第42話 宗方奏上日向、3Dで参る・1

 今日は宗方先輩の3Dお披露目の日。そのため今日は1日配信はお休みをいただいた。事前告知はしていたんだけどSNSの返信欄などに「朝の楽しみがなかった」とか「曜日的に大丈夫だと思ってたのに」というコメントがあった。


 昨日の配信の際に明日は丸1日お休みですと言っておいたけど、毎日配信を生で見られるわけでもないし、アーカイブを追い切れない人もいるだろう。


 チャンネルに遥か未来で配信開始する、サムネだけ用意した予定表とかやってみようか。変更があったらサムネだけ変えておいて配信開始さえ押さなければチャンネルに来てくれれば1週間の予定が見れるというもの。SNSに一々上げなくて済むし、楽かもしれない。


 エクリプスの先輩方もそういうライブ配信の上手い使い方をしている人もいる。予定表以外にもボイスの販売情報とか、感想募集掲示板の代用だったり、やってほしいゲーム募集枠とかを用意している人もいる。活用方法は人それぞれだ。


 俺も何かやるべきだろうか。ちょっと考えておこう。


 お披露目自体は夜なのだが、最終打ち合わせなどをするためにお昼の3時には事務所集合になっている。


 俺は空いた時間で気になっていた漫画を読んだり『ソラソラ』のデイリーを消化したり、他の先輩方の配信アーカイブを覗いたり切り抜きを見たりしてゆっくりと過ごした。


 お昼ご飯も食べて事務所へ向かう。今回のお披露目は本人である宗方先輩と俺、コウスケ先輩と宗方先輩の同期である宗馬先輩。基本はこの4人で1時間ほどのお披露目配信をする予定。


 お披露目配信となると一大イベントなので他の人たちは同じ時間に配信をしないことになっている。その前に配信をして3D配信を宣伝するか、終わった後に感想を言いつついつものように配信するかのどっちかだ。


 ちなみに、このお披露目配信で誰が出るかは完全にシークレットとなっている。俺が出ることを知っている人は関係者以外いない。ライバーは全体チャットでの募集があったので知っているが、それだけ。リークなども見られないのでちゃんとサプライズになるだろう。


 俺がいつも休みをいただく曜日ではなかったために出るんじゃないかと予測している人も中にはいるが、そんな鋭い人にわざわざ正解とは教えてあげない。本番になって当たったと喜んでもらうだけだ。


 今回のお披露目だが、3Dお披露目として鉄則の生歌はない。宗方先輩が歌が苦手ということで一切なし。その代わり体力自慢なので結構肉体的な内容ばかりだ。俺としては演舞の後はガヤ要員だと思ってる。一応1つメインコーナーはあるけど、それだって長時間やらない予定だ。


 俺には3Dの肉体がないからな。そこはコウスケ先輩の役目だ。


 今回のお披露目の一番の目玉は宗方先輩の演舞だ。実際に刀を振り回していたことがあるということでオープニングに演舞をするわけだ。


 そこで俺がちょっと相対する。こここそ宗方先輩が張り切っているところなので俺と宗方先輩で殺陣の内容を再度確認していた。


「うむ、バッチリだ。さすがはリリ殿」


「いえいえ。昔取った杵柄ですよ。でも本来殺陣って寸止めが基本ですよ?しっかりと当てちゃって良いんですか?」


「そのりあるこそ、見栄えになると思う。だからどこどこやってしまおう。刀でそのような太刀と鍔迫り合いなど、本来はできないが見栄え重視なためそこは許容する。我の日本刀とコウスケ殿の太刀が特殊だったということで飲み込んだ」


 妥協案でリアルさを求めてリアルではあり得ないことをする。この矛盾が俺たちVtuberなんだろう。


 木製なためにカンコン鳴ってしまうのだが、そこは音響さんに合わせるSEの音を大きめにしてもらうことで音に乗らないようにするという強引な解決方法を取った。そのため俺は宗方先輩と音響さんに合わせた動きをしなければならないのだが、結構な数を練習したので今では一回もとちらない。


