弟という年齢差のはずなのだが、こうして見ると本当の母と息子のように見えてくる。
ネムリア先輩の中の人がおそらく身長が140cmギリギリで現実で見ると兄と妹にしか見えない、ということを知っているのは同じ事務所の人間としての特権だろう。
それとソウくん、なんて凄いところから抜き取ったあだ名だな。
「ソウくん。3Dおめでとう。私がやったことはとても小さなことで、ソウくんはきっとどんな姿でも活躍できたと思う。でもこうしてVtuberとして大きな新しい一歩を踏み出して、こんなにも多くの人に応援されて。そんな人を息子って呼べるのは凄い光栄なことなんだと思う」
「そんなことござらん!母上でなければこの再現度はできておらん。この袴とか、刀の拵えとか、とても丁寧に描いてくださったのは百も承知だ!誰でも良かったなどとは一切思わん!母上は遠い場所から今日のために駆け付けてくださった!そんな優しさを持っている大切な人を誰でも良いなどと宣うほど耄碌していないぞ!拙者は母上が母上で良かったと思ってる‼︎だから母上、そんな一方的なことを言わないでくれ。この身体をくれたのは世界に母上しかいないのだから」
ここはきっとリスナーと俺たちの間で隔意があるな。俺たちは中の人と宗方先輩のビジュアルがほぼ似通っていることを知っている。だからネムリア先輩はそんなに貢献していないと思うのだろう。
だからって確実にネムリア先輩のタッチは立ち絵の中に現れているし、公式立ち絵の格好良さと静謐さはネムリア先輩が和のテイストにも造詣が深いからだろう。新衣装の数々を描き下ろしたのもネムリア先輩でその貢献度は計り知れない。
俺たちVtuberはイラストレーターさんが絵を描いてくれないと活動なんてできないわけで。それを考えるとネムリア先輩がいないとVtuberの
活動ができていたこの1年間を否定するような言葉を言われたら、宗方先輩も必死に言い返すだろう。俺だって反論をする。
「拙者は父親はいたが、母親は知らぬ。だから母上のことは本当の母親のように思って……!」
「重い重い⁉︎社長が父親代わりとも聞いてるけど、あくまで息子のような子だよ⁉︎」
「宗方っち。流石にそれはネムリアっちのファンに怒られるよ?」
「うん?だが拙者は母上の息子だろう?」
「宗方っちは本当に……。一般常識から教えるか?」
「お願いします。宗馬さん」
「何言ってるんですか。ネムリアっちも一緒に決まってるでしょ。同期でママなんだから」
「ん、勉強は好きでござる。今度勉強会を配信でするのもよかろう」
同期だからこそ話がポンポンと決まっていく。
これからのこと、直してほしいこと。そういうのを語っていった後に時間が来てしまったからと配信が終わりを迎えた。歌がないことにコメント欄はガッカリしていたが、お披露目配信としてはネタがかなりあって撮れ高としては十分じゃないだろうか。
宗方先輩はネムリア先輩と宗馬先輩とご飯を食べにいくようだ。俺は終電もあるので帰ることにする。
ハル君とミクちゃんは親戚の家に泊まるようでタクシーで帰っていった。
エクリプスとしてはデビュー順に3Dを作ってもらえる。俺も1年後とかになるだろうな。
そして日付が変わった後。エクリプスの公式配信から4期生のデビューが告知された。宗方先輩のお披露目と新人発表の2つでトレンド入りをして、一層エクリプスへの注目が集まった。
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