第2話 無邪気な子どもたち

 昼食を済ませたホークとカイトの二人は一緒に領主の広場に遊びに行った。そこには既にケルト達、同級生の遊び仲間が大方揃っていた。ホークと一緒に来たカイトを見て皆不思議そうな顔をしていた。


「ごめん、ちょっと遅れた」

「皆今来た所だから気にしないでいいよ。それはいいけど……」


 ケルトは初対面のカイトを不思議そうに見ている。オストガルド中心部からやって来ているため格好が少し違うのも不思議に感じるのに影響しているのだろう。


「これは誰だい? 初めて見るし、僕らと少し感じが違うね」

「うん、だから皆に紹介しようと思ってたんだ。オストガルドから来た……」


 ホークが紹介しようとしたが、それをカイトがさえぎった。


「有難うホーク。でも自分で言うよ。名前はカイト。オストガルド王国の第三王子です。何年になるか分からないけど、この村にいさせてもらいます」


 カイトが自己紹介をすると、そこにいた子供達は思い思いの声をあげた。オストガルドの王子がリゾレッタで暮らすということが、かなり意外だったようだ。


「ご飯が美味いことくらいしか変わったことの無いこの村に王子様が来たのか。何か不思議だなあ」


 他の子供より体格が一回り大きな子供がそう言った。


「さっき食べたご飯は本当に美味しかったよ。まだ来てすぐだから分からないけど、この村はいっぱい良い所があると思うよ」


 カイトはそう言って目を輝かせている。同い年位の子供が何人もいることに、少し興奮しているようだった。城内などでは規則に縛られ、中々友達もできなかったのだろう。


「そうかな? おいら、ずっとここで暮らしてるから気付かないのかな?まあいいや、これから一緒に遊ぼう王子様」

「王子様はやめてよ。カイトって呼んでくれればいいよ」

「そうかい? じゃあよろしくカイト」

「こちらこそ。君の名前は何ていうの?」

「ゾルカス」


 すぐに皆に馴染んだカイトを見てホークは安心したようだった。


「じゃあ、何しようか? やっぱり鬼ごっこ?」


 すばしっこいのが自慢のケルトは自分が得意なのもあってそう提案した。


「鬼ごっこもいいけど……。カイトは虫取りとかしたこと無いんじゃないか?」


 ホークがそう言うとカイトはかぶりを振って答えた。


「全然ない。虫もあんまり見たことがない」

「じゃあ今日は虫を探そう。この広場にも色んな虫がいるんだ。面白いと思うよ!」


 この地域の領主は心の広い人で、自分の土地の広場を村人全員に開放している。広場は石やレンガを敷いて道にしている所もあるが、芝や、その他の植物が生えている部分がほとんどを占める。外れには小川も流れている。


「楽しみだな。どんな虫がいるのかな?」


 同じ位の年の子供と遊ぶ機会がほとんど無かったカイトは大勢の子供と遊べるというだけで新鮮な興奮を覚えていた。




 グループになって探したり、ばらばらになって探したりしている内にかなり色々な虫が取れた。ただ、前もって虫取り網などを用意していなかったので、蝶などの空を飛ぶ虫は取れなかった。


「飛ぶ虫を捕まえるのも面白いんだけどしょうがないね。虫取りかごも、持ってこなかったから手がふさがったら終わりになっちゃたね」


 ホークはそう言ったが、カイトは初めての虫取りが何より面白かったようで興奮気味だった。


「見たことない虫ばっかり見れてすごく面白かった。皆でいつもこんなことして遊んでるんだ。いいなあ」

「……お城じゃこういうことできなかったんだね。カイトもしばらくこの村に住むんだからいつでも皆と遊べるよ。」

「本当に? 仲間に入れてくれるの?」

「当たり前だって!」


 ホークがそう言って見回すと周りの皆もうなずいた。


「おいらも友達が増えて嬉しいよ。それにしても遊んだら腹が減ったなあ。おやつも持ってこなかったなあ」

「ゾルカスは食うことばっかりだなあ。まあ俺も腹が減ったけど」


 ちょうどその時、少し距離をおいた所から呼ぶ声が聞こえた。


「シージャだろうな。遅れちゃったな」


 リジャ神父の手伝いで遅れたのだろう。シージャがやっと来たようだ。それと、パンがいっぱい入ったかごを持った女の子も一緒に来ていた。


「あれ? レン? お前も来たのか?」


 ホークが意外そうに言ったので、レンと呼ばれた女の子は膨れっ面になって答えた。


「来たのかじゃないわよ! せっかくお父さんとお母さんが焼いたパンを持って来たのに!」


 レンがそう言うとホークは取り成すように言った。


「ごめんごめん。レンもお父さんの手伝いで忙しいだろうなと思って呼ぶの遠慮してたんだ。来てくれて良かったよ」

「まあいいわ。皆、お腹減ってるでしょ。たくさん持って来たから食べて」


 レンはおいしそうなパンが入ったかごを皆の前に置いた。ゾルカスは今にも飛びつきそうだった。


「美味そうだなあ。頂きまあす!」

「ゾルカスは本当に食うことばかりだなあ。でも美味そうだ。僕も一つ頂くか」


 一緒に来たシージャもそう言って、パンを一つ取った。皆おやつのパンを食べながら色々な話をした。皆良い笑顔だった。特にカイトはよく笑っていた。




 遊び終わった皆はそれぞれ家に帰って行った。ホークとカイトは家路が同じになる。当分一緒に暮らすからだ。家に帰ってからもカイトは暖かいホークの家族達と食事を共にしたり、一緒に過ごして床に就いた。


