第3話 雑談?配信

 配信者にとって登録者数というのは目に見える指標だ。だからこの登録者数を増やそうとするために配信の終わりにチャンネル登録を促したりする。


 けど絹田というキャラクターは異色だ。タヌキが配信者のフリをしてもそれが良い結果に繋がるかわからない。やらないよりはやった方が良いんだろうけど、企業勢ということを活かして俺は最後にそういう誘導の言葉を言わない。


 俺のチャンネルを見に来てくれている人はほとんどがエクリプスという事務所のファンだ。他の先輩方の配信を見てファンになった人がついでとばかりに見に来たり、SNSで話題になっているから見に来たという人ばかりだ。


 あとは最初の配信で炎上しかけたというのもある。初配信は低評価が1000を超えていた。ほとんどが捨てアカウントとか副アカウントだろうという話だけど、俺を否定するような人が一定数いるわけだ。


 そんな中でまだ収益化も通っていない状況で登録者数を気にするような発言をするのは如何なものかという話で。慎重に動いても損はないと思うので俺は慎重に動く。匿名でのメッセージ送信サービスでもかなりの暴言が飛んでくる。SNSにも直接辞めろ的なコメントがある。


 これ、多分男性だけでのデビューだったらこうは言われてなかったんだろうなと考えると不思議だ。女性もいるグループだからいつかはコラボをするんだろうけど、新しくデビューする男性全員に噛み付くなんてこともしないだろう。そこまでしていたらVtuberなんてもう一生増えなくなる。


 まあ、本来なら女性だって叩かれるような風潮があるんだ。むしろ表では女性でもかなり炎上したりしている。男性アイドルグループにインタビューをした女性アナウンサーが叩かれていたこともあるという、今の世論は明らかにどこかおかしい差別的な論調だ。


 発端は男性側の不倫。とはいえその男性の知名度からして結婚していて子供もいるというのは有名な話。そこにコナかけた女性も悪いという風に炎上した。あとは女性側が釣り合いの取れていない、売れていない女性だったというのもあるから男女どちらも反応してしまっているというのが実情だ。


 このおかしな叩き合いが終息するまで息を潜めているというのは活動に制限がかかりすぎる。だから俺たちは気にしていないように配信をする。


 『ウルプロ』を配信した日の夜。正確には夕方17時過ぎ。一風変わった雑談枠を取って配信を始めた。


「秘境の里へようこそ、歓迎しますよ。絹田狸々です。今日は夕方の帰宅時間に雑談をしていきたいと思います」


『雑談だー!』

『雑……談?』

『おうおう、なら何で背景が初配信と違うんだよ?』

『それ、ソシャゲの画面じゃ……』

『設定ミスった?』


 キャラクターの後ろの画面。そこに画材としてもらっている山の風景ではなく、今見せているのはとあるソシャゲの画面。いや、山の風景もソシャゲの画面の外側に写っているんだけどね。


 そう、雑談というのに俺はソシャゲの周回作業をやろうとしている。


 こういう破天荒キャラで行くと決めてるんだから最初からおかしな行動を積極的に取っていくつもりだった。


「心配している方々。ご安心ください。ミスじゃありません。皆さんが見ている画面はアプリゲーム『空をくは天空騎士団』、通称『ソラソラ』の画面で間違いありません」


『やっぱソラソラか』

『雑談じゃねえじゃん!』

『ま、ええんとちゃう?』

『初配信したばっかで話題なんてないだろうから、それを埋める隙間だと思えば、まあ』

『ランク98とかかなりのガチ勢でワロタw』


 去年の六月にリリースされたばかりのゲーム、『ソラソラ』。据え置き機でも遊べるマルチプラットフォーム式のゲームでスマホでも遊べる。けど今回やっていくのは据え置き機でのプレイだ。


 スマホゲームの配信は正直難しい。パソコンを操作して、会社から支給されているスマホで顔の動きをトレースさせてその上でスマホを操作するのは見る画面が多すぎて目が追い付かない。


