第10話 男性コラボ

「ねえ、リリちゃん。エリーに連絡つく?配信休むって告知もないし、この時間に電話できなかったのは初めてで……。既読もつかないし」


「やっぱり昨日の配信でコメント欄がちょっと荒れたことが問題なのか……?内容自体は問題なかったとは思うけど、人狼ゲームなら正直あれくらいは普通、のはず」


「ちょっとSNSでも誹謗中傷がエリーのところに多くなってるからそれでやられちゃったのかも……」


 今日のコラボの前に水瀬さんから電話がかかってきたからなんだろうと思ったら昨日のコラボ配信以来様子がおかしい霜月さんのことだった。いつもだったら夕方による配信するものについての告知をSNSでするのにそれがない。日曜日は見てくれる人も多いから休むとも思えないからおかしいと水瀬さんが思うのはおかしくない。


 マネージャーさんからもFOR三人に向けての誹謗中傷フォームへの投稿が多いと連絡があったばかりだ。Vtuberをやる上で多少の非難は受け入れているけど、それにしたって俺たち三人の場合は些か多い。俺のせいだろうか。


 炎上するほどのやらかしをSNSや配信でした覚えがない。要するに言いがかりが大半だから無視が基本だ。つまらないとか辞めろくらいの暴言は先輩たちももらうらしいので気にしないことが一番の対処法だ。


 ただ霜月さんはなんというか、こういう誹謗中傷を真面目に受け取ってしまいそうな人だ。何回かしか会ってないが俺たちの中でも大人だからと責任感を表に出していた。そういう人は責任を負うんじゃなくて責任にプレッシャーを覚えてしまう人だ。そして何かをやらなければならないと強迫観念に駆られているような人のように見えた。


 今回のことも多分真剣に受け止めてしまって、それで精神に来た、のかもしれない。


「水瀬さん。もしかしたら寝てるだけかもしれないから連絡が来るか待ってみてほしい。あれだけ長時間配信をしてるんだから疲れが出てもおかしくはないから。その上でできたらいつも通りに配信をしてほしい。今日は配信をする?」


「うん。リリちゃんのコラボと時間が被るだろうけど、お絵かき配信するつもり。ねえ、リリちゃん。エリー大丈夫だよね……?」


「明日は俺が確認してみるよ。水瀬さんは配信のことと学校のことに集中すること」


「わかった。お願いね」


 水瀬さんとの電話を切った後に、コラボ配信の準備をしつつ並行でパソコンで霜月さん周りの暴言などを調べる。エゴサをしたってどうせ叩かれているんだろうなってわかり切っている俺は俳優の頃もVtuberになってからもしたことはなかったけど、今回は同期の話だから別だ。


 俺は元事務所のバカ女のせいで事務所ごと叩かれていた。俺が名指しされたことはほぼなかったが、事務所の名前で調べたら事件発覚後はずっと罵詈雑言が書かれていたことがある。今だってタヌキになったって女二人に囲まれていることに変わりないとか、どうせ裏では手を出しているとか散々な書き込みも多い。


 霜月さんのSNSはもちろん、ファンスレとも呼ばれる掲示板にFORのことが書かれていた。そこでアンチが暴れたらしい。管理人が対処したり他のスレ民が公式に訴えを出したらしいけど、これを削除前に見ていたとしたら。


 それ以前にサブジェクトでアンチを入れて調べたらまとめサイトでアンチが生まれてしまうとかってタイトルでいくつか記事になっていた。週刊誌とかと同じでこういう炎上でお金を稼ぐ人はどういう神経で生きているんだろうか。こういう悪質サイトも訴えることができないんだろうか。


 霜月さんだけFORの中で登録者が少ないとか、配信の声が媚を売っているようで受け付けないとか、そういう批判の仕方だ。霜月さんの配信の声は地声だし、声を作っていることはない。キャラクターは作ってるけど、そんなのVtuberとしては当たり前だろう。設定があるんだから。


 かなりの数の暴言を見てしまって、これを受け入れてしまった霜月さんのメンタル状態を考える。


「先輩方に根回しをしておこう。そうすれば人狼の件はどうにかできそうだ」


 今回のコラボで使う集団会議アプリのチャット欄に今日しでかす内容を男性の先輩方に伝える。炎上するかもしれない内容なために先輩方からは心配する返信が来るが、これは俺が「数字を出したいことと、そういう路線のキャラでやっていきたい」と伝えたら渋々ながら受け入れてくれた。


