War King(戦王)
チャラン
第1章 それぞれの出会い
第1話 幼き英雄の引き合わせ
「小川が珍しいようですな」
ある程度の遠方からやって来たのだろう。小荷物を携え歩きやすい格好をした老剣士が側らの男の子に話し掛けた。
「……」
男の子は何も答えない。どうやら旅の途中で休息を取っているようだ。
「オストガルドでは中々有りませんでしたからな、このような鄙びた小川は。大きな川なら有りましたが……」
話しながら老剣士は荷物の中から水筒を取り出し男の子に渡そうとした。
「いらない……」
男の子はかぶりを振り、老剣士が差し出した水筒を押し戻した。
「飲まないと持ちませぬぞ。かなり歩きましたがまだ村までは遠いのですぞ。」
老剣士は再び水筒を男の子に渡そうとした。今度はやや強引だった。
「……」
嫌々ながら今度は受け取り男の子は少し水を飲んだ。
「鳥がいる」
男の子は川を指差して言った。水を飲んで少し落ち着いたようだった。指差した方には確かに数羽の鳥がいた。
「鴨の親子ですな。仲が良さそうに泳いでいます。和みますな」
「……」
男の子はまた押し黙った。何かを思い出したようだ。
「……身分の高い人間の家族ほど、あのように仲むつまじくいるのは難しいですな。案外鴨の方が利口かも知れませぬ。……王子心中察します」
老剣士は男の子が返した水筒から水をぐっと飲み、手荷物入れに戻した。
「そろそろ参りましょうか」
老剣士はそう言って二人は小川を後にした。
葦の緑が濃く、川辺を彩っている。さっきの鴨達は変わらず仲良く川面を泳いでいる。
「おい! もう学校に行っていいぞ!」
麦畑で仕事をしている男が牛舎の方へ大声を掛けた。
「もうちょっとで餌をやり終えるからもう少しやるよ!」
こちらも大声を返した。返事をした男の子はまだかなり幼いようだったが、フォークを上手く使って牛達に餌をやっている。
「遅くならないようにしろよ!」
畑の男はそう返してまた作業に移った。
「よし! これで終わりだ。」
大きな牛舎ではないが六頭程牛がいる。男の子の幼さでは重労働のはずだが、そう疲れた様子もない。
「ホーク! そろそろ行こうよ!」
丁度男の子の友達が迎えに来たようだった。この男の子の名前はホークという。
「ちょっと待ってて! 仕度をするから!」
男の子は学校へ行く身支度をしに、自宅へ入って行った。
「皆そろったようじゃな。それでは始めようか」
ホークと呼ばれた男の子は学校に来ている。学校と言っても教会を兼ねており、教師も神父が兼ねている。
「一限目は算数じゃ。この前のおさらいで一桁の足し算をやっていくぞ」
神父はそう言うと黒板にチョークで三問ほど問題を書いた。
「ケルト。一問目を解いてみてくれ」
黒板には5+2と書かれている。
「10!」
ケルトと呼ばれた大柄な男の子は大きな声でそう答えた。
「まだ足し算の意味を理解しておらんようじゃな。当てずっぽうで答えてはいかんぞ」
神父は問題の解説のため絵を描いた。
「お前の大好きなトーストじゃ。いっぱいあるな。数えてみてくれ」
神父が黒板の絵を指し示してそう言うと、ケルトは指を折り曲げて数え始めた。
「5つ!」
また大声でそう答えた。元気のいい子だ。
「そうじゃな。絵を描き足すぞ」
神父はまたトーストの絵を描き足した。
「さっきより少ない!」
ケルトは黒板を指差してそう言った。
「そう思ったか。数の意味が分かってきたようじゃな。じゃあ今度はいくつあるかの?」
「2つ!」
神父が言った後、すぐにそう答えた。今度は指を使っていないようだった。
「そうじゃ。ではさっきのトーストと合わせたらいくつある?」
神父がそう問うとまたケルトは指を使って数え始めた。他の生徒にはクスクス笑っている者もいる。
「7つ!」
そう答えると、神父はにっこり微笑んだ。
「正解じゃ。数字だけを見て答えられるようになればいいんじゃが、まだ無理じゃろう。繰り返し考えていればそうなってくるじゃろうな……。よくできた、ケルト」
ケルトも嬉しそうにやや照れている。側らでクスクス笑っている生徒もいるようだったが、それには気付いていないようだった。
が、神父はチョークを置き。やや厳しい表情でそれを咎めた。
「笑っていた者もおるが、こんな簡単な問題もできんのかという意味で笑っていたのかの?」
神父の言葉には、迫力があった。皆押し黙った。
「数字の意味を理解することは、色々な複雑な問題を解く事に繋がる。それを徐々に理解してきているケルトは凄いと思わんか?」
ほとんどの生徒は神父の迫力にうつむいていたが、ホークともう一人の生徒は終始真っ直ぐ神父を見据え、真剣に話を聞いていた。
「うん? いかんいかん。まだお主らは、6、7歳の子供じゃから今のお説教は厳しすぎるし難しかったな」
そう言って、真っ直ぐ見据えている二人を見た。
「そうでない者もおるにはおるが……。まあよい一限目はここまで」
神父は教本をたたみ。書斎に戻って行った。次の授業の仕度をするのだろう。
休憩時間。
「リジャ先生は、優しいけどさっきみたいに恐い時があるよね」
「いつもは優しいけどね。私達がいけないことをしてると凄く厳しいよね」
さっきの授業のことを女生徒達が話している。リジャ神父に優しい親しみと畏敬の念を感じているようだ。どうやらほとんどの生徒がそう感じているらしい。
休憩が始まって暫くはそういった話題が出ていたが、じきに6、7歳の子供らしい思い思いのことを喋るガヤガヤした雰囲気になった。