 だから配信画面とゲーム画面を大きなモニターに写せる据え置き機の方が俺的にやりやすいために据え置き機でプレイする。


「今日はこの『ソラソラ』の周回をしながら雑談をしていきます。途中でお便りなども読んでいきますよ」


『今ってイベントとかあったっけ?』

「イベントはシナリオイベントだったのでもう読破済みです。今日は曜日クエストの周回ですね。水曜日のサポート育成アイテム稼ぎ周回です」

『あー。そっか、今日水曜日だ』

『サポートは水曜日と日曜日しか周回できないからな。サポートキャラは数が多いからいくら周回してもアイテムが足らん』

『私たちとお話しする時間もゲームに費やすんだ……』


 おや。女性のリスナーだろうか。一人称が私なんて。


 そういえば動画サイトの集計サービスとか確認してないな。登録者の男女比や年齢層などがわかるんだけど、まだデビューしたばかりだからと気にしていなかった。


 男性の先輩方の話では男性八割、女性二割くらいらしいので女性が全くのゼロということもないだろう。ママであるヴィクトーリアさんも女性だし。


 それでもこんなイロモノ枠に見に来る女性は珍しいと思えた。


「いえいえお客さん。皆さんを蔑ろにするつもりはありませんよ?ただ『ソラソラ』の周回もしておきたいというだけで」


『それが蔑ろにしてるって言うんだよwww』

『もっと私たちをもてなしてよ!』

『そうだそうだ!こっちに目を向けて話して!』


「えぇ……。とりあえず周回を始めてお便りを読んでいきますね」


 ちょっと怒りっぽくない?


 でもこういうスタイルで行くと決めているから今後変わることはないんだ。悪いな。


 俺にはとことん普通というものを求めないでほしい。


 『ソラソラ』はアクションRPGと呼ばれるジャンルだ。そして昨今のゲームでは珍しくオート周回やオート戦闘というものが付いていない。だから何をするにしても自操作するしかないんだけど、この操作自体は結構簡単で慣れれば片手間でできるくらいのアクション性だったりする。


 ストーリーのボス戦とかイベントの高難易度とかでもない限り、片手間でできることだ。だから雑談枠で選んだんだし。


 曜日クエストを選択して、戦闘に入る。そのロード時間の間にお便りBOXに届いていたメールを用意して画面に見せる。


「じゃあ一通目。ペンネーム『銀のイストリア』さんから。『初めまして。リリ君に質問です。人間の生態を調べるために人間社会に潜り込んでいたと言っていましたけど、今までどんなことをしてきたのですか?』こういう質問が多かったですね。朝にもちょろっと言いましたけど、色々とバイトをしていましたよ」


『お便り読みながら必殺技をブッパすんな⁉︎』

『いくら周回前提の曜日クエストとはいえ、メールを読んでるはずなのに操作が淀みないのは何故?』

『噛まずに読めて偉いね!』

『なんか甘やかしてるヤツ多くなぁい?』

『お金持ってるお姉さん方は男性配信者を甘やかす傾向がある』


 俺がバイトをしながらメインでやってきたゲームはこの『ソラソラ』と『ウルプロ』だ。正直初動こそが大事だと思って切り札を一気に切ったのが今日。


 俺の操作に驚いているコメントもあるけど、曜日クエストは難易度が低い上に恒常クエストなので敵の出現パターンも覚えているし、最適な行動はどんなものかを把握している。キャラクターもかなり鍛えているので正直音さえ聞いていればどうとでもできる。


「えっと、球場の切符切り。交通整理に飲食店のホール。あとは劇場の設営とか、イベントスタッフなんかもやってましたね」


『結構幅広くやってるのね』

『即座に次のクエストに行くな』

『使用キャラが「クロウ」「アセム/ル/フェ」「ヴィヴィ・クロウ・モルゴース」なんてガチすぎる』

『ドルイド組か。絹田もシナリオにやられた口?』

『シナリオもそうだけど、キャストの熱演も良かった。メイン二人の声優がまだ高校生ってマジ?』


 俺が使っている三キャラはかなり人気だ。シナリオで感動したということもあるが、この三キャラは能力的な意味でも強い。特に周回で起用しやすく、必殺技を打ちやすいことがかなり良い。