 負荷分散くらい引き受ける。それに俺の場合は俳優になるって決めた段階で非難の嵐に晒されることは覚悟していた。霜月さんはその準備ができていなかった、もしくはここまで非難が来るとは想像できてなかったかのどちらかだろう。


 FORの一番頭のおかしいヤツになってやる。霜月さんの登録数をどうにかすることはできないけど、ヘイト逸らしくらいはできるはずだ。粘着質なアンチは法務部がどうにかしてくれる。こればっかりは時間による解決しかない。


 今の苦しみをどうにかするのなら、その苦しみを減らすしかない。ホント、ただの体調不良なら良いけど。それなら俺がバカなことしたなってだけの笑い話で終わるんだから。


-----------------------------------------------


 夜もだいぶ老けてきた頃。正確には22時になって。


 エクリプスでの男性大型コラボが始まった。


「はい、声載せました。みんな、聞こえてるー?」


「大丈夫」


「こっちも声載せました!」


「配信始めまーす」


「僕も大丈夫です」


「音量チェックしてますよん」


 今回のコラボ配信主宰である一期後半組である宗馬先輩が音頭を取る。それに適当に返す俺たち他の男性陣。八人もいるとわちゃわちゃしている。


 大型コラボだと音量バランスが大変だ。コメントを見ながら確認するが、特段誰かが大きいということもなさそう。設定はちゃんとしているのに相手の音響環境とかで修正をしないといけないからコラボでの音量チェックは大事だ。誰かの声が聞こえないとなったらコラボの意味が薄れるし。


「よっし、じゃあ今回の企画を発表するぞー!今日はエクリプスの男性ライバーに集まってもらって『マーダーウルフ』をやっていきます。キル有りの宇宙人狼で、犯人を見つけていきましょうっていうゲームだな。最初は人狼二人、一般人六人でやっていくのでよろしく。人狼と一般人が同数にまで減らされたら人狼の勝ち。宇宙船にたくさんあるミッションをこなすか人狼を会議で全員追放できれば一般人の勝ちっていうシンプルなゲームだぜ」


 宗馬先輩が簡単なゲーム説明をしてくれる。その他にも直さないとゲームオーバーになる緊急ミッションとか、人狼が誰かに化けられる皮被りなどの細かい仕様はあるもののそこはやりながら見ていけば良いだろうってことでスルーされる。


 テストプレイを二回しているから概要はわかってるし。


「んじゃあちゃっちゃとゲームをするためにデビュー順で自己紹介するか。勇者先輩、オネシャス!」


「俺こそが!異世界トラック転生で何故か辿り着いた世界で世界を救った後その能力を引き継いだまま地球に戻ってきた勇者!コウスケ・フォン・ヤクモだ!いやー、ハイスペックすぎてごめんねぇ?」


「勇者様ー!」


「奢ってー!」


「勇者で貴族だからってたかろうとするな!毎回高級店ばっかり指定しやがって!たまにはサ○ゼ行って間違い探ししようぜ!」


 黒髪に紫の瞳。それでもって白銀の鎧を着て背中に槍を差している純日本人の勇者様、コウスケ先輩が自己紹介をしたら他の先輩方がコールアンドレスポンスのように合いの手を入れていた。これが当たり前のやりとりだからだ。


 フォンは貴族としてのミドルネームだけどそれがこっちの日本では通用しないものだし、日本人なのに英語圏のような名前の順番にしているし、異世界のことをあまり喋りたがらないことでファンからも勇者(笑)と親しまれている先輩だ。


 一期前半組は俺たちFORと同じく勇者パーティーという題材でデビューしているので設定も結構練られているはずなのに異世界の話になるとしどろもどろだから面白がられている。


 まあ、その辺りはこの前の一周年イベントで伏線回収したらしい。


 あとは結構な頻度でご飯に連れ出してくれて、誘ったんだからと奢ってくれることが有名だったりする。


「もっとオレの同期にたかって良いぞ。というわけで同じく一期生前半組、占星術師のゴートン・リゾマータだ。自分の未来が期になる奴はオレのところまで来い。1000パウンスで占ってやろう。パウンス以外での支払いは許さん」


