第2話 実況!ウルトラプロ野球!

 SNSでは絹田という存在は割と好意的に受け入れられているようだ。同期である二人について同期以上の接触を匂わせなかったこと。業界でも滅多にいない完全動物型ということで物珍しさでチャンネル登録をしてくれる人が多い。最後に歌った『猫になりたいよ』なんて初日から設定崩壊するなと笑いのネタになっている。


 初配信を乗り切ったということで翌日の朝から、早速通常配信を始める。SNSでやるゲームを告知して準備を済ませて朝六時から配信を始めた。


 ライバーというのは大体夜型で、夜に配信する人が多いので朝は狙い目だったりする。誰とも配信が被っていないというのは異色な俺としては気にするものがないということだ。デビューしたてでコラボばっかりしているとお小言を言われたりするので最初の内は自分一人で配信して、コラボをするなら同期か同じ男性のものにすべきだ。


 まあ、せっかく事務所に入ったんだから事務所の先輩方のお力をお借りするけど。今回は別だけど、いつかはご協力いただくと思う。


「秘境の里へようこそ、歓迎しますよ。絹田狸々きぬたりりです。うわあ、朝なのに結構な人がいますね」


『初配信直後が早朝配信かよ』


『エクリプスは早朝配信やってる人が少ないからありがたい』


『深夜から続けて今も配信してる宗馬そうまって先輩もおるんやけどな』


『今度から通勤のお供にするわ』


「え?宗馬先輩、まだ配信してるんですか?」


 自分の準備ばかりで他の先輩方の配信を気にしていなかった。動画サイトで調べるとLive中という文字と六時間前に配信という文字が書いてある男性の先輩が。パチカス大学生という設定の一期生の先輩がRPGをずっとやってるようだ。


 調べてから思ったけどVtuberというのは自由だなと思う。受け入れられればどんな設定だってアリだ。何百歳のエルフとか宇宙人とか未来人とか、それに神様や吸血鬼、動物の擬人化など何でもアリだ。


 宗馬先輩はいつまで配信をするんだろう。十時間超えているアーカイブも残しているような人だ。昼夜逆転どころの話じゃない。


「えー。あんまり何か言うのは宗馬先輩の邪魔にもなってしまうのでこれ以上の言及は避けましょう。概要欄にも書いてありますが鳩行為禁止なので。じゃあ早速今日やっていくゲーム画面を見せていきましょうかね。はい、こちら」


 パソコンを操作してゲーム画面を見せていく。三頭身くらいになった人が野球をしているスタート画面だ。


 野球ゲームの中ではかなりの人気ゲーム、『実況ウルトラプロ野球』通称ウルプロだ。野球をやったことのある人なら結構な数の人がやったことのあるゲームで、プロ野球選手たちも好きだと公言している人が多い。多種多様なゲームモードがあるのはもちろん、実在する野球選手の能力が都度都度更新されるのもあって話題になりやすいというのがある。


 今日やっていくのはこのゲームでも割と人気のモード、高校野球の監督になって甲子園を目指すという『栄光ナイン』というモードだ。これが配信者に結構人気でやってる人も多いモードだったりする。


 そんな説明をしていくとコメント欄も盛り上がる。


『あー。去年声優たちがやってて盛り上がってたわ』


『アレはなんというか、とある二人の初期ガチャがやばかったのと特訓の引きの良さがヤバすぎて再現性のないある意味最高の三年間だったからな』


『触媒があるのはズルいって』


『男の方は何にも触媒なしだぞ』


「何か別のことでコメント欄が盛り上がってますが、気にせずやっていきますね。このモードを知らない人に伝えていきますけど、年代とか都道府県を選んで実在の選手が若返った状態で自分のチームに入ってくれるんですよね。その人と一緒に弱小校から甲子園を目指そうっていうのが主な目的です」


 俺も見たとある声優四人組による三年縛りの育成配信のことは脇に置いておいて。先輩方の配信ならまだしも関係のない人の配信だからな。


 かなりバズって去年の夏にSNSのトレンドに入っていたのは覚えてるけど、俺の配信には関係ないからな。


「それじゃあ早速チーム設定とか行なっていきますよ。僕の姿はもうアバターとして作ってあるのでこれを起用します」


『全身茶色じゃねえかww』


『目がクリクリなのはきちんと再現できてるね』


『今のウルプロってここまでキャラメイクできるのか……』


『サクセスキャラも突拍子のない奴多いから色々できるんだろうけど、まさか動物まで作成できるなんて驚いたなあ』


 目を最大限大きくして、丸目に。体型も太めにして肌の色を全て茶色に。髪型もタヌキっぽくして肌の色に合わせれば体毛っぽく仕上がる。最近のゲームのキャラメイクって凄いなぁ。