 コメント欄で『ソラソラ』の話題になっているのでそこに乗っかかろう。


「それこそ働いている時に職場の先輩が面白いよって教えてくれて『ソラソラ』を始めたんですよ。第三章、四章はつい泣いちゃいましたよ。ただあまりお金はなかったので必殺技ランクは低いです」


『全員星四以上だからなー』

『アセムとヴィヴィのファンアートめっちゃ増えたで』

『泣けてくるから逆に見ないようにしてるんだよな……』


「ネタバレはやめてくださいね。一応主旨は雑談なので」


『雑談って何だっけ?』


 ガチャ配信とかする時にストーリーとかには触れるだろうけど、今はお便り消化がメインだ。深刻なネタバレは見たところなさそうだ。最新章のネタバレをこんな雑談でされたらたまったもんじゃないだろう。


 次のお便りを用意する。


「雑談ですよ。こうやってお便りを読んでるでしょう?それじゃあ二通目。ペンネーム『とっぽいキノピオ』さんです。『リリ君こんちゃ!初配信で家族構成について話してなかったけど、ご家族はどんな感じ?一族の代表とは言ってたから長男なのかな?』とのことです。初配信では趣味とかを話しましたけど家族構成は確かに伝えてなかったですね」


『確かに言ってないな』

『趣味がカードゲームとプラモデルと野球は聞いてるけど。まあ趣味ってそれ以外にもあるよな』


「兄弟はいないので一人っ子です。家族は父と母、それに祖母が。従兄弟が結構多くて、あとは家のしきたりで人間社会に潜入していますけど、家督を継ぐのはまだまだ先ですね。そもそも僕たちの一族はかなりの長寿なのでまだ若い僕が一族の顔ではないです。でも代表になるための一環としてこうして人間社会に紛れ込んでいますけど」


 家族構成で嘘をついても意味がないから本当のことを言う。


 配信者はよくペットを飼いがちだという話があるが、俺は飼っていない。俳優の頃なんて薄給すぎて自分以外の食い扶持が増えたら生きていけなかったと思う。この配信業だっていつまで食べていけるかわからないから当分ペットを買うことはないだろう。


 そもそもタヌキが他の動物を飼うなって言われるだろうし。


「『瞳に元気注入!』さん、お便りありがとうございます。『好きな食べ物は何ですか?自炊とかします?』とのことで。好きな食べ物はお肉とお野菜ですね。僕自身雑食なので、お肉もお米も好きですよ。そういう意味じゃ一番好きなのは牛丼かもしれません。何より注文してからすぐ出てきますし。お仕事の間とかにサクッと食べられて安いとか、若い社会人の味方ですよ」


『速度と値段かよ!』

『現代社会の闇を見た』

『ワンコインで食べられるからなあ。それにチェーン店でも美味いし』


「そう。美味しいんですよ。たまの贅沢で卵とピリ辛タレをトッピングしたやつ頼みます」


 牛丼チェーンって本当に凄いと思う。どうしてあの値段でやっていけるのだろう。それに美味しいし。


 いくつか牛丼チェーンはあるけど、俺が行くのはもっぱらお味噌汁がデフォルトで付いてくるお店だ。得した気分になるし、俺はあそこのタレが一番好きだからあそこばっかり行ってる。


 あと外食で行くとしたらうどん屋かな。そこもワンコインでお腹いっぱい食べられる。


 給料日には月一回のご褒美でラーメン屋にも行ったりしている。削るとしたら食費だから外食は滅多にしないけど、仕事で頑張った日とかは食べに行く。たまに手抜きをしたい日もあるからな。


「自炊はずっとしてますよ。安上がりですし。後は最近の家電の性能も発展が凄まじくてですね。電子レンジで簡単にアヒージョとか作れますし、お菓子作りでも焦げないように作れるなんて。ハンバーグとかもひっくり返さないまま両面しっかりと焼き目が付くんですよ?便利すぎません?」