「どこで換金できますか?」


「神聖帝国カラグリオット」


「じゃあ無理っすねー」


 二人目はコウスケ先輩と同じ異世界出身の占い師、ゴートン先輩。真紅の長髪に翡翠の瞳、そして片眼鏡をつけたローブ姿の方。戦う力がなかったからコウスケ先輩の魔王退治には参加しなかったらしいが、何故かコウスケ先輩のことにはめちゃくちゃ詳しい、らしい。


 占いはやるやる詐欺で一回もやったことがないことで有名な先輩だ。相談は受けるのに占いだけは一向にやってくれない。その代わり立ち絵では水晶玉もある。何に使われる水晶玉なんだろうか。


「一期後半組、今日の主催の宗馬メルトだ。好きなものはパチンコにお酒、あと競艇。夏にはサーフィンやってるから興味ある人間は是非声をかけてくれ!ダイビングも可!今日は集まってくれてサンキュー!」


「開催ありがと!」


 パチカス先輩で名高い宗馬先輩だ。大学生だからとちゃらくて耳にピアスは空けてるし、髪も金色に染めている。今日の立ち絵は寝巻きのジャージのようだ。


 前に事務所で会った時に男性でコラボやりたいよねって言われて今回のコラボに繋がった形だ。あと飲み会にも誘われたけどそれはおいおい。


「メルトの同期、今日も今日とて血の匂いがするでそうろう。浪人の宗方奏むなかたそう上日向じょうひむかいでござる。今は仕官を目指して現代に適応中なり。して、今日の狩場はここでござるか?」


「まあ、人狼になったら狩場だな」


「その鼻、信用して良いわけ?」


「うむ。我が鼻は人の血に敏感なりて」


 おそらくエクリプスで一番キャラが濃い人。江戸時代の浪人がタイムスリップして社長に拾われたためにそのままVtuberになったという宗方先輩。侍のような格好をしているが浪人なために生活は苦しかったそうだ。


 本人は公務員になるために試験勉強を頑張っているのだとか。ここまでキャラ作る人も凄いよなと思う。


 昔の日本人のはずなのに白髪でちょんまげ頭なので中々におかしな人だ。あとは着流しとかの和装の衣装が多い。


「ここから二期生!前半組のポラリス・コットンガード、元ロイヤルガードだったからボディガードは任せとけ!今日は皆さんを人狼から守るために派遣されました!」


「こういう人が一番人狼をやることになるんすよね」


「宗馬先輩は守りませーん」


「守るのって守護霊じゃないとできないから最初に殺されたいってこと?」


「あ、今回は守護霊の設定を切ってるから守護霊はないぞー」


「じゃあ誰も守れないねぇ」


「人狼ゲームなんて嫌いだ!今日はよろしくお願いします!」


 海外のとある小国でロイヤルガードをやっていたというヒゲを生やした中々なダンディな見た目をしたポラリス先輩。声も渋めなんだけど本人がおちゃらけ気味なので簡単にいじられ役になる。見た目年齢だけなら一番上だろうに。実年齢は知らないけど。


 青髪にタバコを咥えている、迷彩柄の服を着たガタイの良い絵だ。


 本来のこのゲームでは一般人を守ることができる守護霊という役職が一番最初に死んだ人に与えられるが、その設定をオフにしているために守護霊になることはできない。ポラリス先輩からしたら残念なんだろう。


 その役をやるには一番最初に殺されるか追放されるしかないから死にたがりなのかと突っ込まれていたけど。


「同じく二期前半組。名探偵音無おとなしケインです。今日こそは犯人を見付けてやるので人狼の皆さんは自己申告するように!」


「自首でしか見付けられないのか……」


「推理はどうした推理は!」


 推理では一切犯人を見付けられない通称迷探偵、音無先輩。イギリス人とのハーフの設定で金髪碧眼、スクエアタイプのメガネをかけてトレンチコートを着ている狂人の先輩だ。犯人をやらせた方が強いよくわからない人。村人陣営だと酷い推理をして負けるせいで探偵やめろと言われる先輩だ。


 名探偵らしいところは今日も見られないだろう。


「二期後半組、掃除屋のKP7ケーピーセブン。掃除なら何でも任せろ。もちろん人の掃除でも、な。今日は宇宙船の掃除と聞いてやってきた。ダイヤモンドを捨てるとかの蛮行を私は許さない。捨てたものは極刑に処す」


