酸いも甘いも君と噛む
そばあきな
酸いも甘いも君と噛む
同居人の天海は、三日に一度、リビングに行くまでの廊下で行き倒れている。
帰宅した際、部屋の鍵が空いていたから中にいるとは思っていたが、扉を開けた瞬間に廊下で人が倒れている状況は、何度見ても慣れない。
そこまで広くない一人暮らし用の部屋の廊下に、小柄とはいえ人が倒れていて、その周りには中身が漁られたのようにカバンの中身が散乱したこの景色は、何も知らない人が見たら完全に強盗殺人事件だなと思いつつ、俺はカバンから栄養補給に最適と謳われているチョコレート味のブロック菓子を取り出して天海のそばに近づいた。
「また辿り着けなかったんだな」
そう俺が声をかけて、ブロック菓子を天海の手の中に押し込むと、天海はそれを瞬時に口の中に放り込んだ。そのままよろよろと立ち上がり、天海は俺とゆっくり目を合わせる。
倒れていたせいで乱れていた髪から覗く目は、普段より色彩が暗く見えた。
「……みたいだね。ありがとう」
「ちゃんと小腹が空いた時用にストック用意してろよ」
「してたんだけどね。食べきってたみたい」
へへ、と笑う天海の額にデコピンをして、俺は天海が起き上がったことで通れるようになった廊下を歩いてリビングに向かう。
「……そうならないためのストックだろうよ」
「……うん、そうだね。次からは気を付けるよ」
とは言え、三日に一度は行き倒れている姿を目撃している以上、天海の「気を付ける」という言葉にはまるで説得力がないことは分かりきっている。
もう一度デコピンをして、俺はカバンからブロック菓子の箱を取り出し「予備な」と天海に差し出す。
「度々ありがとう」と笑う天海は、同い年のはずなのにどこか幼く見え、近所の小さい子にお菓子をあげているみたいだなと思ったが口にはしなかった。
俺も天海も、明日にはこのことをきっと忘れる。
天海はまた三日後に行き倒れて、俺はブロック菓子を渡して天海をデコピンするのだろうから。
酸いも甘いも君と噛む そばあきな @sobaakina
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