 最終チェックも終わって早めの夕食を食べてしまおうとどこに配達を頼もうかなんてスタッフさんと話していると社長がスタジオに入って来た。


「おーい、お前さんら。食事とか頼んでないよな?セーフ?今から特上弁当が来るぞー」


「え、まさか社長の奢りっすか⁉︎元から経費で落とそうとはしてましたけど!」


「奢り、になるのか?古くからの知り合いの方が手作り弁当を作って来てくれてな。お2人さん、どうぞー」


 社長が誰かを招き入れる。スタッフさんもカメラさんや音響さん、ディレクターや配信画面を映す人など20人以上いる。そんな大人数のお弁当を作るなんて大変じゃないだろうか。人数が多すぎたからこそファストフードにしようかと話していたところだ。


 社長の後ろから大きな包みを持った金髪の少年少女が入ってくる。染めているわけではなく、自然にその色になったかのような綺麗さ。少年の方は叡智を感じさせるような鋭い藍色の瞳を、少女の方は稲穂を思わせるような暖かい黄金色の瞳をしていて一見日本人には見えない2人組だ。


 本人たち曰く純日本人だという話だが。俺からすれば外国の血が入っているんじゃないかと思ってしまう。


 というか、俺の知り合いだった。社長の知り合いとか世間は狭すぎるだろう。


「おお、ハル殿とミク殿!まさか我のお披露目のためにお弁当を?かたじけない!」


「お疲れ様、日向君。さあ、ミクと金蘭きんらん瑠姫るきの手作りだ。存分に食べてくれ」


「スタッフの皆さんの分もありますからね。もし余ったらここに居ない事務所の皆さんで分けてください」


 ハル君とミクちゃんがテキパキと配膳をしていく。スタッフさんやコウスケ先輩、宗馬先輩は物珍しく近寄っていたが、俺の最大の疑問は解決しない。


「え、いやいや待って。社長が知り合いなことにも驚いてるのに、宗方先輩まで?ハル君とミクちゃんって改めて何者なの?」


「うん?リリ殿も知り合い?まさかそっち案件だったのでござるか?」


「そっち案件?」


「日向君。住吉すみよし君、じゃなくて絹田君とは彼の母親とウチの家系でちょっとご縁があってね。君たちのような関係ではないよ」


「そうでござったか。いやはや、リリ殿の運もそちらよりの案件かと納得しかけたが、杞憂であったとは。では改めてご馳走でござる」


 宗方先輩はハル君の説明で納得したようだが、俺はさっぱりだ。そっち案件って何?彼らは除霊師とかそういう家系じゃなかったのか。


 宗方先輩は同年代ということでまだ理解できる。けど社長とも知り合いだというのは除霊関係で知り合ったのだろうか。関係性が全くわからない。


「ハル君たちって本当に高校生なの?人脈広すぎない?」


「まあ、ウチはオカルト関係で割と手広くお仕事をしてるからね。社長さんとはそういう除霊関係。日向君も同じような案件で知り合った感じ。ウチの難波なにわ家ってその手の筋ではかなり有名なんだよ?」


「へえ〜。でもわざわざ京都から来てお弁当を届けに来たって、かなり過保護じゃ……?」


「日向君は特殊な例だからね。俺たちも直接見たかったんだよ。彼が白髪なのはそういうオカルト関連で。彼も絹田君も元気そうで良かったよ。2人ともこのVtuber業界で楽しそうにしてて安心した。最近の日々の楽しみなんだ」