「ゲームの仕様で捨てるんだから仕方ないでしょ……」


「音無さんはダイヤモンドの価値がわからんのか?テストプレイで見たがあのダイヤモンドは一千万円はくだらない……」


「じゃあミッションで他の掃除をした人は?」


「私と一緒に働かないか?汚部屋の住人を始末しに行こう」


「それは部屋を掃除すんの?それとも人の方?」


「どっちもだ。汚いことは罪だからな」


 潔癖症の何でも掃除する人、セブン先輩。秘密結社が造ったアンドロイドという設定だ。本当になんでもありだなと思う。見た目は本当に普通の人。黒髪黒目で名前が却って浮いている印象だ。基本黒スーツなのもあってぱっと見ならただの社会人にしか見えない。


 そう見えるように社会に溶け込む格好をしているって設定だったはずだ。


 男性陣もなんだかんだでロールプレイしているんだよなとわかる自己紹介だった。


「じゃあ最後!初参戦!」


「初めまして。秘境の里へようこそ、歓迎しますよ。三期生として最近デビューしました、絹田狸々きぬたりりです。先輩方との初コラボなので緊張してます。爪痕残すために全員殺します」


「いきなりぶっこんでくるなぁ!」


「タヌキなので人狼になったら皮被りを駆使して皆さんを幻惑していくので。隣にいる人は本当にその人ですか……?」


「始まる前からスロットル全開だなぁ!というわけでこの八人で『マーダーウルフ』を始めていきたいと思う。色々と調整はゲームをしながらやっていこうと思うので早速始めますか。ゲームが始まったらコメント欄は見ないのでよろしく」


 ロビーで参加を押す。それと同時にコメント欄へお別れを言うのが人狼ゲームでのお約束らしい。


「と言うわけでコメント欄の皆さん、また後で」


『リリ頑張れー』


『全員ぶっ殺して回ろうぜ!』


『人狼引かないかなぁ』


 そのコメントを最後にコメント欄を見えなくする。さあ、暴れるか。


 ゲームが始まると自分の役職が画面に大きく表示される。クルー、つまり一般人だ。こうなったらミッションをこなして宇宙船を修復しながら人狼を見付けていくしかない。


 どこで暴れるかが問題だな。


「はい。ここからはコメント欄が見えません。ゲームが始まりましたね。まずはマップを見てミッションを確認します。この黄色いビックリマークのところにミッションがあってこれをこなしていくと人狼を見付けられなくても勝利ですね。じゃあまずはこの部屋のやつをこなしていきましょう」


 先輩方の声も聞こえないのでこうやって一人で話しながらやるしかない。コメント欄も見えないから話題に返すこともできないのがちょっと寂しい。延々と一人で話してるようなものだからな。


 テーブルを拭くミッションがあるけど、これのどこが修復なんだろう。まあやっていこうか。


 近くにはセブン先輩がいる。セブン先輩は黒色のアバターを使っている。アバターの下にKP7と表示されている。俺は茶色いアバターにリリと書いてある。アバターの色は基本的に自分に関連した色を使っている。コウスケ先輩は紫でゴートン先輩は赤だ。


 このゲーム、誰が一緒にいたかを把握しておかないと人狼を絞れない。


「皮被りもキルも最初は三十秒経たないとできないのでセブン先輩が人狼の可能性はありますね。って説明してたら行っちゃった……。あんまり一人行動って推奨されないので移動します。罪をなすりつけられやすいですから。次に近いのは食料庫なのでそこに行きます」


 ミーティングルームから廊下を移動して食料庫に。ここにも誰もいなかった。ミッションに近寄ると食料の整理をするようで、どこに何があるのかを紙の通りに直すらしい。肉と野菜、パンを整理してミッションは完了。


「うーん。緊急ミッションが出ませんね。この宇宙船だと停電、動力停止、空調修理の三つがあります。停電は真っ暗になるだけで無視しても死なないんですが、暗闇に乗じて殺されることがあるので直さないとまずいですね。残り二つは制限時間以内に直さないとクルーは強制敗北です。なので緊急ミッションがきたら即座に向かいます」


 あと注意することは何だろうか。そう思いながら移動しているとレーダー室で死体の前に立つ音無先輩が。倒れているのは緑色の肉片だからポラリス先輩っぽい。殺されたらマンガ肉みたいになるのがシュールだ。