「なあホーク、今日も領主様の広場に行って遊ぼうぜ」
ケルトがホークに話し掛けている。どうやら二人は仲の良い友人のようだ。
「そこでまた鬼ごっこするのか? お前みたいにすばしっこくないから、ずっと鬼のままになっちゃうよ」
ホークは教会内の柱時計の時刻を見ながらそう答えた。手は次の時限の教本を出すために動いている。
「いいじゃん! 俺、馬鹿だしそれしか取り柄がないから鬼ごっこの時くらい、いい格好させてくれよ!」
身を乗り出してケルトはそう言った。
「分かったよ。けどお前は馬鹿じゃないよ。リジャ先生もそんな感じのこと言ってたろ?」
「俺のこと誉めるようなこと言ってたっけ?」
ケルトは首を傾げて怪訝な顔をしている。
「言ってたよ。ちょっと難しい言い方してたけど……。まあいいや。4限目が終わって家でご飯食べたら広場に集まろう。ケルトはいつもの皆を集めてくれ。後は……」
ホークは自分の席から振り返って後ろ側を見た。そこには他の生徒とは格好が違うリジャ神父のような服装をした男の子がいた。ホークと一緒に真っ直ぐ神父を見据えていた子だ。
「シージャ。お前も来れるか?」
「来れるけど、少し遅くなるよ。お爺さんの手伝いがあるから」
シージャと呼ばれた男の子はそう答えた。この子は先程のリジャ神父の孫に当たるようだ。幼いが教会の手伝いもしているため服装も違っていたのだろう。
「分かった。遅れてもいいから来てよ」
ホークがそう言うとシージャはコクリと頷いた。
「……そろそろ二時限目が始まるな。ケルト」
「何?」
「またお前当てられるよ」
「え~! やだよ!」
リジャ神父が教室に入って来た。二時限目の教本を持っている。教壇に着くと授業を開始した。
「静かに! 二時限目を始めるかの。二時限目は国語じゃ。前回は十四ページまで進んでいたか……。ケルト」
神父が名を呼ぶとびっくりしながらケルトは返事をした。
「は、はい?」
「十四ページから十六ページまで読んでくれ」
少しホークは笑ったようだった。
「ただいま」
四時限目の授業が終わってホークが自宅に帰ると、家の中に見慣れない人影があった。ホークの父と色々話をしているようだった。
「帰ったか、ちょっとこっちに来なさい」
来客のようだが、この地域の人と違うどこか変わった雰囲気をホークは感じた。
「お客さんなの?」
「ああ、私が昔仕官していたオストガルドの王子と上司だ。ちょっと挨拶をしておきなさい」
よく見ると一人はホークと同い年位の子供で、もう一人は年老いてはいるが、屈強な剣士に見えた。
「こんにちは。ホークといいます」
ホークがそう挨拶すると、老剣士はかなり感心したようだった。
「はいこんにちは。まだまだ幼い子なのに、しっかりした挨拶ができるんじゃな。わしはキルスという名の爺さんじゃ。坊やのお父さんには随分世話になったよ」
キルスという老剣士はそう答え側の王子にも挨拶をするように促した。
「こんにちは。カイトと言います。オストガルド王国の第三王子です」
自分と同じくらいの年の子供に会えて嬉しかったのだろう、ホークに向かってきちんとした挨拶を返した。
「王子様?」
幼いホークにはピンとこなかった。その様子を見てホークの父が説明した。
「王子が国外れのリゾレッタに来られたのは訳があってな。今、オストガルドでは第一王子と第二王子の間の勢力でいさかいがあり、政情が安定していない状態で危険なんだ。その二人の王子同士にはそういったことはないのだが……。それで疎開したのが理由の一つ」
一呼吸置き、さらに言葉を付け加える。
「もう一つ理由がある。リジャ神父の博識はオストガルドでも有名でな、何年かの間ここで勉学を積んで貰おうと考えたんだ」
「じゃあ、この村に二人ともしばらくいるの?」
ホークがそう言うと、キルスは答えた。
「カイト王子は暫くこの村で暮らすようになるが、わしは三、四日の内にオストガルドに戻るつもりじゃ。お一人を置いて行くのは心配じゃが、第一王子と第二王子はカイト王子を嫌っておるんじゃ。だからオストガルドでのカイト王子の姿は、お可哀想での……。わしは勢力争いよりそっちが心配じゃ」
カイトの母が昼食用のミルクを持ってきた。あらかじめ用意してあったコップにミルクを注いでいく。キルスは軽く会釈をしてコップのミルクを半分程飲んだ。
「それにしても、リゾレッタのミルクは美味い。さすがオストガルド有数の農村じゃな」
そう言ってキルスはコップをコトリと置いた。
「ラークに王子と同い年の子がいて良かった。それも相当利発な男の子じゃな。王子はこの家で暮らすようになるんじゃ。友達になってあげてくれんかの?」
ホークの父の名はラークという。老剣士キルスの問いかけにホークは元気に答えた。
「うんいいよ! カイト王子は?」
カイト王子は少し戸惑った。同い年の子にこういう開いた接し方をされたことがないからだった。戸惑った後、少し間を置いてカイト王子は問いに問いで返した。
「本当に友達になってくれるの?」
「もちろん! よろしくカイト王子!」
「有難う。でも王子は無くていいよ。カイトって呼んでくれれば」
「じゃあ、よろしくカイト!」
互いに笑顔を浮かべた。周りの大人達も幼いが爽やかなやりとりを見て微笑んでいた。
ホークとカイト、共に七歳の出会いだった。
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