 ホークやカイト達がぐっすり眠っている頃……


 教会。正確に言えばリゾレッタ教会。


 暗がりの中のランプの灯でリジャ神父が明日の授業の準備をしている。窓から月明かりも差し込むが、部屋を照らすには今日の月は心許ない。


 まだ幼いシージャは別室で眠っているようだ。


 教本をめくって、明日の段取りを考えていたリジャ神父は外に気配を感じた。


「こんな夜中に何かの? 犬や猫ではなさそうじゃが?」


 そうつぶやき、外の様子を見に行った。


 外には一見、何も変わった事はないようだった。


「はて? わしの気のせいじゃったか? 年かの……」


 リジャ神父がそう言って戻ろうとすると、


「……もし。……そこの神父殿」


 と、弱弱しい呼ぶ声が聞こえた。


「呼ぶ声が聞こえるの。気のせいではないようじゃが。声の主はどこに居られる?」

「……ここです」


 リジャ神父がいる教会の玄関から見て左側の少し離れた所に声の主は座っていた。深手を負っているようだった。リジャ神父は駆け寄った。


「人間ではないようじゃな……。ドワーフか。それはいいんじゃが、この傷はわしの回復魔法でも治すことはできるじゃろうか」


 リジャ神父はそう言ってドワーフの右肩から胸にかけての深手に手をかざし集中した。


「リフォーム・レベル3!」


 リジャ神父がそう言葉を発すると、かざした手を中心に白色の柔らかい光が現れ、その光が深手を負ったドワーフを癒していった。


「気休めにしかならんと思うがどうじゃ? 少しは楽になったか?」


 リジャ神父はドワーフにそう問うと、ドワーフは話し始めた。さっきよりは声に力がある。


「有難う御座います神父殿。私はこの村の西の森を抜けたはるか向こう、エルフィンから来ました」


 エルフィンと聞いて、リジャ神父はやや驚いた。


「エルフが中心となって治めている国のことじゃな。本当にあるとは……」


 リジャ神父の言葉にドワーフはうなずき話しを続けた。深手が治っているわけではないので、徐々に苦しそうになってきているようだった。


「エルフィンは今危険な状況なのです。元々、魔物が支配する世界に近く位置する国でしたが、今までは魔物の首領とある取引をすることで争いを避けてきました」

「ある取引とは」

「浄石……。魔物の土地は枯れており、そのままでは豊かな実りを得ることはできません。そのためエルフの王族にしか作ることができない魔力を秘めた浄石を使い、土地を清める必要があるのです」

「その浄石をある理由で魔物の側に渡さなくなったというのかの?」


 リジャの問いにドワーフはかぶりを振った。


「今でも浄石はその魔力が切れるごとに魔物側に提供しています。しかし魔物の首領の欲が最近になって出始め、必要以上の大量の浄石を要求するようになりました」

「それでエルフの王族達が身勝手な要求を拒んだ、というわけじゃな」

「その通りです。元々欲ぶかの魔物の欲がさらに深くなり、ついには強制的に浄石を作らせようとして魔物達が最近になってエルフィンに攻め込んで来ました」

「大体事情は飲み込めた。お主はエルフィンの状況を救うためオストガルドに援軍を求めに来たということかの?」


 リジャの問いにまたドワーフはかぶりを振った。回復魔法を受けた時より、かなり息が荒くなっていた。


「そうではありません……ハアハア。私はこの方を……」


 そう言ってドワーフは深手を負いながらも守り通した女の赤ん坊を左脇の隠し袋から出しリジャ神父に見せた。


「このエルフ族の王族に当たるこの方をエルフィンの内情が良くなるまで疎開させる命令を受けここまでやって来ました……ゴホゴホ」

「大丈夫か? やはりわしの回復魔法は気休めにしかならんかったか」

「いえ。あなたのおかげでここまで話せたのです。神父殿に会えなかったら私は何も伝えられず朽ち果てていたでしょう」


 そう言った途端、ドワーフは激しく咳き込んだ。


「……どうやらここまでのようです……。末期のお願いです。王女様をこの村でしばらくかくまって下さい……」


 そう言うとドワーフは事切れた。ドワーフの左側に、女の子の赤ん坊が残された。リジャ神父はドワーフの亡骸に冥福を祈った。


「埋葬してやりたいんじゃが、わし一人では無理じゃな。ラークの家に使いを出そう。まずはこの子を教会で寝かせんとな」


 赤ん坊は何事も無かったように、ぐっすりと眠っている。

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