「次に年代を決めますが、2015年にします」


『ん?』


『おいおい。その年代って今でも活躍している選手が多い黄金世代……!』


『まさか狙いって、メジャーリーガー⁉︎』


「いいえ、違います」


 2015年にすると言った瞬間にコメント欄がざわめき始めたが、それは否定する。この世代から二人メジャーリーガーになっているが、その二人を狙うことはない。強すぎるというのもそうだし、他の配信者さんがその二人を育てる動画なんてたくさんあるからだ。


 それにさっき話題になった声優さんの育成配信でもまさにその二人が暴れたわけだし。


 二番煎じじゃ配信者じゃないわけで。企画が被ったり、許可を取って似たような企画をしたりするけどね。


 年代が重要なのはその選手が高校に入学した年に設定するとその年代の選手が最初のガチャで出やすくなる。年代と都道府県を組み合わせることで膨大なプロ野球選手から特定の選手がピックアップされやすくなるという話だ。


 年代を設定した後、選ぶ都道府県では東東京を選ぶ。そして高校名を白新高校に。


『白新……!』


『まさか、その年代ってことは!』


『分島じゃなく、そっち⁉︎』


『いや、確かにその人も凄い強いし、俺も好きだけど!』


「コメント欄が気付き始めましたね。そう、僕が狙うのは今も広島で大活躍中の外野手、萩風さんです。外野手として育てあげます」


 そう、俺が育てるのは当時ドラフト四位で広島に入団した外野手の萩風さんだ。この世代は今も活躍している人が多い黄金世代と呼ばれていて、さっき挙がっていたメジャーリーガー二人を筆頭に凄い選手が多い。


 今回のプレイでは高校名も合わせて本当に萩風さんを育成することに特化する。


「さあ、ここからはガチャの時間だ!萩風さんが出るまでリセットします!」


『うおおおお!ガチャ配信だー!』


『耐久配信だ!』


『簡単に出ないように呪いかけておいたわ』


『東東京はこの年代でもかなりプロ野球選手いるから沼るぞ……』


 コメント欄も盛り上がったところで一回目!決定を押して選手を見る。


 外野手は緑色で表示される。つまり緑色の選手で萩風って名前の選手が引ければ勝ちだ。


 一回目にはいなかった。


「今回のプロの方は園田さんですね。確か日本生乳の?」


『そうそう。ミスター器用貧乏』


『臥城学園のセンターだった人。帝王と白新と並んで東東京トップ3の学校だね』


『能力値は悪くねーな。特殊能力が少ないから微妙に思えるけど』


 選手の人たちは星で評価される。今回の園田さんは星221と悪くないどころかかなり良い数字だ。能力値もDの能力が多いので他の一般生徒よりよっぽど強い。他の選手が星100以下で能力値がFばかりなことを考えると即戦力だ。