 死体を見付けたら通報するのが鉄則。けど俺が近付いても青色の音無先輩は通報しない。何故か死体の前でうろちょろしているだけだ。連続キルができないように一回キルをしたらクールタイムが発生するし、人狼だけが使える通気孔も近くにないからそれで逃げようとしない。


 ふむふむ。この短時間で皮被りをして殺人をして、というのができるだろうか。クールタイム的にかなりギリギリな気がする。


 というわけで通報しよう。死体を見付けたり、ミーティングルームの招集ボタンを押すと会議ができる。


「お?誰か死んだ?」


「早くないか?」


「ポラリス死んでんじゃん!」


「ボディーガードが初っ端に死ぬなよ!」


「これも世の無常なり……」


「見付けたのってリリ君?どこにいた?」


「レーザー室です。食料庫で合流した音無先輩と一緒にレーザー室に向かったらマンガ肉のポラリス先輩が……」


 さあ、この嘘に音無先輩はどうするかな。これで俺に同調したら音無先輩は人狼。違うって言ったら皮被りをしていた人ということになる。


「ワタシも見ましたけど、リリ君の方が報告が早かったですね。食料庫でちょうど合流して、二人っきりってどうなんだって思って移動したらリリ君がついてきて。入ったら通報ボタンが赤くなりましたね」


「あ、じゃああの音無先輩は本物だったんだ」


「ワタシは本物の音無ですよ?」


 ということは音無先輩はクロ。もう一人が名乗り上げればその人がクロだと釣れるムーブをやろうとしたとでも言えばこの狂人プレイにも理由が出てくる。

「リリ君ってどのルートで見付けた?」


「最初はこのミーティングルームでテーブル拭きのミッションがあったのでそれをこなしました。その時にいたのはセブン先輩だけですね。で、一人になったので食料庫に行って音無先輩がいて。ミッションをこなして次がレーザー室だったので音無先輩について行ったらマンガ肉があった形です」


「リリがいたのは私も見たぞ。その後私は動力炉に向かったから見ていないが」


「音無は?」


「ワタシも同じルートですね。ミーティングにはミッションがなかったので食料庫に直行して、その後レーザー室に行ったらポラリス君を見た形です」


 コウスケ先輩の確認に答えてセブン先輩も証言してくれて、音無先輩ものっかかってくる。


 これ音無先輩ともう一人の人狼はどう思ってるんだろうか。


「これ、音無とリリがどっちも人狼で口裏合わせてるパターンはあるよな」


「え?そうなっちゃいます?あーでもセブン先輩と一緒にいた時はクールタイムだから殺せないってことになっちゃうのか……。でも僕と音無先輩が人狼なら通報するメリットがなくないですか?そのまま放置してもう一人殺した方が有利ですし」