『家電の進化はマジで驚く』

『リリ君は家庭的だなぁ』

『その話だと結構良いもの使ってらっしゃる?』


「家電はお金をかけたらそれだけ時短になるって教えてくれた前の職場の先輩がいて。おさがりの家電を結構持ってますよ」


 知り合った俳優さんがそれこそ番組とかの景品で家電をもらったからと古い方をくれたりした。そのおかげで家電は結構良いものが揃っていたりする。


 食洗機とか本当に便利だよな。油汚れもしっかりと落ちるんだからこうして配信に使う時間をしっかりと確保できる。


「『宇宙って書いてソラと読めたらそいつはオタク』さん、お便りありがとう。『リリちゃん、カードゲームをやってるって言ってたけど何のカード?プレイヤー?コレクター?お姉さんとカード交換会しない?』交換会はしません。やってるカードはウィザーズ&モンスターズですね。プレイヤーというよりはコレクター寄りです」


『今年二十五周年のアレか』

『可愛いカードもカッコイイカードも多いからな。コレクターが多いのはわかる』


「僕ってプラモデルもそうですけど、飾るのが好きなんですよ。一応ウィザーズも戦う用のデッキもあるんですけど、コレクター寄りの趣味デッキなので大会とかに出たらコテンパンにされるでしょうね」


 仕事が忙しかったから大会に出たことはないけど、この辺りは人生を豊かにする趣味として出費は必要経費だと思っていた。


 実際、あのカードが欲しい。あのプラモデルが欲しいと思って仕事を頑張れた部分はある。趣味って大事だよな。


 こんな感じで二時間くらい、お便りに回答しつつ周回作業を行なっていった。強化アイテムもいっぱい手に入って最後にちょっと強化をして今日の配信を終わろうと思う。


「土曜日の朝も同じ形で雑談配信をしようと思います。土曜日はゲーム内通貨を集められる曜日クエストがあるので」


『もしかして毎週水曜日と土曜日はこの形で雑談するのかよw』

『これを雑談配信って言い切るな!』

『もっとリスナーに飴をおくれ……』

『お便りの数増やせばゲームやる暇なくて完全なお便り枠作ってくれるんじゃね?』

『それよ!』


 何か画策してるけど、俺は普通の雑談配信はしないぞ。そういうのはやってしまうとネタがなくなってしまう。年単位で寝かせないとネタにならないじゃないか。


「あと、今日の予定ですがこの後すぐ水瀬さんが歌枠配信するみたいです。良かったら見に行ってください。それと十時過ぎから霜月さんがゲーム配信をするみたいなのでそちらもどうぞ。僕は明日の朝にまた配信予定です」


『同期の宣伝するんか』

『あの二人は昨日を除くと初めての配信かー』

『お前は何やんねん』

『その内コラボしてほしーなー』


 同期のことに触れたからか、コラボをしてほしいというコメントが多い。懸念する声もあるものの、これは今触れない方が良いだろう。


 表に出てしまうSNSで水瀬さんの告知に触れると炎上するかもしれないので、チャットアプリの方で「初めての歌配信頑張ってね」と送信しておいた。霜月さんも応援コメントを残している。


『水瀬夏希:二人ともありがとう!良かったら聞いてね!』


 若い子って元気だなあと思う。


 配信を終わらせたからもうこの後の予定もないし、同期二人の配信をゆっくりと見ようかな。


 水瀬さんは普段から可愛らしい声だが、歌うとカッコ良くなる。初めて歌を聞いたけどかなり上手だと思う。霜月さんもそこまで歌に自信がないって言ってたからこの三人の中では一番歌が上手いかもしれない。


 俺のことをリリちゃん呼びしたことなんて水に流されたのか、歌枠では問題もなく終わらせていた。


 霜月さんはサバイバルゲームというか狩猟ゲームというか、そんな感じの資材を集めたり恐竜をペットにしたりするゲームで家を建てたりしていた。霜月さんも長時間配信をするタイプで途中で見るのをやめてしまったが、朝起きて配信の準備をしていたら朝四時過ぎまで配信をしていたらしい。


 そっかー。霜月さんは完全に昼夜逆転タイプか。


 水瀬さんは学生だし、この三人でコラボとか動画の撮影とかってなると平日の夜か休日しかないだろう。俺と霜月さんは兼業配信者じゃないのでスケジュールは合わせやすい。水瀬さん次第だろう。


 実は二人以外からも先輩からコラボの話とか来てるんだよね。その辺りも自分で予定を組まないとな。

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