 けど今回の主旨とはズレてるからリセット。


『普通にプレイするなら当たりなんだけどな』


『ショートコンバートすれば戦える。甲子園だって行けるだろ』


「今回は萩風さんを出すことが目的なので残念ながらリセットです」


 そうしてまた一から高校名と容姿を作っていって二回目。今回も萩風さんは出なかった。


 東京は強い学校が多いために、プロ野球選手になった人が多い。そのためガチャ一回ごとに確定でプロ野球選手がいるとはいえ、目当ての選手がそうそう出るなんてことはない。


 しかも年代と都道府県を合わせると出やすいとはいえ、確実に出るわけでもないのがミソだ。


「ああっ!白新の先輩の分島さん!」


『つっよ』


『流石今でも勝ちまくってる愛知の星』


『初期で145km/hのサウスポーとか、普通に使いたいけどな』


 萩風さんの二個上の先輩を引いたり。


「あ……。去年のパ・リーグのホームラン王……」


『三間だー!』


『俺の推しぃ!』


『初期でパワーAに近いBはヤバすぎるんよ』


『赤い特殊能力がないのが一番ヤバい。弱点がなさすぎる』


 世代を代表するスラッガーが出たり。


「出ちゃった……」


『メジャーリーガーきちゃ!』


『宮下だー!』


『メジャーでも活躍したせいで能力が上方修正された化け物』


『まだ二十四歳だから全盛期真っ盛りなのはわかるけど、普通最高球速2km/hも更新するぅ?』


『投げるだけじゃなくて打つ方も化け物な模様』


『こいつ一人で勝てる』


『新婚さんやん』


『普通なら始めるけど、これもリセットなんだよな』


『勿体無い』


 二刀流で世界に名前を轟かせている最強投手が来ちゃったり。この人、野手能力なら狙っている萩風さんと遜色ないんだよね。特殊能力なら萩風さんの方が多いけど、それでも拮抗できる投手ってなんだって話。その投手能力も屈指の選手だし。


 これでかなり弱体化されているというんだから凄い話だ。リセットする前に能力を見ていくけど、これなら誰もがこの選手で始めようとするのもわかるくらいに強い。


 この『栄光ナイン』というゲームのルール上、プロになった強い状態のまま入学させることはなくて弱体化した状態で入学する。そこから好きに育ててねという話なんだが、それ以前にこの宮下って選手はプロ野球選手として登録されている能力ですら弱体化されているんだとか。


 本人はもっと変化球が使えたり、特殊能力があってもおかしくはないのに減らされているらしい。この辺りはゲームバランスを整えるためだろうな。本当にその選手だけで良いとならないようにするためだろう。


「阿久津さん……。この人もスライダーが全部登録されてないから再現されていないんですよね」


『スライダーに命をかけている変人』


『能力は本当に悪くないんだけど、実際の本人を再現できないのはなぁ』


『こいつはどのゲームでも再現できないからな』


『それは宮下も同じ』


 あらゆるスライダーを投げる人だけど、ウルプロでは一つの方向の変化球が二種類しか登録できないのでこの人の複数のスライダーをゲームでは再現できていない。


 そこからもガチャを回しまくって。


 五十回を超えても、まだ萩風さんが出ない。


「な、何で……?結構な人が二回出てるのに萩風さんが出ないのは何で……?」


『冗談で用意していた回数カウンターが五十を超えてるんだが?』


『愉悦w』


『あの、もう配信し始めて三時間ですよ……?』


『すまん。職場着いたからバイナラや』


「あ、お仕事の方、いってらっしゃいませ。学生さんとかも授業始まってる時間だろうなぁ。お仕事とか学業の方はそちらを頑張ってください」


 三時間も配信しているために平日だから段々視聴者が離れていく。これが平日の怖いところだよな。仕事をしている人は平日の昼間が多いからどうしたって視聴者は夜に比べて多くない。けど夜は他の配信者がたくさん配信してるから視聴者の取り合いになる。


 この辺りの塩梅がかなり難しいところだ。


 そうしてカウンターが六十七に達した時。


「キターーーーーーー!」


『おめ』


『おめでとう』


『やっと来たか』


『東京って東西別れてるくせにどっちの選手も出てくるから困るよなー』


『いやでも、この苦労に報われるような選手ではあるぞ』


 能力値は走力がC、それ以外がDという高水準。しかも特殊能力も多い。『ヒットメーカー』『走塁◎』『盗塁◎』『レーザービーム』『送球○』という特殊能力も多い。星も278とかなり高い数値だ。


 これでやっと始められる。


『そういや何で萩風なん?』


「あ、話していなかったっけ?僕って人間社会に潜り込むために野球場でアルバイトしていたことがあって、その時に神宮球場でちょうど広島戦を見て。そこでファンになった形ですね」


『わかる。打てる守れる走れる、三拍子揃ってる外野手なんて久しぶりや』


『トリプルスリーも達成したしな』


『育てたくなるのもわかる』


『ヴィクトーリア:リリくんおめでとう』


「え、ヴィクトーリアママ⁉︎ありがとう!スパナ付けなくちゃ!」


 このアバターを描いてくださった絵師のヴィクトーリアママがいたためにコメントを遡ってスパナをつける。そういう文化なんだとわかってもあんまり歳の離れていない女性をママ呼びするのは恥ずかしい。


