第三十二話 カワカミプリンセスには負けない

袖無衣装ロープデコルデ視点〜






「カワカミプリンセス! あなたには負けないのだから!」


 私は声を上げながら1位争いをしているカワカミプリンセスを追いかける。


 騎乗しているローブデコルテに鞭で叩き、速度を上げるように促す。そして全速力に近い状態になるように指示を出した。


 絶対に負けられないわ。あんなことを言われてしまった以上、私は絶対に負ける訳にはいかない。


 最後の直線を走る中、私は第4コーナーを曲がる前に起きた出来事を思い返す。







「いくら馬同士が交配関係であり、史実だったとしても、同じ名前の人間を交配相手と言うようなクレイジーな方は、お近づきになりたくないですわ!」


 大気釈迦流エアシャカールを口説こうとした川上姫カワカミプリンセスにイラっとした私は、そんなに自分を守ってくれるような存在が欲しいならと周滝音変態を紹介した。


 けれど彼女は当然の反応のように拒否をする。


 チッ、あの変態を押し付けることに失敗したか。でも、当然の反応と言えば当然の反応でしょうね。もし、今ので『素敵な人』なんて言ったら、自身の耳を疑うところだったわ。


「そう言えば、騎士様のお名前を聞いてはいなかったですわ。わたくしは真名を明かしましたが、騎士様の真名を教えてくれません?」


 川上姫カワカミプリンセスが私の隣を走っている大気釈迦流エアシャカールに真名を明かすように促す。


「それは無理だ。せっかく真名を教えてもらったところ悪いが、俺は真名を明かすつもりはない。それは俺に取って不利益となることだからな。だが、相手から何かしらの行為をしてもらったのにも関わらず、自分は何もしないと言うのは失礼だ。だから二つ名の方だけは教えておこう。俺の二つ名は――」


「7センチのトラウマよ!」


 大気釈迦流エアシャカールが二つ名を明かそうとした瞬間、彼の言葉を遮って私が即興で作った二つ名を口にした。


 二つ名が【7センチのトラウマ】なんて格好悪いもの。きっと彼女は幻滅するはず。


 でも、完全に嘘ではない。エアシャカールは東京優駿日本ダービーでアグネスタキオンの兄であるアグネスフライトに、僅か7センチのハナ差で負けている。そのせいで3歳馬のみが走ることができるクラシック3冠を逃してしまった。


 格好悪い二つ名ではあるが、嘘ではない。


「7センチのトラウマ……と言うことは、騎乗しているエアグルーヴが真名と言う訳ではないのですね。素晴らしいですわ!」


「え?」


 素晴らしいと言い始めた川上姫カワカミプリンセスの言葉に唖然としてしまう。


 何が素晴らしいの? だって【7センチのトラウマ】なんてダサい二つ名なのよ? まぁ、勝手に私が作っただけなのだけど。


「多くの霊馬騎手が契約できるのは、名に縁のある霊馬1頭が基本になっています。2頭以上と契約できているのは、霊馬騎手のエリートである証拠! ますます、わたくしの騎士様になって欲しいですわ!」


 彼が別の馬とも契約していることを知った彼女は、興奮気味で声を上げる。


 しまった。幻滅させようとしたのに、逆効果となってしまった。


 このままではまずいわね。なんとかして幻滅させないと色々と障がいとなってしまうわ。


 私は必死に頭を使い、彼への興味をなくすようにならないかと考える。


 すると、あることを閃いた。


 本当はこんなことは言いたくないのだけど、背に腹は代えられないわ。


 一度深呼吸をして覚悟を決めると。握っている鞭の先端を大気釈迦流エアシャカールの股間へと向けた。


「今言った7センチとは、馬のことではなくって彼のあれのことよ! 最大でも7センチしかないの! 彼はそれがトラウマなのよ」


「そんな訳があるか!」


 私の言った発言に対して、直様大気釈迦流エアシャカールが否定の言葉を放つ。


 ああもう! どうして私の作戦に協力してくれないのよ! 私は貴方を籠絡させようとする悪女から守ってあげようとしているじゃないのよ!


 直ぐに作戦が破綻し、心の中で叫ぶ。


『小僧! 小娘たちの言葉に翻弄されるな。お前の判断ミスが勝敗を大きく分けるのだぞ』


「分かっている。くそう。こいつらの近くにいるとペースが乱れてしまう。さっさと前に出るべきかもしれないな」


 どうやら私の発言が敵を惑わすための作戦だと思われたようで、エアグルーヴが注意を促してきた。


 そうじゃないの! 別に貴方の邪魔をしようとしたつもりではないのよ! どうしてやる事成すことが裏目に出てしまうのよ!


 思い通りに上手く行かない展開に、心の中で嘆いてしまう。


「もう直ぐ最終直線ですわね。そろそろ本気の勝負をかけさせていただきますわ。もし、わたくしが1着でゴールした場合、騎士様にはわたくしの騎士様になっていただきます。カワカミプリンセス、行きますわよ」


名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 不遇脱却姫ア・プリンセスフーエスケープアンハピネス!』


『ここでカワカミプリンセスも上がって来た! 先頭はメジロラモーヌのままだが、ダイワスカーレットに並ぶ!』


 一気に加速してダイワスカーレットに並んでしまった。でも、負ける訳にはいかないわ。あの女が1着を取ってしまったら、大気釈迦流エアシャカールの貞操がピンチよ。


「ローブデコルテ加速よ! 任意能力アービトラリーアビリティ発動! 【スピードスター】」


 ローブデコルテに鞭を打ち、アビリティを発動して加速させる。


 名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースに比べれば弱い加速となるけれど、まだ私たちの切り札を使うタイミングではないわ。


「絶対に負けてなるものですか!」


 私は声を上げる。前に進んだことで、視界の端に大和鮮赤ダイワスカーレットの姿が映り、直ぐに視界から消えた。


 大和鮮赤ダイワスカーレット、悪いのだけど、今は貴方の相手をしている場合ではないわ。貴方よりも負けたくない相手ができたから。


「カワカミプリンセス! あなたには負けないのだから!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る