「そう言ってくれるのはありがたいよ」


 俺が無名の役者の頃からのファン。そんな高校生たちが楽しんでいることはVtuberになって良かったと思える一因だ。


 なんというか、世間って狭いなとつくづく思う。そして結構長い付き合いの高校生2人のことを案外知らないんだなとも思った。


「金蘭さんと瑠姫さんって?」


「ウチの使用人。料理をさせたら右に出る者なし」


「そういえばお手伝いさんがいるようなお坊ちゃんだった……。確か護衛もいるんだっけ?」


ぎん殿と銀郎ぎんろう殿の話でござるか?どちらも日本刀の扱いが素晴らしく。もう一度斬り合いたいものだ」


「え?斬り合う?」


「それは許可しないよ、日向君。見ているこっちが不安になる」


 お稲荷さんを頬張りながら宗方先輩が会話に入ってくる。斬り合うって今回みたいなチャンバラだろうか。それとも……。今って免許を持った人は真剣術を指導できるみたいだし、そういうのだろうか。


 どうやらお弁当は絶品だったようでなくならないように俺も争奪戦に加わる。和食がメインのようで野菜を和えたものや魚の照り焼き、綺麗な出し巻き卵など色合いも良いお重の中身は俺が全容を知ることなく既に半分以上が食い散らかされていた。


 俺もなんとか自分の分を確保して食べる。うん、初めて食べたけどそれぞれ丁寧に作ったのがわかるほど味が染み込んでいる。出汁とかも凄く気を遣っているのかしつこくはないけど下味として機能している、まさしく絶品としかいえないような品ばかり。


 これ、使ってる食材もめちゃくちゃ高級なんじゃないだろうか。特に魚。こんなに美味しい切り身と照り焼きは食べたことがない。素材の味がしっかりしている。


 和食をそもそもちゃんとしたものとして食べたことがないので高級だろうなんて予測しかできないけど、これが手作りなんてお店でも開いた方が良いんじゃないだろうか。そんな凄腕の料理人を使用人として雇っている本家が凄いと言うべきだろう。


 ある程度食べたのか、ハル君と宗方先輩が2人で話しているのを見てコウスケ先輩と宗馬先輩がやって来てハル君とミクちゃんのことが気になるようだ。


「あの2人って、除霊師?有名なのか?っていうか日本人?」


「界隈では。二人とも純日本人らしいですよ?あの髪色と瞳の色は生まれつきらしいです」


「あの2人は、カップル?」


「婚約者です。お互いの家公認ですよ」


「おお、婚約者……。そんな制度まだこの現代日本に残っているのか。すっげえファンタジーみたいっすね」


 昨今珍しい婚約者だ。それだけの良家とも言える。


 ただの名前だけの関係ではなく、そこらへんのカップルが裸足で逃げ出すレベルのイチャイチャっぷりだ。そのまますんなり結婚するんだろうなと思えるような2人。


 オカルト関連の専門家だからこそ聞いてみたいことがある。俺のおかしな運についてだ。


「ハル君。ちょっと俺の運について聞きたいんだけど……」


「クリティカルマンのこと?あれは単純な話、運の振り幅が一回最低値になってしまったからそこから這い上がってるだけのこと。で、その揺れ幅が大きすぎて君の運が悪かったりとてつもなく良かったり、周りの人にお裾分けしたりしちゃってるだけ。君の運の総量はちょっと君の身体だけじゃ受け止められない」