「殺しが早すぎるんだよな。多分クールタイムが終わった瞬間の殺しなんだろうけど」


「リリ殿と音無殿は付近で誰も見なかったのでござるか?」


「見てないです」


「ワタシも見てないですね」


 よーし。迷宮入りしそうだぞ。そして怪しまれても僕を追放して下さいと言えば人狼らしい音無先輩は残る。


 これで狂人プレイとしてはいいだろう。こういうことをライバーは普通にやるんだよ。狂人って役職がなくても面白そうだと思ったら場をかき乱す。


 それを見せつける。


「レーザー室って右側だろう?他に誰かそっち側行ってないのか?」


「オレは速攻左側行ったから右には行ってないぞ」


「勇者の俺は魔法が使えないこの状況では役立たずだ……。認証キーが一生終わらないんだが⁉︎」


「勇者先輩はセキュリティルームに籠ってたと。俺っちもゴートン先輩と一緒に左側に行ってたのでわかんないっす」


「我は右側のパイロット室にいてミッションをしていたで候」


「となると場所的には勇者先輩と宗方っちか」


「俺も⁉︎何で⁉︎」


「だって通気孔で移動できるじゃないっすか。むしろカードに苦戦してたなんて言い訳の常套句っすよ?」


 お、いい感じにヘイトを向かわせることができた。いいぞいいぞ、その調子だ。


 レーザー室の近くの通気孔からセキュリティルームとパイロット室に行くことができる。この状況は使えるかもしれない。


「最初だしスキップしておく?状況証拠足りなくないか?」


「えーっと、今グレーなのがワタシとリリ君、それにコウスケ君と宗方君かな?」


「そうだな。誰かと一緒に行動するか?とりあえずリリと音無さんは別にした方が良いだろう」


「了解です。じゃあ僕がセブン先輩についていきます」


「音無は俺と行こう。後の人は任せる」


「スキップでござる」


 ほぼ全員でスキップをする。ただし一票だけ音無先輩に票が入っていた。匿名で入れられるシステムなので誰が音無先輩に入れたのかわからない。


「ちょっと⁉︎ワタシに入れたの誰⁉︎」


「だって音無、怪しいんだもん。特に人狼の時の音無は信用ならん」


「覚えておけ、コウスケぇぇえええええ!」


 まるで追放でもされたかのような叫びだけど、音無さんは追放されない。票数が一番にならないと追放されないので一票だけなら追放されることはないので、今回はスキップが最多投票だから変化なしだ。


 なのに叫ぶのは最後で尻尾を出しちゃったか。


「あれ?音無怪しくない?」


「まるで追放されたくないみたいだな……」


「そりゃあ冤罪で追放されたくな──!」


 あ、ゲームシステムによって音声が切れた。


 こういうこともあるよね。ゲーム画面が戻って初期位置に戻ってくる。セブン先輩が左側に行ったので追うようについていく。


「『お客さん』に説明しますけど、十中八九音無先輩が人狼ですね。自爆するかなと思ってたんですけどダメでした。これ全員困惑してますよね。皮被りってシステムと音声が聞こえないのが良いです。いくらでも場を乱せるのって楽しー!傍観者の立場最高!」


 傍観者プレイ楽しい、とアピールする。まさしく狂人だ。のくせにクルー側も勝てるようにミッションをこなしていく。セブン先輩の隣でミッションをする。配線修理のようだ。終わるとセブン先輩が左右に高速移動をしていた。何アピールだろうか。


 動力室に向かうとゴートン先輩がミッションをやってるっぽい。そこにセブン先輩が近付いて、マンガ肉へと変える早業。案外殺した瞬間って人狼がめちゃくちゃ移動するから判別しやすいんだな。


 セブン先輩がこっちを見てくる。通報ボタンは、やめておこう。会わなかったってことにすれば良いんだから。


「二人確定しましたね。さすが掃除屋さん。手際が綺麗です。見てください、マンガ肉になってるのに血が出ていませんよ」


 そんなサイコパスっぽいことを言いつつ、緊急ミッションが発令される。今左側にいるけど右側へ誘導するミッションだ。空調修理をしなければ暑くなりすぎて死ぬらしい。宇宙服着てるのに。


 というわけでセブン先輩についていく。ゴートン先輩は見なかった。


 このまま勝つのかなと思ってたら緊急ミッションの最中に死体発見の招集が。もうゴートン先輩が見付かったのかと思ったらコウスケ先輩の死体が発見されたらしい。会議画面になってコウスケ先輩とゴートン先輩の死体が見付かったと通達された。


「先生が殺したっす!」


「いや違う!宗馬君が殺してた!」


「うーむ。パッションバトルでござるか」


 音無先輩、見境がなさすぎでは?緊急ミッション中に殺しちゃったのか。


「報告を上げているのは宗馬だから音無さんの方が怪しそうだ」


「ゴートン殿も死んでいるのがわからぬ。時間的にはギリギリ一人で二回殺せそうか?セブン殿とリリ殿はゴートン殿を見なかったのか?」


「見てないぞ。ずっと二人でいた」


「そうですね。僕とセブン先輩はずっと左側でミッションをしてました。順番に左側を巡っていたら緊急ミッションが来てこの招集です」


 宗方先輩だけが浮いている形になるのだろうか。音無先輩と宗馬先輩がずっとパッションバトルを開催している間に宗方先輩とゴートン先輩の死体の件を話しているフリをする。


「もう五人だから、ここで一人追放しないと負けですよね」


「リリ君!怪しいのはどっちだい⁉︎」


「最初のキルに音無先輩は関与できなさそうだなっていうのはありますけど、僕がミッションをやっている間に音無さんがレーザー室に行って殺してから食料庫に帰ってきた可能性もあるっちゃあるんですよね……」


「クールタイムの三十秒なんて結構あやふやだからな。ゴートンと一緒にいたって言ってた宗馬はポラリス殺しには加担していないだろう。そうなると追放すべきは音無さんだな」