 このママはケモノを描かせたら日本一とまで呼ばれる人だ。ケモナーと呼ばれている人たちからは崇拝されているらしい。本人的にはキツネの方が描きやすいのだとか。そんな方が描いたタヌキである絹田は本当にクオリティが高い。


 実際に会って話したけど、キャリアウーマンみたいな印象の人なのに話し始めたらケモノが大好きなちょっと変わったお姉さんって感じだった。この業界、飛び抜けた変人ばかりらしい。


 とにかくリセットマラソンが終わったので本編開始だ。とはいえいきなり四時間近くガチャを回していたので結構疲れてきた。だから視聴者には悪いけど、最初の諸々を確認して今朝分は終わろうと思う。


「じゃあ最後に在校生を見て終わろうと思います。大事なのは性格ですね。内気の三年生が多いと嬉しいんですけど」


『なんていうか、普通じゃね?』


『能力的には可もなく不可もなくって感じ』


『お、内気いるやん』


『天才とか転生は他にはいなかったなー』


 能力が高くて成長率もエグい天才と呼ばれる選手や他のプロ選手はいなかった。これが普通で、去年の声優さんたちのあの企画がおかしいだけだ。


 設定とかユニフォームとかを決めていって前準備を終わらせたところで配信を切ろうとしたら、コメント欄がざわついていた。何だろうと思って見ると、俺は目を丸くする。


『本人いたぁ⁉︎』


『いくら今がシーズン前だからってこんな朝早くの配信見てるなんてな』


「え?え?本人?」


 騒ぎ始めたコメントより前へスクロールしていく。そうしたら何と。


 オフィシャルマークが付いている萩風さんがコメントを残していた。そのコメントは『俺を強くして甲子園優勝してください』との物。オフィシャルマークを偽造することはできないから本人の顔写真にマークが付いているために完璧に本人だ。


「う、ウッソォ⁉︎何で本人に認知されてるの⁉︎」


『エクリプスも大きくなったもんやな』


『よく言い繕っても中堅やろ。大手には敵わん』


『ワイらがネタにしすぎたせいでSNSでトレンド入ったらしい』


「うえっ⁉︎」


 四時間も耐久してしまったせいか、萩風さんの名前がトレンド入りしてしまったようだ。普通に野球好きな人たちが萩風さんの話をしていたところに俺の配信で名前が上がりすぎて萩風さんが何かをやったのかと検索する流れができてしまったらしい。


 そこに異色のタヌキが萩風さんを当てるガチャを延々と回していて出ないと叫んでいるショート切り抜きのようなものも拡散されていて話題になったらしい。


 初配信としては大成功だろう。だが、こんなに話題になるつもりはなかった。


 嬉しい悲鳴ではあるものの、何がバズるかわからないものだ。


「……プレッシャーだぁ」


『ヴィクトーリア:息子よ。頑張りなさい』


「はぁい……」


 純粋に好きな野球ゲームでスタートダッシュを決めたかっただけなのに。


 どうしてこうなった?


 マネージャーさんには良いことだと言われたし、同期の二人もSNSを見たのか連絡用のチャットアプリで今朝の配信についてコメントをくれた。


水瀬夏希みなせなつき:学校で笑っちゃったよ。リリちゃん、初回から話題性抜群じゃん』


霜月しもつきエリサ:リリくんって運がないんだか良いんだか。リアクションが良いから見やすいんだろうけど』


『本当は育成をちょっとやるつもりだったんですよ。でもあんなガチャだったので疲れてしまって』


『水瀬夏希:でも楽しそうだったよ。好きなことをやるのが一番ってわかったのは嬉しいかも』


『霜月エリサ:そうねー。あ、月末にはコラボしようね。パーティーゲームで良いかな?』


『水瀬夏希:あたしはそれでOK!予定は空けてあるよ!』


 コラボ、本当にやるんだ。まだまだ男女間のコラボは悪評が立ちそうだけど、いつまでもやらないわけにはいかないし、ユニット名を作ったんだからユニットとして活動することは必ず出てくる。


 先輩方は男女同時デビューも、コラボ配信もしているんだから俺たちだけが遠慮する理由もないはずなんだ。


 多分次は大丈夫だろうと楽観視しながら二人への返事を書き始める。どうしても男女比の問題から俺の方が立場が弱い。彼女たちがやりたいと言うことを基本俺は否定しようとは思えない。


 だって人間関係は円滑な方が良いんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る