「運の総量……。やっぱりオカルトじゃ?」


「まあ、オカルトだろうね。そういう意味では俺はかなり運が悪いし、ミクはかなり運が良い。試しに何かのガチャとかを回してもらうと良いよ。本当に凄いから」


「へえ。じゃあちょっと回してもらおうかな」


 ミクちゃんに断ってスマホを渡し、『ソラソラ』のガチャを回してもらう。ちょうど10連ガチャを回せる分の石はあったので最新のガチャを引いてもらった。


 そのガチャでなんとピックアップ対象の2キャラを引き、更には星5のキャラの俺が持っていない恒常キャラが1体。星4キャラ1体と星5キャラ2体は、普通に神引きだ。


「「「おおお〜〜〜!」」」


「もう、ハルくん。わたしの運で遊ばないでください。わたしが干渉して絹田くんのバランスが崩れたらどうしてくれるんですか?」


「このくらいなら大丈夫だよ。ああ、そうだ。渡そうと思ってたお守り。改めてあげるよ」


 スマホと一緒に赤いお守りを貰う。赤い布袋に包まれたそれは白い糸で「恋愛成就」と書かれていた。なぜそこで運気上昇とかではないんだろうか。


 そもそもこの業界にいて恋愛成就は如何なものか。


「欲しいとは思ってたけどまさか恋愛成就なんて」


「悪いけど、我が家が祀る神社の神様がそういう系の加護しかもたらさないからそれしかお守りは置いてないんだ。効果のないお守りは置いてもしょうがないのさ」


「加護とかわかるものなの?というか、神社もあるんだっけ?」


「神主の家系で、除霊の方がオマケなんだよ。京都か栃木の那須塩原に来たら教えて。場所教えるよ」


「2つあるの?」


「京都が本殿で、那須塩原が分社になるね。どっちも観光地だから企画とか、それこそ彼女とのデートとかで来なよ。都合が合えば案内もするし」


 最近のVtuberは旅行企画で出かけたり、それこそ頭にカメラを付けて色々な場所に行ったりしてるからな。有名なところだとゴーカートで遊んでいる動画をライバーさんが出していたりした。本当に活躍の場が幅広いというか。


 ハル君とミクちゃんはそのままスタジオでお披露目配信を見学するようだ。俺も時間が近付いて3D配信用の機材やマイクを身体に付けていく。


 そして、配信が始まった。


 後ろ向きの宗方先輩が振り向いたのと同時に腰に下げた日本刀を抜き一閃。夜の江戸のような光景を背景として映し出し、そこに現れた今日用に用意した怪物たちが一刀両断にされていく。


 その殺陣の予備動作が終わったことで俺がカメラに映る場所へ入る。


「剣での決着を。コウスケ殿」


「おうよ!」


 俺は声を出さず、コウスケ先輩が脇から返事だけをして殺陣が始まる。最初の一撃は俺の上段からの大剣による振り下ろし。それをバックステップで避けた宗方先輩は俺の左側面へ潜り込んでくる。下からの掬い上げを上半身を反らすことで避けて、続けてきた振り下ろしの一撃は大剣の腹で受け止める。


「おおおっ!」


 大剣で押し飛ばすのと一緒に右足による回し蹴りをするが避けられる。そこから何度か剣によるぶつかり合いが起きた。どちらかというと俺が防戦。宗方先輩の速度に翻弄されている形だ。


 次は水平切りが来る、と身構えてたら突きが出てきた。それを辛うじて身体を右に流すことで避けたが、今のは危なかった。


 というか、予定では突きなんて一回も入っていなかったはずなのに。俺が間違えたかと思ったけど、これは多分宗方先輩のアドリブ。殺陣でのアドリブは怪我をするから絶対にやっちゃいけないというのは、あくまで演劇での常識で他の人は知らないか。


 どうする?と思ったのは一瞬。宗方先輩が台本から外れた行動をしてきたのでこちらで対応するしかない。音響さんも音を合わせられないだろうからあまり鍔迫り合いはせず、絶対に避けられるような大振りの攻撃をするしかない。


 もう全部の行程が外れてしまった。だから蹴りとかは危ないからやりたくないのに宗方先輩の方が蹴りも拳によるフェイントも入れてくる。蹴りを足で止めて、拳も掌底で受け止めて、剣だけは合わせないようにする。


 仕切り直しの意味も込めて最後にやろうとしていた大剣による袈裟斬りの三連続斬りをして強引に台本に戻ろうとする。


 二撃目の回転斬りを避けたところで宗方先輩がニィと笑ってとんでもないことを口走った。


「ハハハハハハ!最高でござる、リリ殿・・・!もっと、もっと!本気の勝負を!」


 ここでネタバラシ?いやいやそれも早すぎる。本来ならずっと秘密にして次のコーナーで俺が参加する予定だったのに。


 この殺陣、どうやって終わらせればいいんだ⁉︎

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