「セブン君まで⁉︎」


「ローラーはしないでござるか?拙者ローラー大好きなゆえ」


「ここまで減っちゃったらローラーは危険かと。それにこれで音無先輩じゃなかったら人数的に負けですよ」


「そうでござった」


 これは庇えないということで四票集まった音無先輩が追放される。


 そのままゲームが続いたので音無先輩は人狼確定と。


 もう一人の人狼であるセブン先輩にくっ付いていって傍観者を続けよう。


 セブン先輩は次は右側に。そこでミッションをしていた白いアバターの宗方先輩を殺した。うん、僕が近くにいようがもう無視して殺している。あとはクールタイムを待って宗馬先輩を殺したら終わりだ。


 でもミッションゲージも結構溜まってるんだよな。満タンになったらクルーの勝ちだ。死んだ後もミッションはできるのでクルーの勝ちのために奔走しているんだろう。俺もクルーだからミッションを続けていく。


 そして最後のミッションをやろうとしたところで、セブン先輩に殺された。ああ、別に宗馬先輩を殺さなくても俺を殺せば人狼側の勝ちなのか。


 赤文字で敗北とデカデカと表示されていた。


「裏切り者には死を」


「そんな⁉︎セブン先輩、僕はちゃんと通報せずに忠犬でいたじゃないですか!」


「狂人でもないのにクルーを裏切る奴は味方にはいらん」


「うわーん!舎弟にしてやるって言ってくれたのにぃ!」


「言ってないぞ」


「リリ君それはダメだって!通報してよ!」


 セブン先輩と茶番をしているとゴートン先輩に怒られる。とはいえ今日は事前に狂人プレイしますって伝えてあるから想定内なんだろうけど。


「リリ君が裏切り者だったわけ?天界大混乱よ?」


「リリー!明らかに音無が殺してたじゃん!」


「だから通報しましたよ?もしかしたら化けてるのかもしれないと思って泳がせてみましたけど、僕の嘘にのっかかって来たので音無先輩はクロだってわかりました。まさかその後音無先輩が自爆するとは思いませんでしたけど……」


「いえーい、勝った!これでもうワタシのことを迷う方の迷探偵って呼ばないでくださいね!いる陣営を勝たせるんですから!」


「いや、リリ君のサポートありきじゃん」


「先生のプレイングは下手くそだったんで無効っすね」


「そんなバカな⁉︎」


 この後は釘を刺されたこともあって狂人プレイは控えた。というかゲームが成立しないから一回こっきりだ。その後は真面目に推理もしてクルー側の勝利に貢献したし、人狼になって皮を被りまくって無双したり、皮を被った相手とバッティングしてその本人を殺したりと見所満載な配信になっただろう。


 これで俺が燃える分には良い。あえて狂人をやったんだから。これに比べればゲーム内で狂人をプレイしただけの霜月さんを叩く理由はなくなるはずだ。


 全員配信枠を閉じて、会議アプリに残った先輩方と今日の配信について謝る。


「先輩方、すみません。最初の狂人プレイに付き合わせてしまって」


「一戦だけっていうのがギリギリ妥協できるラインだからな。でもこれ、多分燃えてるぞ」


「理解できる燃え方なので大丈夫ですよ。理不尽な罵詈雑言よりはこっちに来る方が健全です。それに一回目以外は普通のゲームに沿った内容でしたし」


「……リリ殿。それはやはり霜月嬢のためなのか?」


 まだロールプレイが抜けきってない宗方先輩に核心を突かれる。同じ箱の中だから霜月さんが怪しい状況だというのは聞いているんだろう。


 表でできることなんてこれしかできなかった。


「炎上の肩代わりなんてやめろ。それをされてもきっと霜月さんは嬉しくないし、君のファンが悲しむぞ」


「これっきりにします。同期として裏でしっかりと支えますよ」


「そうしろ。あとこういうこと以外の協力は惜しまないからな。相談事があったらすぐに言えよ」


 優しい先輩方だ。狂人プレイにのっかかってくれた時点でそれはわかってたけど。


 マネージャーさんにもちょっとだけ怒られたが、想定していたほど炎上はしてない。明日以降に切り抜きとかを見て燃えるかもしれないけど、エンターテイメントに収まる範疇だったから賛否半々ってところだ。


 水瀬さんにもあんなやり方をするなんて聞いてないって怒られた。


 そして霜月さんへのメッセージは既読が付かない。そのまま彼女は今日の配信を休んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る